「IBM脱落、Oracle参入」米国防総省マルチクラウド調達の勝敗を読むCIO Dive

ITシステムのモダナイゼーションに当たって「どのクラウドサービスを選ぶべきか」「ハイブリッドクラウドやマルチクラウドにすべきかどうか」は難しい問題だ。この問題に頭を悩ませているのは企業ばかりではない。世界一の軍事大国である米国の国防総省はまさにこの問題で新たな決断を下したばかりだ。

» 2023年01月24日 07時00分 公開
[Matt AshareCIO Dive]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

CIO Dive

 米国防総省は、IT分野でのモダナイゼーションに当たって大きな決定を下したモダナイゼーションのための資金総額である最大90億ドルをAmazon Web Services(AWS)、Google、Microsoft、Oracleに与えることとしたのだ。

 多くの企業が頭を悩ませている「今後を見据えてどのクラウドサービスを選ぶべきか」という問題を、国防総省はどのように解決しようとしているのか。

“真の勝者”は4社の中にはいない その理由は?

 米国防総省は2022年12月7日、マルチクラウドを想定したクラウド事業者向けの調達ルール「Joint Warfighting Cloud Capability」(以下、JWCC)契約(注1)をAWSやGoogle、Microsoft、Oracleのクラウドサービス企業4社に、軍の(IT分野の)モダナイゼーション資金である最大90億ドルを与える決定を下したことを発表した(注2)。

 JWCCの基本(契約)期間は3年間だが、オプションとして2028年6月まで契約を延長できる。

 政府との大型契約の中でも、特に軍との契約は民間企業にとって喜ばしいだけでなく、公共性の高い企業にとっては愛国心の象徴ともなる。

 しかし選ばれはしたものの、4社が「勝利の美酒」に酔うのはまだ早いようだ。クラウドの覇権争いにはまだ明確な勝者はおらず、大きな動きも見られない。今回の決定による真の勝者は4社ではなくハイブリッドマルチクラウドという戦略だといえる。この戦略によって、契約期間中、この4社は拮抗し続けることになる。

 Synergy Research Groupのジョン・ディンズデール氏(チーフアナリスト兼リサーチディレクター)は「詳細には“悪魔”がひそんでいることが多いが、めったに公開されることはない。この契約はあくまで包括的な枠組みだ。いくつかの契約が締結される可能性があるが、締結されない可能性もある。その期間もかなり流動的だ」と電子メールで語った。

 また、90億ドルが最終的に各社にどのように分配されるにしても、クラウド市場全体から見ればごくわずかなシェアにすぎない。

 Gartnerによると、パブリッククラウド市場への全体的な投資額は、2022年の5000億ドル弱に対し、2023年には6000億ドル弱に達すると予想されている(注3)。米国のクラウドインフラ市場で最大のシェアを占めるAWSは、比較的成長が鈍化した2022年第3四半期でさえ、205億ドルの売上高を計上した(注4)。

 Microsoftのクラウド売上高は、2022年9月30日までの3カ月間で203億ドルだった。Microsoft以外のハイパースケーラー3社の中で最も規模が小さいGoogleは69億ドルだった。ただし、Synergy Research Groupによれば、市場シェアが2%にすぎないOracleは通常、ハイパースケーラーとは見なされない。

 「(米国防総省がモダナイゼーションのための予算上限である)5年間で90億ドルを投資したとしても、これは市場全体の数%にすぎない。仮に90億ドルを1つの企業が受注しても、市場シェアはほとんど変化しないだろう」(ディンズデール氏)

契約獲得を巡る勝敗の行方はまだ定まらない

 JWCCのような契約は企業にとって自慢になるし、(他社との)勝ち負けもある。しかし、MicrosoftにとってJWCCとの契約はほろ苦いものだろう。

 2019年、Microsoftは最大100億ドル相当のJoint Enterprise Defense Infrastructure(以下、JEDI)契約(注5)を独占的に締結するはずだった(注6)。ところが国防総省は2020年7月、「マルチクラウドにコミットする」としてJEDI契約を取り消した。

