野村総研が「ICT産業における生成AIのインパクト」を分析 AIが人材と業務をマッチングする将来とは?

生成AIをビジネスにどう生かすか、試行錯誤が続いた2023年。2030年に向けて生成AIはビジネスや企業経営にどのようなインパクトをもたらすのか。野村総合研究所がICT産業が取り組むべきだとしている課題と解決策の中から4点紹介する。

» 2023年12月20日 15時55分 公開
[田中広美ITmedia]

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 野村総合研究所(以下、NRI)は2023年12月19日、「2029年度までの主要10市場の予測と産業として取り組むべき16の課題を踏まえて」を発表した。

 同発表はNRIが2030年代を見据えて主要10市場における2029年度までの市場規模の予測と、そこから導かれるICT(情報通信技術)産業が取り組むべき16の中期的課題と解決策をまとめたものだ。

AIがヒトと業務をマッチング そのメリットは?

 本稿では生成AI(人工知能)がICT産業にもたらす影響を中心に、今回の発表の骨子を紹介する。

1. 生成AIで変わるコンテンツ開発

 これまでコンテンツを楽しむ側だった視聴者も含めて「誰でもコンテンツを世に出せる時代」が到来し、クリエイターと消費者、コンテンツ制作側と顧客接点側(プラットフォーマー)の境目があいまいになる。

 生成AIを利用してコンテンツを大量に生み出せるようになる中で、制作者は他コンテンツとの差別化のために何をすべきか。

 NRIは避けるべきは量での競争で、差別化のポイントは「熱狂創出」によって「推し」消費に対応するコンテンツを作ることにあると提言する。こうしたコンテンツを作れるのは作品・キャラクターなどの知的財産を保有・管理するIPホルダーのみだと同社は考えている。

 では、どうすればそのようなコンテンツを生み出せるのか。NRIによると、「推したくなる」ような熱狂を生む作品やコンテンツづくりには、AIだけではなく人間の洞察力が必要だという。そのためには顧客接点やデータ加工・分析の基盤、データ活用の技術・ノウハウを用意することが必要となる。

2. 生成AIで変わるデジタルマーケティング

 生成AIの活用によって、広告主がマーケティングプロセス全体の内製化を進められるようになる。大量の広告クリエイティブ作成や配信結果の比較・改善を高効率で運用できるようになり、インターネット広告は一層効率性を追求できるようになる。

 一方で無視できないのが、インターネット広告が消費者から忌避されている点だ。この原因についてNRIは最近のインターネット広告が「効率性を過度に重視した」ことを指摘する。

 解決策としてNRIは、生成AIをただの効率化装置として使うのではなく、消費者との間で中長期的な関係を構築することを目指す「LTV(Life Time Value:顧客生涯価値)発想」に基づいた「SPOT-LIGHTモデル」によってマーケティング戦略を再構築することを提案する。

 具体的には、生成AIの登場を広告の制作・運用における破壊的イノベーションと捉え、CX(カスタマーエクスペリエンス:顧客体験)重視を重視して顧客の潜在的なニーズを理解する。その上で、「人に語れるストーリー」としてターゲットの好みに最適化された情報を届ける形で展開するマーケティング戦略に転換すべきだとしている。

3. 生成AIの普及を視野に入れたルールメーキング

 生成AIを巡って、各国・地域ではプライバシーやセキュリティ、著作権などに対処するための政策を検討し、ルールメーキングの主導権を争っている。NRIは、日本のガバナンスアプローチの方針がEU(欧州連合)だけでなく英国・米国と比べても促進への意欲を強く感じさせるものであることを強調する。

図1 日本はEUや英国、米国と比較して生成AI利用促進のアプローチをとっている(出典:野村総合研究所の提供資料) 図1 日本はEUや英国、米国と比較して生成AI利用促進のアプローチをとっている(出典:野村総合研究所の提供資料)

 ちなみにデータ流通において日本は、規制側のアプローチをとるEU、促進側のアプローチをとる米国との中間に位置するスタンスを取っている。

 NRIはこの点について「生成AIについてはイノベーションをより積極的に促進する立場を取ることで、日本発のルールを打ち出せる」と言及する。

 生成AIの可能性について、NRIは「生成AIは将来、人が望めば何でもできるまで進化する可能性がある」とする。AIに何をどこまで任せ、ヒトは何に注力すべきか。生成AIと「共存する社会像」を描くことから議論を始めるべきだとしている。

