SIビジネス「消滅の日」は近い? ユーザー企業視点で考える、脱“SIer丸投げ”の方策SIerはどこから来て、どこへ行くのか(2/2 ページ)

» 2024年10月18日 12時30分 公開
[室脇慶彦SCSK株式会社]
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SIビジネスモデルの崩壊

 ここまで、SIビジネスモデルの強みを見てきた。さまざまな課題を抱えつつも、SIビジネスには強みがあるのに、なぜ筆者がこのビジネスモデルは崩壊すると考えるのか、不思議に思われた読者も多いだろう。

 その理由をここから解説する。

 ユーザー企業がソフトウェア開発についてなぜSIerに依存してきたか。最大の原因は、前ページの図1で示した開発における人員の増員にある。人員のピークが抑えられれば、ユーザー企業はIT人材を安定的に採用して技術者を育成し、外部委託比率を大幅に下げられる。ユーザー企業は自分自身で開発を実施し、プロジェクトの完遂責任を自ら負うことができる。つまり「ITシステムの主権」を取り戻せるのだ。

 では、開発の人員ピークはなぜ発生するのか。それは、ITシステムを一から手作りする労働集約型の開発業務が存在しているからだ。そこからの脱皮が解決方法だろう。

 ソフトウェア産業と建築業界はよく比較される。建設業界はかつて日雇労働者を多く投入していたが、今は雑作業以外の日雇い労働はほぼ絶滅した。大型重機の活用や、標準化された作業工程とかつて手作りしていた柱などの「部品化」によって、納期とコストを大幅に改善するとともに、品質を保証された部品を使うことで品質も向上している。構造計算書の偽造によるいわゆる耐震偽装問題がかつて発覚したが、再発防止のために建築基準法が改正された。

 つまり、ソフトウェア業界でも、部品化を進めて新規に開発する機能を最小化すれば労働集約的構造は打破できると筆者は考えている。ソフトウェアの「部品化」も十分可能だ。

 例えば、インターネットでサービスを利用するには、まず会員登録することになる。会員登録で入力すべき項目、登録して確認すべき項目は、多くのサービスでほぼ共通している。それにもかかわらず、プログラム開発はほぼ一から実施している。なぜ共通化、部品化できないのか。

 部品化するためには、「インプット」「アウトプット」「処理内容」の標準化が必要だ。実際、会員登録の入力や出力、処理内容はほぼ同一であり部品化が可能に思える。それが部品化されていないのは、実はユーザーには見えない重要なアウトプットがもう一つあるからだ。それがデータベースだ。

 データベースは、各社バラバラだ。それどころか同じ企業でも部署によってバラバラというケースも多い。会員の名前を指す項目名は「名前」「氏名」「顧客名」「なまえ」「ネーム」などさまざまで、苗字と名前を別々に定義するケースもある。項目の長さやデータベースにおける格納位置も標準化されていない。その結果、個別に修正が発生し、部品化が不可能になる。

標準化はなぜ難しいのか? 部品化を実現するためには?

 「では、標準化すればいい」という考え方もあるだろう。

 データベースには、顧客名以外にもさまざまな情報が存在している。それらの情報は企業独自、あるいは業界独自のものも多く、標準化は困難だ。

 「それならデータベースの情報を限定して部品化できるように、細かく分割すればいい」ということになる。

 実は、情報を細かく分割するソフトウェア開発方式は、理論的には1980年代に確立されている。これがいわゆる「オブジェクト指向」だ。

 読者の皆さんが普段使っているPCのインターフェースにもオブジェクト指向技術は活用されている。アイコンやマウス、デスクトップ、イーサーネットなどは、Xeroxが有名なパロアルト研究所で開発したものが大元となっている。AppleのMacintosh(Xeroxから訴えられ長く係争関係にあった)の初期のOSである「System」や、Microsoftの「Windows 95」で爆発的に広がった。

 オブジェクト指向の根本的な考え方は、データの「隠ぺい(カプセル化)」と「継承」という2つの概念から構成されている。カプセル化は、データをプログラム(オブジェクト)に隠ぺいし、データへのアクセスは、該当するオブジェクトにアクセスすることで実現する。最近の言葉だと、API接続してデータにアクセスすることになる。従って、機能単位に必要なデータ項目だけオブジェクトに隠ぺいすることになる。オブジェクトごとにデータが分割されることで、「データベース」という概念が大きく変わった。

