なぜ、”ハンコ屋”のシヤチハタが「よその会社のDX」を支援するのか? 社長に聞いてみた【後編】シヤチハタ社長インタビュー(1/2 ページ)

かつてスタンプ型ネーム印「シヤチハタ」でビジネスシーンに大きな変化をもたらしたシヤチハタ。ハンコ文化にイノベーションを起こした同社は現在、中小企業を対象にしたDX支援を展開している。なぜ老舗文具メーカーが「よその会社」のDXを支援するのか。

» 2024年03月15日 08時00分 公開
[田中広美ITmedia]

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 DXに取り組む企業は増える一方だが、「うちはITやデジタルとは無縁だ」と考える企業もまだ多い。老舗文具メーカー・シヤチハタがDX(デジタルトランスフォーメーション)支援の対象と考えているのはそうした企業だという。いわゆるIT企業とは違う、同社ならではの支援の在り方について舟橋正剛社長に聞いた。

 前編(なぜ、シヤチハタは「赤字のIT事業」を続けてきたのか? 同社社長に聞いてみた【前編】)では時代の変化に合わせて自社を変革し、さまざまな商品を提供したシヤチハタの事業の在り方を紹介した。後編となる本稿では、文具メーカーでありながら他社のDX事業支援に乗り出した理由や今後の取り組みを紹介する。

 シヤチハタは「舟橋商会」として1925年名古屋市で創業し、1941年にシヤチハタ工業に、1999年にシヤチハタに社名を変更した。使うたびにインキをしみこませる必要のない「万年スタンプ台」、金属やプラスチック、ガラスなどに押せる「不滅スタンプ台」、スタンプ台不要で連続して押せる「Xスタンパー」「Xスタンパーネーム」、ネーム印とペンが一体になった「ネームペン」などを販売。1995年からはIT事業に乗り出し、電子印鑑システム「パソコン決裁」、電子決裁サービス「Shachihata Cloud」を提供している。

 以下、一問一答でお届けする(敬称略)。

噴出した「ハンコ不要論」 シヤチハタへの影響は?

――DXに取り組む企業の中には、思うような成果を得られないことに悩むところも多くあるようです。舟橋さんはこの問題についてどのように考えていらっしゃいますか。

シヤチハタの舟橋氏 シヤチハタの舟橋氏

舟橋: 当社はそこまでITを駆使して大きな変革を遂げたわけではありませんが、自社の課題を見据えて10〜20年、さらにその先にも成長できる企業であるために必要な施策を実施してきました。先ほどお話ししたIT事業や企業文化を変えるための評価制度の変更もその一つです(詳しくは前編を参照)。

 企業だけでなく地方自治体もそうですが、DXで成果が出ていない組織は「何が課題か」をきちんと把握されていないことが多いように思います。何が課題かが分からないから、DXで何をやっていいかが分からない。「効率的にするためにDXをやろう」とか、一つの業務を対象とした効率化の延長としてDXを考えている傾向があるのではないでしょうか。

 シヤチハタとの関連でいうと、コロナ禍に叫ばれた「ハンコ不要論」を受けて、ハンコをやめた企業も多いと思います。

 ハンコを廃止して効率化された部分もあるでしょうが、ハンコがシヤチハタのスタンプに替わっただけというケースもあったようです。当社は「ハンコ不要論」によって一時的には影響を受けましたが、その後はシヤチハタのスタンパー全般の受注数に大きな影響はありませんでした。

 つまり課題が何かが分からなければ、ITが解決の手段になるかどうかも分からないわけです。DXはあくまで手段であって、解決のためのオールマイティな手法にはなり得ません。

 日本では中小零細規模の企業が9割を占めているといわれています。「DXに取り組もうにも何からデジタル化したらいいか、全く分からない」と言う企業もあるようです。IT企業ではないわれわれ「ハンコ屋」が、中小零細企業と一緒にDXに取り組んでいるのは、こうしたところに危機感を持ったからです。アナログからデジタルまで企業のビジネスを長年サポートした私たちだからこそ寄り添える。私たちのDX支援事業のスタンスです。

「朱肉のいらない“ハンコ”」を売る、事業者ならではのDX支援とは?

――ここまで読んでも、文具メーカーとして知られる貴社が他社のDXを支援することに唐突感を覚える読者もいるかもしれません。なぜ文具メーカーである貴社がDX支援事業に取り組もうとお考えになったのでしょうか。

舟橋: 私はお客さまが求めるものを提供するという意味では、文具とDX支援事業には通じるところがあると考えています。

 当社はスタンプ台を作る会社として始まりました。創業当初、世間で使われていたスタンプ台には利用するたびにインキを塗布する必要がありました。その課題を解決するために当社が1925年に発売したのが、いちいち盤面にインキをしみ込ませる必要のない「万年スタンプ台」です。

万年スタンプ台(初期モデル)(出典:シヤチハタの提供画像) 万年スタンプ台(初期モデル)(出典:シヤチハタの提供画像)

 その後に訪れた高度経済成長期に、インキをあらかじめゴム印に浸透させたスタンプ「Xスタンパー」(1965年)や、その技術を個人の認印に応用した「シヤチハタネーム」(1968年)を発売しました。スタンプ台でインキを付ける作業を省くことで業務の効率化に貢献してきたと考えています。

Xスタンパービジネス用(1965年発売当時のモデル)(出典:シヤチハタの提供画像)左からXスタンパービジネス用(1965年発売当時のモデル)、シヤチハタネーム(1968年発売当時のモデル)(出典:シヤチハタの提供画像) 左からXスタンパービジネス用(1965年発売当時のモデル)、シヤチハタネーム(1968年発売当時のモデル)(出典:シヤチハタの提供画像)

 DX支援事業でも、話を聞いて、「このお客さまは少しDXに取り組んだ方が効率的になるな」と思ったら、場合によっては税理士や行政書士と協力して、例えばIT補助金の申請から一緒にやります。中小零細企業の中にはIT補助金をどうやって申請したらいいか分からないところもあります。その後、「これはITでやれば効率的になる」という業務はデジタル化し、「これは今まで通り紙でもいいじゃないか」という業務はそのまま紙で継続することに決める。

 大企業は大手IT企業の支援を受けて、それなりのシステムが導入されたり「こうした方がいい」というアドバイスを受けられたりするわけです。

 しかし、中小零細企業の「DXの扉」を開くところに寄り添うのは、IT企業には難しいのではないかと私は思っています。これが、われわれ朱肉の要らない簡易のハンコを売ってきた事業者のDX支援事業における他社との差別化ポイントです。

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