ニチガスが模索する“Web3を見据えたビジネスモデル” 「レガシーシステムを捨てる勇気」が必要な理由DXSummit14レポート(2/2 ページ)

» 2023年03月22日 09時00分 公開
[土肥正弘ITmedia]
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ニチガスが構築したシステム統合基盤

 それでは、ニチガスはどのようにDXに取り組んでいるのだろうか。和田氏は次のような事例を紹介した。

1.システム統合基盤となる「ニチガスストリーム」

 データドリブンな事業経営に欠かせないのが多種、大量なデータの取得と分析だ。データをどのように集め、属性に応じた分析をするかは大きな問題だが、コストの最小化を目指しつつ、データの流れを制御し、また異なるフォーマットを世界標準に統一する仕組みが「ニチガスストリーム」だ(図2)。「既に世界130カ国240の通信キャリアとの連携を可能にした(和田氏)

 LTEや5G、6Gの無線通信を利用してIoT機器や各種アプリからのデータを収集し、AIによってデータ属性に応じた静的解析、動的解析などの自動化を目指している。

図2 さまざまなデータを統一してAIによる分析に渡す「ニチガスストリーム」のイメージ(出典:和田氏の講演資料) 図2 さまざまなデータを統一してAIによる分析に渡す「ニチガスストリーム」のイメージ(出典:和田氏の講演資料)

2.シェアリングエコノミー創造基盤「データ道の駅」

 ニチガスストリームの先には「データ道の駅」がある。ニチガスはこれを「シェアリングエコノミーの創造基盤」としており、利用可能なサービスごとにアプリ開発環境(オープンAPI開発環境)を提供している。

 ニチガスがエネルギー事業者に提供するクラウドコンピューティングシステム(「雲の宇宙船」)の機能をマイクロサービス化し、ニチガス以外の事業者でも利用可能にしたものだ。他の事業者は雲の宇宙船の決済機能や検針システム、保安システムをデータ道の駅を通じてAPI経由で自社システムと連携できる。「これは従来の基幹システムの概念では捉えきれないオープンイノベーションの基盤だ」(和田氏)

図3 オープンイノベーションの基盤となる「データ道の駅」(出典:和田氏の講演資料) 図3 オープンイノベーションの基盤となる「データ道の駅」(出典:和田氏の講演資料)

 なお、他事業者との連携においてはセキュリティ面での保証が重要になる。ニチガスはエンドツーエンドの暗号化通信の他、ブロックチェーンを用いて取引情報の管理と保管を実施している。改ざん防止や不正検知、アクセスログのAI解析による不正行動の予兆検知も可能となっている。

3.各社サーバのIDを一元化する「ニチガスクロス」「ONE ID」

 オープン化したクラウドプラットフォームではID管理が重要だ。中でもさまざまな顧客データを多様な事業者間で整合的に取り扱うのは難しい。「ニチガスクロス」は各社、各自治体のサーバを横断して、プライバシーに配慮しつつ、顧客データをONE IDに統一し、サービスを連携しやすくする仕組みだ(図4)。スマートフォンのアプリケーションから一般ユーザーが利用できる。

 引っ越しの際には電気やガス、水道の各事業者への連絡や、銀行口座や運転免許証の住所変更、役所への届け出などが必要になる。これらをまとめて連携したニチガスクロスを利用した引っ越しポータルで手続きすることで、一度の登録作業で全ての変更手続きが完了するという。各業者のコールセンター業務の簡略化にもつながる。

図4 引っ越しに関する業者・行政への連絡・届け出を一元化するアプリの例(出典:和田氏の講演資料) 図4 引っ越しに関する業者・行政への連絡・届け出を一元化するアプリの例(出典:和田氏の講演資料)

4.家庭・地域でエネルギーを効率活用

 「ニチガス スマートシティー」を目指す取り組みも実施している。これは家庭や地域に設置されている太陽光発電システムやEV(電気自動車)搭載の蓄電池機能、大型蓄電池などをDER(分散型エネルギー源)として利用するものだ。これらのDERをまとめてVPP(仮想発電所)とし、スマートシティー内のオフィスビルや家庭の電気機器と合わせてAIで制御することで効率的な電力利用を図る。

 全国的な需要逼迫時(電力市場価格が高騰)はスマートシティー内のEVや蓄電池からの放電、ガスによる貯湯を実施する。逆に需要緩和時(電力市場価格下落)は、EVや蓄電池へ充電し、電気による貯湯を実施する。

 「スマートシティー内で使いきれない余剰の電力は地域配電事業者として地域社会で融通し合うこともできる。当社のスマートハウス、スマートホームを制御しているソリューション技術も役に立つ」(和田氏)

5.自動検針システム「スペース蛍」

 従来、人間の眼で検針してきたガスメーターをニチガスはオンライン化することで自動検針を可能にした。

 オンライン化のために開発したNCU(Network Control Unit)が「スペース蛍」だ(図5)。同社は、「スペース蛍はリチウムイオン電池1本で10年間自立稼働可能」としている。スペース蛍はIoT通信大手のソラコムとニチガスが共同開発し、海外ベンチャーとのタイアップによって完成した。

