「IT部門は必要ない」──700人の社員を抱えるRovioのIT管理手法Computer Weekly

700人の社員と9カ所のオフィスを擁するゲーム会社Rovio。自ら「究極のリーンアプローチ」と称するIT管理手法とは? 「Angry Birds」の裏舞台を紹介する。

» 2015年08月05日 10時00分 公開
[Eeva HaaramoComputer Weekly]
Computer Weekly

 グローバルITを5人のチームで運営するのは、誰にでもできることではない。だが、携帯ゲーム「Angry Birds」を開発したフィンランドのゲーム会社Rovio Entertainment(以下、Rovio)初のIT部長カレ・アルピ氏は、小規模チームと強力なパートナーシップにこそ未来があると信じている。そして、今その考えの真価が問われている。

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 アルピ氏がRovioに入社した2011年、約100人の社員を抱えていた同社は急成長のさなかにあった。毎月約30人も社員を増やしており、それが作業環境とシステムを圧迫していた。当時は、ゲーム開発システム数台にIT担当者1人という状況だった。

 「この時点では成長管理が明らかに最大の課題だったにもかかわらず、ITシステムは不十分だった。全てを一から(スクラッチから)構築し、運用しながら組み立てるというありさまだった」と同氏は話す。

 同社は現在、9カ所のオフィスに700人の社員を抱え、ゲーム、メディア、コンシューマー向けの製品を受け持つ3つの事業部門がある。これらを支えるのが、中核となる財務システムと事業に特化したリソースプランニングシステムだ。

アジャイルなIT組織を構築する

 では、多人数を支えるITを、少人数でどのように管理しているのだろうか。

 「エスポー(Rovio本社所在地)でIT部門が担当している唯一の仕事が、カスタマーサービスと近隣サポートだ。これにITチームメンバーの半数以上が必要になる。従って、下請け業者との調整とビジネスコミュニケーションを担当するのは残った2人のメンバーだ。

 「これはITへの究極のリーンアプローチだが、成長や状況の変化に極めて柔軟でもある」とアルピ氏は語る。

 中核となるITチームは外部の支援も受ける。アルピ氏が抱える5人の専門家以外に、RovioにはIT関連の肩書を持つ社員が20〜30人いる(ゲーム開発者は除く)。彼らは独立したIT部門に所属するのではなく、社内の別の部門で仕事をしている。

 「当社のビジネスIT担当者の多くはさまざまな事業部門で仕事をしていて、社内にいる重要な利害関係者になる。彼らは現場で起こることに直接携わることができる」

 「一般的には、ITに少しでも関係がある社員は全員IT部門に配属し、各事業部門にITマネジャーを割り振る。だが、ビジネスITの担当者は実際のビジネスにも携わるのが当社のモデルだ」と同氏は言う。

 アルピ氏は、この種のリーンモデルは適切な下請け業者を見つけることが重要になると強調する。Rovioは、約20社の主要パートナーと約30社の小規模パートナーから成るネットワークを持っている。

 「当社には自社データセンターがないので、世界的なインフラ企業とパートナーシップを結んでいる。中でも主要なパートナーが米Amazonと米Googleだ。当社が開発するゲームのバックエンドになるのは主にAmazonだ。Googleに関してはクラウドプラットフォームサービスと『Google Apps』を利用している」

 だが、同氏は小規模サービスプロバイダーとのパートナーシップについても言及した。Rovioは主に、従業員100人以下の現地法人や国際企業とパートナーシップを結んでいる。このような企業は同社を大手顧客と捉えている。

 「このような方法は、優れたサービスを受けることができるだけでなく、当社とパートナーの双方にとって有益なビジネス関係を築くことができる。より良い条件と顧客向けの価格を定めることに重点を置いた、一般的な交渉手法に100%賛同することはできない」

 「もちろん、取引には利益が必要だ。だが当社の目標は、当社と長期的な関係を築きたいとサービスプロバイダーに考えてもらうことだ」

 同氏は、金銭的インセンティブや参照事例などを利用して、win-winのパートナーシップを築くという手法を採用している。

 大規模社内チームではなくパートナーネットワークを構築する主なメリットの1つは、ニーズに合わせて拡張できる柔軟性だという。同氏は、このような柔軟性がないことが多くの大手IT組織の悩みの種になっていると考える。

