血液ガンに侵され、死を覚悟した女性を人工知能「Watson」が救ったIBM World of Watson 2016(1/2 ページ)

人工知能によって、がん治療の姿が変わりつつある。ラスベガスで行われたIBMのイベントで、東京大学の宮野教授が「Watson」を活用するがん治療の事例を紹介した。人間の遺伝子情報と膨大な論文を解析し、患者に最適な薬を投与するのだという。

» 2016年10月28日 08時00分 公開
[池田憲弘ITmedia]

 日本人の死因の約3割を占めるといわれている「がん」。不治の病と言われていた時代もあったが、最近では、分子レベルでがんを解析し、個人に合わせた最適な治療を行う方法が広がりつつある。

 米国ラスベガスで開催されたIBMの年次カンファレンス「IBM World of Watson 2016」の基調講演では、東京大学医科学研究所教授、ヒトゲノム解析センター長の宮野悟氏が登壇し、IBMの人工知能「Watson」を活用するがん治療の事例を紹介した。

photo 東京大学医科学研究所教授、ヒトゲノム解析センター長の宮野悟氏

 宮野氏が研究しているがん治療は「ゲノム(全遺伝情報)治療」と呼ばれるものだ。患者の遺伝子における塩基配列を解析し、がんを生み出す突然変異を起こす遺伝子を特定。その遺伝子に合わせた薬を投与する。しかし、膨大な遺伝子情報からがんを引き起こす突然変異を発見するのは非常に難しいという。

 「1人の患者さんの中でも、日々さまざまな細胞の変異が起きています。しかし、その中でがんを引き起こす変異を1つでも見つけられれば命を救える。そのため、データの解釈がとても重要になるのです」(宮野氏)

 ガンのゲノム治療は、スーパーコンピュータで細胞の変異についてのデータを抽出し、その結果を論文や報告書と照らし合わせて調べるが、ゲノム治療に活用できる生物医学の論文は膨大な数があり、その全てを把握するのは不可能に近いそうだ。そこで、自然言語による文章理解が可能なWatsonが活躍する。

 「生物医学の論文は2600万ほどあり、全部紙にすると富士山の高さを超えるほどです。去年だけでも20万の文献や論文が発表されており、400万件の病的突然変異が報告されています。がんを理解するというのは、もはや人間の能力を超えるのです。しかしこれらの文献は全てデジタル化されています。『それならば、Wastonに読ませて学習させればいいじゃないか。これを使わない手はない』と考えたのです」(宮野氏)

 そしてこのWatsonが、がん治療で東大病院に入院していた女性を救うことになる。

photo ヒトゲノム解析センター

Watsonが救った日本人女性

 66歳のヤマシタアヤコさんは、骨髄異形成症候群を患い東大病院に入院していた。これは血液がんの一種で、自らの力でさまざまな種類の血液が作れなくなり、やがては骨髄性白血病に至る。彼女は2種類の抗がん剤治療を受けていたが、病状は悪化し、一時は死を覚悟したほどだったという。

 「東大病院には、がん治療のベストメンバーがそろっていますが、投与している抗がん剤がなぜダメなのか理解できない状況でした」(宮野氏)

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