今や世界の「IT強国」となった韓国。政府主導でDXが進む同国で、民間企業はどのようなソリューションを生み出しているのか。国家主導のプロジェクト「韓国版デジタルニューディール」で優れた事例として選ばれた3つのB2Bソリューションを紹介する。
この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。
筆者は主に日本国内のICT領域を調査、研究している。本稿では日本のIT市場を分析する筆者の視点を交えて「IT強国」といわれる韓国のDX(デジタルトランスフォーメーション)事情を紹介する。
韓国のDXの成功事例としては、2000年代から始まった電子政府が代表的だ。韓国は約20年前から行政サービスのデジタル化に本格的に取り組み始め、2020年には国連が発表した電子政府ランキング(United Nations E-Government Survey 2020)で、世界第2位にランクインした(注1)。
韓国では、産業界においても国家プロジェクトとして政府主導でDXが進んでいる。
韓国政府は2020年7月から新型コロナウイルス感染症(COVID-19)収束後を見据えた国家発展戦略として、デジタル大転換プロジェクト「韓国版デジタルニューディール」を推進してきた。
「韓国版デジタルニューディール」は、米国のフランクリン・ルーズベルト大統領が1929年に発生した大恐慌を克服するために推進した「ニューディール政策」を参考にしたものだ。2021年7月にはこのアップグレード版となる「韓国版デジタルニューディール2.0」を発表した。
韓国科学技術情報通信部の発表によると(注2)、2020年7月の「韓国版デジタルニューディール」開始から1年間で約17万の国内企業および政府、行政機関が同プロジェクトに参加した。この結果、国内データ市場は2019年比14.3%成長を遂げ、「約220万人の国民が多様なデジタル化によるベネフィットを享受した」という。
「韓国版デジタルニューディール」は、参加企業による優れた事例(優秀成果事例)を発表している(注3)。2020年の「韓国版デジタルニューディール1.0」(注4)ではB2B(Business to Business)領域の「優秀成果事例」として次の3つのDXソリューションが選ばれた。
これまでのAI(人工知能)モデル開発では、学習データの収集や加工に莫大(ばくだい)な時間と費用が掛かっていた。
Selectstarは、この課題を解決するために学習データの収集や加工のクラウドソーシングプラットフォーム「Cash Mission」を開発した。
Cash Missionは既存のリワード(報酬)アプリと連携してデータを蓄積する仕組みだ。データを必要とする企業がデータ生産プロジェクトを同社に依頼すると、Cash Missionにプロジェクトがアップロードされる。ユーザーは作業を遂行することでリワードをもらう。収集したデータは、Selectstarが独自に開発したアルゴリズムと検収者の目視によって全て検収後、完成したデータを顧客企業に納品する。
Selectstarは、サービスローンチ段階でLG-CNSやKAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)、NAVERなどB2B事業における大手企業をテストユーザーとして、それら企業の紹介で他の大手企業やスタートアップなど多くの顧客を集めた。今後は「さらに技術的に洗練されたクラウドソーシングプラットフォームを目指す」という。
Selectstarの売上高は2020年に61億ウォン(約6億3千万円)に達しており、シリーズAで40億ウォン(約4億1千万円)の資金調達に成功して15件の特許を出願した。
DOUZONEは韓国国内のERP市場で一定の地位を築いてきた。現在はクラウドやビッグデータ、AIを通じて企業のDX推進のためにさまざまなソリューションを提供するICT企業だ。現在、同社はクラウド基盤のプラットフォームやグループウェアなどの企業情報化ソフトウェア分野で韓国国内市場シェア1位を占めている(注3)。
同社は韓国版デジタルニューディール事業に参加して、ビッグデータを活用した「売上債権ファクトリングサービス」を開発した。同サービスは、信用情報が不足しているために金融機関からの融資が困難な中小企業や個人事業者に対して、適時性のある信用情報を提供することで、商取引で発生した売掛債権を担保、保証し、償還請求権なく即時に現金で回収する。
売上債権ファクトリングサービスは同社のビジネスプラットフォーム「WEHAGO」を通じて提供されている。リアルタイムの税務、会計ビッグデータを活用して、企業情報および企業間取引の真偽情報を提供する。資金供給者(金融機関)はこれらの情報を基に審査した後、売上債権(注5)を一定の割引率で買い入れる。当日の申請から代金の支払いまで面倒な書類提出なしに全てオンラインの非対面サービスで実施されるのが特徴だ。
一般的な金融機関の企業向け融資では、前年度の決算財務諸表に基づいて信用度を評価する。同サービスは企業が評価時点で置かれている流動性資産の状況や財務健全性について、財務、会計データとAIを使って評価して、適時性のある信用情報を提供するのが特徴だ。
DOUZONEは「韓国版デジタルニューディール政策に合わせて今後もビッグデータプラットフォームを通じてさまざまな産業データを継続的に収集し、活用価値の高い融合データ生産に注力していく」としている。
VUNOはAI医療機器や複数の医療AIソリューションを開発している。現在、さまざまな医療データを分析して、診断や治療、予後予測に関する医療AIソリューションのパイプライン(注6)を保有している。
同社はこのうち8つのソリューションの商用化に成功した。
その一つが「AI基盤を使った感染病患者の診断、予後予測ソリューション」だ。同社によれば韓国国内で同ソリューションの開発に成功するのは今回が初めてだという。
同社は今後、同ソリューションを臨床現場に導入して性能を検証後、有効性を評価した上で医療機関向けに製品化する予定だ。
商用化に成功した他の7つのソリューションは次の通りだ。
将来は医療機関だけでなく、医療機器や医療用ソフトウェアなどさまざまな医療分野の企業と協力して、EMR(電子医療記録)やPACS(医療画像管理)、医療設備との連携などビジネスを多角化して事業領域を拡大する計画を立てている。
韓国政府は2025年までに総事業費220兆ウォン(約22兆円)を「韓国版デジタルニューディール2.0」に投資する予定だ。
「韓国版デジタルニューディール2.0」の目標は、「韓国版デジタルニューディール1.0」の成果を産業全般に拡大させ、グローバル市場をリードする新しい産業を集中的に育成することとしている。具体的には5GやAI、全産業のデータ活用でDXを推進する。韓国政府は「韓国版デジタルニューディール2.0」の取り組みを通じて、2025年までに直接、間接合わせて約250万人の雇用創出を目指している。
今回は、韓国のB2Bソリューションで今注目すべき3点を紹介した。次回は、韓国企業のDXの実態と課題を調査結果などから明らかにする。
(注1)United Nations E-Government Survey2020
(注2)政府・民間が共に推進してきたデジタルニューディール1周年成果発表(韓国科学技術情報通信省)
(注3)「優秀成果事例集」(2021年6月)科学技術情報通信部・韓国放送通信電波振興院発行
(注4)もともとは「韓国版デジタルニューディール」と呼ばれていた。2021年に発表された「韓国版デジタルニューディール2.0」との区別が必要な場合、「韓国版デジタルニューディール1.0」と呼ばれる。
(注5)売掛金や受取手形など、未回収分の売上代金の総称。
(注6)データ分析のための前準備を一本化して実施すること。
(注7)AIと医療、エネルギーなどの分野との融合プロジェクト。
(注8)教育部、教育庁で個別に運営されている各サービスを1つのプラットフォームに統合する国家プロジェクト。
(注9)韓国人に多い8疾患(認知症、大腸がん、前立腺がん、乳がん、心臓疾患、心脳血管疾患、脳電症[てんかん]、 小児希少難治性遺伝疾患)に対して医療現場で疾患の予測、診断をサポートするAIソフトウェア群。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.