 「能力のニーズは変化する。その理由は“ハイプサイクル”だけではない。将来行う必要がなくなるように企業が事前に社内で行ったことも理由だ」

 「一般的なストレージシステムについて考えてみる。アニメーションの製作に取り掛かっていて、そのプロセスの一環としてローカルに高速なストレージが必要になる。なのに、クラウドに多くのストレージが追加されている。この状況で、ストレージとバックアップに関する最高クラスの専門家を抱えていたら、彼らにどう仕事を割り振ればいいだろう。これは難しい状況だ」とアルピ氏は語る。

実験から得られるビジネス価値

 Rovioに入社してから数年、アルピ氏は同社の成長に追い付くのに必死だった。だが成長が止まると同時に、過度な拡張が原因で2014年に110人の社員が一時解雇(http://www.rovio.com/en/news/press-releases/587/rovio-employee-negotiations-concluded)された。そこで焦点は、アルピ氏が言う「一般的なIT」に移った。

 具体的には、2016年にAngry Birdsの映画が公開されて会社全体がそれにかかりきりになる前に非効率の解消に専念すること。そしてパートナーとのコラボレーションシステムを強化し、自動化を進めることが目標だ。

 このように重点を置く領域は一般的でも、そのために採用する手法は他と一線を画する。「ビジネスを容易にするために、ITを非常に複雑にすることがよくある」とアルピ氏は語る。

 「まずは、ビジネスユーザーの希望と提案に耳を傾ける。中には、事業部門のイニシアチブを基に全体を構築したシステムもある。IT部門は現場から離れた場所で決断を下してシステムを導入することはできない」

 「人々が直感的に“使いたい”と思えるシステムだけが優れている」という、コンシューマー志向の信条がITにも適用されるべきだと同氏は考えている。誰かが強制したとしてもAngry Birdsが30億回もダウンロードされることはなかっただろう。

 「もちろん、全員を満足させることは不可能だ。セキュリティの問題や運用責任は考慮しなければならないが、社員には好みのテクノロジーを試す余地を与えるようにしている。仕事に本当に役立つなら、自社のインフラにそのシステムを統合するために多大な労力を割く準備がある」と同氏。

 「システムを過去にない規模で実装する場合は、IT部門に多大な負荷が掛かる。だが、ビジネス面でそれだけのことをする価値があるなら、当社と下請け業者の専門知識を生かして問題を解決しなくてはならない」

 同氏は3年前のケースを例に挙げる。何人かの製品開発者が、タスクと問題管理のために豪Atlassianの「JIRA」(課題管理ツール)と「Confluence」(チームコラボレーションソフト)を使ってみたいと申し出たという。

 「JIRAとConfluenceを試してみることに決めて、企業のクレジットカードを使って10個のライセンスを購入した。それから徐々に数を増やし、最終的には450ユーザーまで増加した。今や、Rovioのみならず何百もの下請け業者がそれらのシステムを使用している」

 またITチームは、Rovioの既存のイントラネットをConfluenceにリプレースしようとしている。既に同製品は既存のイントラネットよりも多く使用されている。

 「これは完全にビジネスユーザーが主導したものだ。優れているからという理由で、最終的に2〜3個のシステムが他にもリプレースされた」

 「当社は、企業がすぐに数十億もの収入を得るシステムを構築しているのではない。ITチームがビジネスを行っているのではない。成功に不可欠だとしても、ITチームはあくまでもサービスだ」と同氏は話す。

IT部門の必要性

 アルピ氏は、既存のソフトウェアと従来の手法を振り返るよう全員に勧めているが、ITの役割が大きく変化していることも認める。

 「ソーシャルスキルを持っていることと、契約を商業的に理解することの必要性が急に高まってきた。当社のサービスプロバイダー契約を確認してくれる社内弁護士が、多くのプロジェクトで最も重要なリソースになっている」

 「5年前は、ITプロジェクトに弁護士をつけるなどまるで罰のように思われた」と同氏。

 「IT部門はまだ必要なのかという議論はもっともだ。責任を取り、全体像を調整するための存在は常に必要だが、運用の点でいうとIT部門はもはや必要ない。時代は変わったのだ」

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