――中小零細企業へのDX支援というところでさらにお聞きします。特に外資系ベンダーは「わが社のソリューションを導入するのに合わせて、業務プロセスも見直しましょう」という製品を多く提供している印象がありますが、貴社の製品はそれまでのプロセスを変えずに使えるようにされているとか。
舟橋: われわれはこれを「ビジネスプロセスそのまんま」(BPS)と呼んでいます。デジタル化による業務の可視化を重視しつつも、業務プロセスは変えずにアナログからデジタルに移行するサービスを提供しています。
これは、「仕事のやり方を製品やサービスに合わせなければならないから不便だ」とお客さまが感じるのであれば、まずは取り組みやすい業務からデジタル化を進めることが効率的であると考えているからです。
お客さまの声に応えるという意味では、パッと見て誰が承認しているかが分かる方が仕事を進めやすいのでは考え、決裁サービスでハンコを“押せる”ようにしています。「勤怠管理ができるとうれしい」「チャットの機能が欲しい」「名刺管理ができるといいな」といったリクエストを受けて、こうしたサービスも提供するようにサポートできる業務範囲も拡張しています。
電子決裁という導入ハードルが低いところからデジタル化して、必要なサービスを選んでカスタマイズできるようにしたのがShachihata Cloudです。既製の「ネーム9」が1本当たり1760円なので、毎年1本ずつ買っていただくような価格に抑えようと、1アカウント当たり110円/月から使えるようにしました。
「プロセスはそのままにデジタル化する」という考え方はITの専門家に批判されることもあります。それでも、われわれのサービスは使い方が分かりやすいし、コストも安いと自負しています。
――おそらく批判をする側は、業務を洗い出すことで無駄な作業や効率化すべき作業を仕分けすることが変革の第一歩とする考えかと思いますが、そうした批判についてどうお考えですか。
舟橋: 「デジタルになってもハンコを押しているから日本のDXは大々的に進まない。もっと抜本的にプロセスを改革すべきだ」とおっしゃる方もいますが、日本に比べてDXが進んでいるといわれる欧米企業が提供するサービスの中にも、サイン欄に手書きのサインを添付する製品はあります。
当社が提携している米DocuSignの電子署名、電子契約サービス「DocuSign」も手書きのサインを承認の“しるし”として付けられます。海外のサインは日本でいうハンコに近いので、仕事のしやすさ、製品の使いやすさを考えたときには何らかの“しるし”があった方がいい。これは多くの人が実感するところだと思います。
――シヤチハタの今後の展開ついてお聞かせください。
舟橋: 当社は今後もいわゆるIT企業になることはありません。アナログとデジタルのバランスを見ながら、電子決裁、電子認証と周辺サービスといった“しるし”の価値と親和性の高いビジネスも含めた展開を考えています。
例えば、印刷物表面の色ムラが個々に異なることを、デジタル技術を利用して判別するサービスも提供しています。 これは、人の目では判別不可能な印刷物の微細なバラつきを利用して、製品一つ一つを識別するものです。JANコード(バーコード)は製品別の識別番号によって、「どのメーカーが製造しているどの製品か」が分かりますが、現在は一つ一つの製品を識別することにもニーズが出てきていると思います。識別のために新たにシールなどを貼り付けるなどの手間も不要なので、今後当社のこの技術が役立つシーンもあるかと感じています。
IT事業では、中小零細企業に寄り添いながら提案するという活動を今後も続けていきます。
Shachihata Cloudは大手企業にも引き合いをいただいています。これはありがたいことではありますが、シヤチハタがやるべき事業という意味では、中小零細企業を支援する地道な活動こそが本質的な部分かなと考えています。
中小零細企業のDX支援という市場はまだ黎明期にあり、最終的にどうなるかは見えていません。DX支援には時間や人手、労力がかかりますが、日本のDXはやはり中小零細企業抜きには語れないと思っています。
ただ、当社がDX支援事業を手掛けていることをご存じない企業がほとんどなので、まずは認知度をどういうふうに広げるかが課題です。
シヤチハタ全体でいうと、将来的には年商30億〜50億円規模まで成長させていきたいと考えています。どういう状況になった場合も、ニーズがあるサービスをきちんと提供できるような、地に足の着いたビジネスができればと思っています。
――DXに取り組む企業に向けてメッセージをいただけますか。
舟橋: 他社のDXに対して私が話せるレベルにあるかどうかは分かりませんが、先ほども申し上げたようにDXはあくまで手段であって、解決のためのオールマイティーな手法にはなり得ません。その企業の課題がどこにあるかが明確になっているかどうかがDXの成果を左右します。
さらに、課題を解決する手段としてDXが有効なのかどうかを判断しなければなりません。課題がITとは異なる手法の方がうまく解決できるのであれば、無理やりDXをやる必要はないと考えています。
もちろん、ある程度の事業規模の企業であれば、デジタル化しなければ非効率だとは思います。しかしながら、真の課題を見極めることが最も重要だと思います。
――最後に、同じようにDXに取り組む経営者に向けたメッセージをお願いします。
舟橋: これまでと同じことをずっと続けても今後成功することは絶対にないと考えています。課題がはっきりしたら、それに対してどうチャレンジをしていくか。率先垂範で自ら旗を振り、失敗したらそこから学んで次の方法でまたチャレンジすればいいのではないでしょうか。
会社の土台が揺らぐような失敗はさすがにちょっと考えた方がいいけれども(笑)、そうでないならば何もしないでいるよりも、失敗から学んで「次」に行った方が強くなるはずだと私は確信しています。
私たちは今後も、たくさん失敗を重ねながら強い企業になっていきます。
シヤチハタ 代表取締役社長
舟橋正剛
ふなばし まさよし:1965年愛知県生まれ。米国リンチバーグ大経営大学院修士課程修了。電通を経てシヤチハタに入社。2006年父の紳吉郎氏の跡を継ぎ、社長就任。シヤチハタは国内の他、海外6カ所に拠点を構えて事業を展開している。単体売上177億円、従業員数単体361人(2023年6月末時点)。
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