 スペース蛍は低コストでの製造が可能で軽量、コンパクト。「最短で2分間」とうたう装着時間の短さも特徴だ。sigfoxとLTE-Mによるハイブリッド通信を実現していることから世界130カ国240のキャリアと連携可能で、都市ガス、LPガスの他、電気や水道など他のインフラ事業者も使える汎用性があるという。メーターデータは1時間当たり1回取得する。

 スペース蛍はニチガスと契約する全てのLPガス利用者宅に導入済みで、都市ガス契約者宅には2022年12月をめどに導入する予定だ。

図5 スペース蛍の特徴と効果(出典:和田氏の講演資料) 図5 スペース蛍の特徴と効果(出典:和田氏の講演資料)

 スペース蛍導入のメリットはコストや人的負担の削減にとどまらない。LPガスについてはガスメーターと配送システムがほぼリアルタイムで連携しているため、LPガス配送の回転率が高まった。従来はガス切れを防ぐために2本のボンベのうち1つを適時に交換する仕組みだったが、ガス消費量が正確に予想できるために全数交換でよくなり、配送回転数が4〜6割削減できたという。配送回数の削減に伴ってCO2(二酸化炭素)排出量の削減も期待できる。

 さらに、スペース蛍経由で保安情報のアラート発信、メーターの開閉栓も行うことで、さらなる効率化が進む。

 ガス利用データの取得を通じて、利用者の生活状況や在宅時間の分析も可能となるため、他事業者とのデータ連携も進む。シェアリングエコノミーの面ではガスや電気、その他サービスの資料量や請求額を一括して閲覧可能なアプリ「My NICIGAS」(マイニチガス)を開発している(図6)。

図6 さまざまな業者とのデータ連携で決済や届け出などを1アプリに統合(出典:和田氏の講演資料) 図6 さまざまな業者とのデータ連携で決済や届け出などを1アプリに統合(出典:和田氏の講演資料)

 和田氏は「My NICIGASの活用によってコールセンターをなくせる可能性もある」と話す。アプリを通じて修理担当者の到着時間などを確認できることから、ユーザーのストレスが軽減される。「家族間でこのアプリを同期することで、家族の安否確認などにも利用可能だ」(和田氏)

6.デジタル受発注システム「Tanomi Master」

 ここまでユーザーとニチガスをつなげるアプリを見てきた。受発注業務に関わる事業者が利用するアプリを紹介しよう。デジタル受発注システムの「Tanomi Mastar」(タノミマスター)は、発注事業者は無料で基本機能を利用できるサービスだ。「目指すのはAmazonのような受発注プラットフォームだ」(和田氏)

 特に物流領域では品物の自動認証、ガスボンベのバーコード利用、車両にはGPSドングルなどを利用してデータを取得しやすくする。これにより品物のトレーサビリティーが確保され、仮想空間上にデータの軌跡が同期、共有、保存、通知される。AIが分析して必要な指示を自動的に配信するため、ヒューマンエラーを排した合理化が実現するという。「これにより営業所は完全キャッシュレスでペーパーレス、省力化を徹底できる」(和田氏)

7.上記の取り組みをベースにしたメタバース上の業務フロー

 和田氏は「こうしたWeb3を用いた数々の取り組みをベースにして、図7のようなLPG託送システムが具体化した」と胸を張る。LPガス託送はガスの検針から充塡に至るまでの一連のサイクルで収集できるデータをAIによって分析し、ガスボンベ交換のタイミングや物流効率を最適化するシステムだ。ガス消費のデータや物流状況データ、物流ルートのデータなどをリアルタイムに可視化して管理できる。

図7 メタバース上で管理、監視、分析されるLPガス託送システムの例(出典:和田氏の講演資料) 図7 メタバース上で管理、監視、分析されるLPガス託送システムの例(出典:和田氏の講演資料)

 「これまで人の予測に基づいてきたLPガスの配送を、リアルタイムの実績データと、それを分析するAIによって、徹底的に合理的に運用できるようになった」と和田氏は語る。先ほど説明したガスボンベの全数交換などはその一例だ。

 「ただし、LPガス託送はあくまで起点だ」と和田氏は語る。先ほど挙げたスマートシティーのVPPやスマートホーム、ニチガスサーチによって一元化されたコールセンター、Tanomi Mastarなどと連携して、AIによってデータ分析・行動分析することによって、都市ガスや電気などさまざまなエネルギー事業者をつなぐプラットフォームとなる。

 ガスの使用量に基づいた託送料金の設定や、都市ガスや電気と託送料金の算出法をそろえてエネルギー業界全体の託送料金形態を統一することまで見込んでいる。同社はこのLPG託送の仕組みを他社にも提供し、新たな共創環境の構築を目指す。

「DXは縦型の組織に“横やり”を入れること」

 以上がおおまかなニチガスのDXへの取り組みだ。和田氏は「新しいテクノロジーで動く新しい経済圏は、ケーススタディーがないので論理的に説明できない。だからリスクをとって自社がどちらに行くべきかをトップが判断しなくてはならないと考えている」と述べる。

 難しい判断を迫られるトップに対して「DXは縦型の組織に横串を入れる、横やりを入れることになるので、ちゅうちょすることもあるかもしれないが、レガシーシステムを捨てる勇気がなければ先に進めない。基幹システムの在り方を変えるのは数年間かかる大きな仕事。始めるのは早い方がよい」と助言して講演を締めくくった。

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