IBMの狙いはクラウド市場競争の「ゲームチェンジ」 同社の「業界クラウド」戦略を読み解くWeekly Memo(2/2 ページ)

» 2022年12月19日 14時30分 公開
[松岡功ITmedia]
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狙いはクラウド市場競争の「ゲームチェンジ」

 一方で、二上氏は「デジタルサービスが増えたとしてもリアルなビジネスがなくなるわけではない」とも述べる。「これからはデジタルとリアルのボーダーレス化が急速に進んでいくのではないか」との見方を示した上で、次のように語った(図4)。

図4 デジタルとリアルを一体化するボーダーレス時代のアーキテクチャ(出典:「Think Japan」の講演資料)

 「当社はデジタルとリアルを一体化するボーダーレス時代のアーキテクチャを打ち出した。まず、フロントサービスにあるさまざまなチャネルに対してDSPなどのデジタルサービスの提供が増えるだろう。ビジネスサービスは基幹システムに加えて、クラウドネイティブな新しい技術をオンプレミスで使うシステムが増えるとみている。それらが外部パートナーと連携するケースも増えるだろう」

 このデジタルとビジネスのサービスの利用について、二上氏は「クラウドとオンプレミスそれぞれのメリットを活用しながら、ハイブリッド環境を賢く使い分けることが大事だ。そういうお客さまが増えている」との認識を示した。

 また、図4の中央〜下部については、ハイブリッド環境のデータを一元的に管理して活用するデータ、AIサービスやIoT(モノのインターネット)とエッジ、クラウドネイティブな技術によるプラットフォームがアーキテクチャとして組み込まれている。

 そして、図4で筆者が最も注目したのが、最下段の基盤に「AWS」(Amazon Web Services)、「Azure」(Microsoft Azure)、「GCP」(Google Cloud Platform)といった他社のIaaSがIBM Cloudと列記されていることだ。とはいえ、現状では先に紹介した金融サービス向けDSPのIaaSとしてAWSを利用する取り組みが進んでいるところで、他についてはこれからの動きのようだ。

 二上氏は他のIaaS利用もさることながら、「ハイブリッドやマルチクラウドを採用すると、『全体のシステムとして効率が悪くなるのではないか』と懸念されるお客さまもおられる。その課題を解決するのが、オープンなクラウドネイティブ技術だ」と述べ、これまでの懸念される仕組み(図5)とこれから目指すべき仕組み(図6)について次のように説明した。

図5 これまでの懸念される仕組み(出典:「Think Japan」の講演資料)
図6 これから目指すべき仕組み(出典:「Think Japan」の講演資料)

 「これまでの懸念される仕組みでは、ハイブリッド、マルチクラウド環境といってもオンプレミスとクラウドのシステムが開発や運用も含めて個々に存在していた。これから目指すべき仕組みでは、オープンなクラウドネイティブ技術によってそれらを統合利用できるようにする必要がある」

 IBMが金融向けクラウドを発端に業界クラウド事業を手掛けたのは2019年のことだ。その頃から筆者は、日本IBMの山口明夫氏(社長)に機会があるごとに質問してきたが、2020年末までは明確な回答がなかった。日本でこの話が動き出したのは2021年春のことだ。その経緯については、2021年4月12日掲載の本連載記事「IBMが業種別パブリッククラウドを強化へ オンプレ時代からの戦略は生きるのか」を参照いただきたい。

 今回の動きに話を戻すと、IBMの思惑はどこにあるのか。ITベンダーの視点でいうと、DSPによる業界クラウドを、クラウド市場の主戦場に持っていき、今後ますます巨大化するであろうDXビジネスにおけるエコシステムの頂点に立とうという「ゲームチェンジ」の狙いがあるとみられる。これによって、業界クラウドから見ればAWSやAzure、GCPも選択肢の一つにすぎないという形に持っていこうというわけだ。

 一方、ユーザー視点でいうと、自社のDXパートナーとしてサービスを選ぶ際に、ITベンダーとしての信頼とサービスの充実ぶりからIBMのDSPがファーストコンタクト先として、総合的な安心感がありそうだ。

 IT市場への影響はどうか。これまでクラウドサービスはAWSに代表されるハイパースケールなパブリッククラウドのIaaSが注目されてきた。今後はIaaSだけでなく、サービスの集合体としてのきめ細かいソリューションがユーザーにとって選択の決め手になるかもしれない。IBMの業界クラウドの動きが、そのきっかけになる可能性がある。

 ただ、サービスの集合体としてのきめ細かいソリューションについてはAWSなどもここ数年、急ピッチで拡充してきており、業界ごとの対応にも注力している。そうなると、ソリューションの質が問われることになる。IBMの業界クラウドの質が高い評価を得られれば、マルチIaaS対応は逆にアドバンテージになるかもしれない。

 これまでIBM Cloudに執着してきたIBMのクラウド事業にとって、今回の動きは戦略の大転換だ。果たして奏功するか。注視したい。

著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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