 Gartnerのエド・アンダーソン氏(アナリスト、ディスティングイッシュトバイスプレジデント)は「国防総省は、最初から全ての主要なクラウドプロバイダーに参加させるべきだった。プロバイダーの特性を合わせれば、クラウドをより柔軟に利用できただろう」と語る。

 今回のJWCCの契約で、米国市場の約11%を占めるハイパースケーラーのGoogle、そして現在はハイパースケーラーとは見なされないOracleにとって、他2社のCSPと同じ土俵に乗ったことは勝利だといえるだろう。

 調査とコンサルティングを手掛けるForresterのデヴィン・ディッカーソン氏(主席アナリスト)は、「CIO Dive」に対して電子メールで次のように語った。「JWCCを獲得することは、収益と市場シェアでAWS、Azure、GCPに大差をつけられているOracleにとって、大きな利益となる」

 しかもOracleは、連邦政府のオンプレミスにおいて大きな存在感を示している。

 「(クラウド基盤に)Oracleのクラウドサービスを採用すれば、Oracleが提供するハイブリッドおよびパブリッククラウドのワークロードに対応した政府機関向けアプリケーションの売り上げが伸びる可能性があることを意味する」(ディッカーソン氏)

 今回のJWCC契約で最大の打撃を受けたのは、選ばれなかったIBMかもしれない。Synergy Research Groupの推定によると、同社のクラウドの市場シェアは3%にすぎない。同社はJEDI契約には選ばれたが、JWCC契約には選ばれなかった。

 国防総省のジョン・シャーマン氏(CIO)は、JWCC契約について発表した記者会見で、IBMに関する質問に対して「(各社の)提案について、最終的にどの企業が最も要件を満たすことができるか精査した結果だ」と述べた。

勝敗の鍵を握る「ハイブリッドエコシステム」

 IBMは、ハイブリッドクラウドやインダストリークラウド、そしてメインフレームのモダナイゼーションに注力してきた。同社がJWCC契約から除外された理由がここにある可能性もある(注7)。

 「IBMは、JWCC契約の技術要件とセキュリティ要件を満たしていなかった可能性がある」(ディッカーソン氏)

 CIAは2020年に数十億ドル規模のCommercial Cloud Enterprise(以下、C2E)契約(注8)をAWSやMicrosoft、Google、Oracle、IBMと締結した。ディッカーソン氏は「C2E契約を獲得したことは、IBMが政府機関アプリケーション向けの主要クラウドプロバイダーとしての地位を確立する上で重要だった。JWCCを逃したことは、比較的小規模なパブリッククラウドビジネスにとって痛手になるだろう」と述べた。

 JWCCは、単なるマルチクラウド戦略ではない。政府のメインフレームはすぐにはなくならないため、クラウドとオンプレミスのインフラを統合したハイブリッドエコシステムが求められている。

 シャーマン氏は記者会見で「私の後継者が、将来『ハイブリッド環境から完全に脱却した』と発表するかもしれない。しかし当面は、ハイブリッドエコシステムが続くだろう」と語った。

(注1)米国防総省が商用クラウドサービスプロバイダーから直接的に商用クラウドの機能とサービスの提供を受けるための契約

(注2)Pentagon greenlights $9B contract pool for military cloud spending(CIO Dive)
(注3)Will inflation mean more dollars for less cloud?(CIO Dive)
(注4)Cloud contraction: Growth slows at AWS, Microsoft and Google Cloud(CIO Dive)
(注5)米国防総省が商用クラウドコンピューティングのサービス提供を受けるための契約

(注6)Pentagon chooses multicloud, cancels embattled $10B JEDI contract(CIO Dive)
(注7)IBM leans on hybrid to stay competitive in cloud(CIO Dive)

(注8)CIAがマルチクラウドサービス提供を受けるための契約

(初出)Hybrid cloud emerges as winner of Pentagon cloud showdown

© Industry Dive. All rights reserved.

注目のテーマ