 NRIが考える生成AIの強みは、「高速処理」(正解がある行為をミスなく高速で処理)「情報収集(膨大な学習データからアイデアを検索)(1人でもブレーンストーミング可能)にあるとする。

 それに対してヒトの強みは、「ヒトがやる価値のあること」(選挙の投票、議会の意思決定の正当性の確保、絶対的な正しさよりもプロセスを重視)、「無駄が生む価値」(個人の知識や経験の組み合わせから偶然生み出される作品の魅力)、「失敗の責任と再挑戦の権利」(AIの回答が誤っていた場合、意思決定者の責任を追及した上で、新たな責任者が再挑戦できる)にあるとする。

 ヒトと生成AIが共存するためには、両者の強みをどう生かすかを「目的の視点」「比較の視点」「共同性の視点」の3点から検討することが重要だ。

図2 ヒトと生成AIが共存に向けて「3つの視点」から強みの生かし方を検討すべきだ(出典:野村総合研究所の提供資料) 図2 ヒトと生成AIが共存に向けて「3つの視点」から強みの生かし方を検討すべきだ(出典:野村総合研究所の提供資料)

 また、将来の労働人口減少が確実な日本では、以下のような姿を目指すべきだとしている。

図3 生成AIによる労働力代替のシナリオ(目指すべき姿)(出典:野村総合研究所の提供資料) 図3 生成AIによる労働力代替のシナリオ(目指すべき姿)(出典:野村総合研究所の提供資料)

(1)労働人口減少前: まずAIで効率化する

(2)労働人口が減少し始める: いよいよ労働人口が減り始める中で、AIによる効率化によってAIがヒトを代替する。また、(1)で進んだ効率化によって手が空いた人員を人手不足の領域に再配置する

(3)AIによる効率化がさらに進む: AIによるさらなる効率化によって空いた人手は人の強みを生かせる新しい仕事をする。AIとヒトが協働で新しい価値を生み出す

4. 生成AI時代の人的資本経営

 人材の流動性が高まる今、一度決めた方針に沿って粛々と進める必要のある中央集権的な経営スタイルの持続は難しいと考えられる。NRIが提言するのが、データに基づいた示唆を考慮した形で実践する人的資本経営だ。人的資本経営は人材を「資本」として捉えて価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営の在り方だ。

 同社は「生成AIを活用した『Talent MarketPlace』などを利用しながら人的資本経営について試行錯誤を具体レベルで進めていくべき」としている。Talent MarketPlaceは人材が持つスキルやコンピテンシーといったデータをICTによってマッチングさせるソリューションだ。

 ここで注力すべきは従業員の能力のデータ化だ。近年注目が集まっているのが、「非認知能力」と呼ばれる能力だ。NRIは非認知能力に注目が集まる背景について、DX(デジタルトランスフォーメーション)や生成AIが業務に入り込む時代においては、論理的思考力や情報処理能力といったホワイトカラーに求められてきた能力以上に「誠実さ」や「やりきる力」「好奇心」といった能力が求められるようになったと分析している。

図4 代表的な15種類の非認知能力(出典:野村総合研究所の提供資料) 図4 代表的な15種類の非認知能力(出典:野村総合研究所の提供資料)

 現在、非認知能力を測定する技術やサービスが開発されつつある。人的資本経営を実践する中で生成AIを活用した人材と仕事のマッチングの最適化を進める動きもある。

図5 生成AIを用いた人材と業務のマッチング(出典:野村総合研究所の提供資料) 図5 生成AIを用いた人材と業務のマッチング(出典:野村総合研究所の提供資料)

 生成AIが登場したことで、企業はこれまでも人材配置を検討する際に考慮してきたスキルや経験に加えて、非認知能力や周りの従業員との関係性を含めた大量のデータをベースにできるようになる。

 将来は認知能力や非認知能力、個人の志向をデータ化した上で経営戦略を実行するようになる。データドリブンな採用や育成、人材配置が実行されるようになるとNRIはみている。

 今後は、事業を取り巻く環境変化が激しい中で事業戦略は短周期で見直されるようになる。一方、人材については採用市場の流動化に伴い従業員のスキルセットも常に入れ替わることから、事業遂行上必要なポストやプロジェクトのデータとTalent Marketplaceが台頭している。

 なお、今回の分析を取りまとめた書籍は『ITナビゲーター2024年版』として東洋経済新報社から2023年12月20日に発売する。

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