『シンギュラリティは怖くない――ちょっと落ちついて人工知能について考えよう』書籍紹介(1/3 ページ)

人工知能は、失業者を増やしたり、人類を滅ぼしたりするのか?――そんな懸念こそ“SFファンタジー”なのかも? と思うくらい目からウロコの人工知能論。さまざまな道具や機械を作り出してきた人間の生産活動に焦点を当てて歴史をひもときながら、本書のエッセンスを紹介します。

» 2017年03月30日 09時00分 公開
[久保田創ITmedia]

人工知能時代に人間は何によって価値を生み出すか?

 昨今、人工知能に注目が集まり、数々の「人工知能本」が出版されている。しかし、そのほとんどが「人類滅亡の脅威となるか」「職を奪われる恐怖」「ディープラーニングなどの技術解説」という3点に終始している。つまり、「人工知能は技術的に何が可能で、どんな脅威を発生させうるか」という論点である。

 しかし、人工知能を考えるとき、それだけが大事なことだろうか。そもそも、そのような「脅威」は、本当に起こるのだろうか。

 本書『シンギュラリティは怖くない――ちょっと落ちついて人工知能について考えよう』の著者、中西崇文氏は、ごく近い将来に、人工知能は、普通の人にとってもありふれたツールになり、現在人々が人工知能についてぼんやり抱いている、近寄りがたい超越的なものというイメージは払拭(ふっしょく)されてしまうという。

 ツールを使うとき、当たり前の話だが、誰だって危ないツールや、信頼性の低いツール、うるさいツールは使いたくない。だから、どんなに高度な人工知能技術を使った製品・サービスでも、人々が「危ない」「いらない」「気持ち悪い」などネガティブな評価を下したら、淘汰される運命にある。そのことは歴史を見ても明らかだ。

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 前述のように、これまでの人工知能本は「技術的に何が可能か・脅威か」ということばかりを議論してきたが、人々が受け入れなければ、そういった脅威の芽は早々につまれてしまい、実現しない。従って、そのことばかりを考えるのは、あまり建設的とはいえないのではないだろうか。

 人工知能普及前夜にある今、本当に重要なのは「人間は人工知能をどのように受け入れるか」「人間はなぜ、人工知能を欲するのか」のような、人間とのかかわり方に注目することだ。本書はこの視点に立って議論することにより、既存の人工知能本にない、新鮮な指摘・未来予測を幾つも行っている。

 本書の指摘・予測を幾つか列挙してみよう。「シンギュラリティはもう起きているが、人間はそれに気付かない」「人間を困らせる人工知能は存在できない」「人工知能は人間の意識を生産活動から解放する」「人工知能で『モバイル』の時代は終わる」「人工知能は『合議制』を取るようになる」。また、人工知能が普及していく過程で「人工知能と人間の役割分担をどうすべきか」「人工知能と人間のインタフェースをどうすべきか」ということが大きな問題になるとも指摘している。

 ここでは、本書の指摘・考察の中でも重要な位置を占める、「人工知能時代に、人間が行う生産活動で価値を持つのは何か」に関する論考を紹介しよう。

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 人間は、人工知能を生み出す現在に至るまでに、さまざまな「道具」や「機械」を作り出してきた。

 道具とは、狭義には人間の手などを用いて、人力で動かす補助器具を指す。動力はあくまでも人力であるところがポイントだ。道具は、人間の身体能力を補助し、道具がなければ不可能だったことを可能にする。人間の身体機能を拡張することが道具の主な機能となるが、その際の動力は人力であり、直接、人間の手によって操作される。

 一方、機械は、狭義には外部からの動力供給を受けて、目的に応じた一定の動作をするもので、道具と比べると動力源が人間自身ではないところがポイントである。

「道具時代」の価値の源泉は「技能」と「労働量」

 道具の動力源は人間の身体であり、その操作も人間の身体によって行われる。そのため、生産活動の成果の大小は、その人がどれだけ上手に道具を作り、活用するかで決まるので、その人の社会的な評価も道具の利用の巧拙で左右されることになる。実はこの点が、人間のライフスタイルの大きな変換をもたらした。

 道具が生活に導入される前は、自らの手足で木の実などの取得可能な食べ物を採集して食べていた。基本的に手でつんで食べることの繰り返しである。

 そこに道具が出現したことで、道具を作る・使うという「身体機能を拡張する技能」が求められるようになってきた。この専門性ともいうべき能力は、動物として持っている本来の生命維持のための行動とは直接関係がない。言い換えれば、生物として必ずしも持たなければならない能力ではないのだ。しかしながら、そのような専門的な能力を発揮することによって、新たな生産活動が可能となった。

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