3200台のiPhoneで医療現場の負担は減るのか 慈恵医大の挑戦(1/2 ページ)

ITを活用した働き方改革は、企業だけでなく、医療の現場にも変化をもたらしている。約3200台ものiPhoneを導入し、医療、そして病院内のIT活用を進める東京慈恵会医科大学の取り組みを取材した。

» 2017年05月12日 08時00分 公開
[やつづかえりITmedia]

 「働き方改革」の波は医療業界にも及んでいる。政府が3月末にまとめた「働き方改革実行計画」では、改正法施行後に5年の猶予を設けるものの、医師にも時間外労働時間の上限規制をかける方針が明記された。また、厚生労働省では2016年から2017年にかけて「新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会」を開催。高齢化、医療を担う労働力人口の減少、公的財源の制約、ICTの発展などの環境変化を踏まえ、医療・介護従事者の働き方やキャリア形成、医療・介護サービスのあり方などについて、改革の方向性が検討された。

 働き方改革に取り組む企業は、顧客へのサービスや従業員の働きやすさを向上するために、業務の効率化が不可欠であると気付き始めている。しかし、世間の病院という組織ではそのような意識が希薄で、非効率なやり方がまかり通っている――。そんな危機感をいだき、改革に踏み出したのが東京慈恵会医科大学(慈恵医大)先端医療情報技術研究講座の先生方だ。

モバイルとクラウドで救急患者の処置スピードアップ、負担軽減も

東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究講座 医学博士高尾洋之氏 東京慈恵会医科大学 先端医療情報技術研究講座 医学博士高尾洋之氏

 「医療のIT」というと、最近ではAIによる創薬や診断、ロボットによる手術の支援など、最先端技術の応用が話題になっている。しかし、医療現場の生産性を高めるツールとして慈恵医大が注目したのはスマートフォン。2015年に3200台超のiPhone導入を主導した高尾洋之氏(先端医療情報技術研究講座/脳神経外科学講座 医学博士)は、クラウドとモバイル端末によって「必要な情報を、必要な時に受け取れる」ことがポイントだと語る。脳外科医として脳卒中などで救急搬送される患者の治療にあたる高尾氏は、当直医とその場にいないベテラン医師などがリアルタイムに画像やメッセージをやり取りできる医療関係者間コミュニケーションアプリ「Join」を使用することで、必要な処置のスピードが向上したり、自宅や外出中の専門医が呼び出されたりするといった負担の軽減などの効果がある。

Join 医療関係者間のコミュニケーションや情報共有などにスマートフォンアプリを活用している

 救急の現場から導入されたJoinだが、今ではさまざまな診療科で使われており、その用途は臨床だけでなく、教育にまで広がっているそうだ。

 「例えば救急部では、研修医の教育に積極的に使われています。CTやMRIで撮影した画像も貼れるので、勤務体系で全員が同時に集まれない救急部では、『この画像を見て自分で診断してみて』と送信して症例経験を共有する、あるいは『こんな患者さんが来たら、こういう病気を見落とすなよ』といったことを教えています」(高尾氏)

医師たちとのコミュニケーションに欠かせないモバイル

 Joinのような医療用アプリだけでなく、より一般的なアプリも活用されている。例えば、画像付きのマニュアルを手軽に作成してクラウドで共有できるスタディストの「Teachme Biz」。「Wi-Fiの設定の仕方」から薬を処方する際の「安全マニュアル」まで、さまざまなマニュアルが必要に応じてスマートフォンで参照できるようになっている。これを導入するきっかけになったのは、同講座の研究員である畑中洋亮氏が、iPhone導入の説明会を担当したことだった。

 「慈恵医大には4つの病院があって、時間帯によって来られる人と来られない人がいたので、合計で20回くらい説明会をやったんです。説明会だけでこんなに手間がかかるのか、と思いました。病院という24時間365日働いている人たちを捕まえることの大変さが分かったんです。そのとき、今後も何かあるたびに説明会をやるなんて絶対ムリだと思い、『Teachme Biz』を入れました。今は、何か問い合わせがあればマニュアルを作り、『これを見てください』と返しています」(畑中氏)

スタディストの「Teachme Biz」 マニュアルを手軽に作成して共有できるスタディストの「Teachme Biz」も活用している
スタディストの「Teachme Biz」 冊子も用意しているが、電子化されたマニュアルの方がいつでもスマートフォンで調べられ便利だという

 病室や手術室の間を忙しく移動し、勤務時間外でも緊急の呼び出しに応じる必要のある医師にとって、診察室のPCに向かう時間は業務の中のほんの一部でしかない。つまり、持ち運べるコンピューターであるスマートフォン、どこからでもアクセスできるクラウドが、生産性の向上に寄与する可能性が非常に大きいのだ。

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