 継承とは、あるオブジェクトを内包する上位のオブジェクトが、内包したオブジェクトの性質をそのまま継承することを指す。これを分かりやすく言ったのが、「部品化」だ。オブジェクトという部品を複数活用して、新たなオブジェクトを作成する。オブジェクトでカバーされていない部分だけ新たに開発し、テストすることになる。さらに、新たなオブジェクトは部品としても活用できる。これによって開発する量とテスト量を大幅に減らせる。部品が充実すれば、効率化はさらに進む。

 API化すれば、各オブジェクトは疎結合の関係になり、APIを変更しなければオブジェクトごとのリリースが可能となる。データベースを共有している関連システム全体での大規模なテストも基本的に不要になるため効率化が進み、開発期間やコスト、品質の抜本的な向上が可能になる。

 つまり、少人数による安定的なソフトウェア開発が実施できるようになるため、人員のピークがなだらかになる。こうした開発方式を採用することで、ユーザー企業が主導権をもってソフトウェアを開発できる。要件変更への柔軟な対応、すなわちアジリティが確保されて対応スピードも大幅に改善される。

 こうしたアプリケーション開発方法は、最近では「マイクロサービスアーキテクチャー」と呼ばれ、クラウドネイティブな開発としてデファクト化が進んでいる。と言っても、日本ではまだ一般的になっていないのが現状だ。

 これまでアプリケーションにオブジェクト指向技術を適用できなかったのはなぜか。継承には、データを含めた巨大なプログラムを稼働させるメモリーが必要になるからだ。

 プログラムサイズは長期間にわたって制限されてきたが、プログラミング言語のJavaが提供された2000年頃から状況が変わった。ハードウェアの進歩によって、オブジェクト指向開発は机上の理論ではなく現実的な開発方式として日の目を浴びることになったのだ。ハードウェア同様にネットワーク技術も進歩し、APIを通じて大量のデータ量を瞬時に交換できるようになった。

「成長のジレンマ」で、自身を変革できないSIer

 このようにソフトウェア開発技術を変革してITシステムを再構築することで、ユーザー企業はITシステムの主権を取り戻すことが可能になった。「SIビジネスがシュリンクせざるを得ない」と筆者が考える理由の一つはここにある。

 マイクロサービスによるソフトウェア開発はコストやスピード、品質を桁違いに向上させる。筆者の考えでは、コストは10分の1以下に抑えられるだろう。

 ソフトウェア開発のコストは、「人員」と「期間」の積でほぼ決まる。実際、あるメガクラウド(クラウドサービス大手)の報告によると、マイクロサービスによる開発体制によって従来の50分の1になったという。

 筆者は約4年前、その企業を視察し、極めて具体的で説得力のある話を聞いた。筆者は視察団の団長として参加し、経済産業省の幹部職員やSIerを含む情報サービス業各社の20人とともにさまざまな質問をしたが、その回答に欧米諸国と日本との違いを感じて愕然(がくぜん)とした。

 品質に関する内容は専門的なので詳細は省くが、品質保証された「部品」を活用することで、テストを実施する範囲が大幅に減少すると、その企業の担当者は話した。具体的には、APIを利用することでテストデータの作成が容易になり、AI活用によってテストが自動的に実行されるようになった。その結果、ソフトウェアが考えられる限りのあらゆる状況で正しく動作するかどうかの全網羅テストが実施可能になり、そのテストデータが自動生成されるようになった。結果的に、ソフトウェアの品質向上を図ることができた。

 そういう意味では、ソフトウェア開発における製造品質は、他の製造業と同じく「バグ0(ゼロ)」への道が見えてきていると言えるだろう。

 いずれにしても、オブジェクト指向技術による開発によって、ソフトウェア開発は桁違いのレベルで向上するだろう。つまり、新たなソフトウェア開発技術を採用しない企業は、ビジネスにおける重要性がますます高まるデジタル技術の活用において大きく後れを取ることになる。

 グローバル化する産業において、デジタル技術を活用できないユーザー企業は、「崖」から落ちる可能性がある。

その状況をSIerから見ると、崖から落ちたユーザー企業のITシステム案件が消滅することになる。

 つまり、筆者の考えでは、

  • ユーザー企業がソフトウェア開発を変革して自身で実施するようになれば、SIビジネスモデルは不要になる
  • ユーザー企業がソフトウェア開発を変革しなければ、ビジネスで後れを取ることになる。ビジネスユーザー企業とともにSIビジネスも消滅することとなる

 「SIビジネスが消滅する日」は着実に近づいている――。多くのSIerはこのことに漠然と気付いているのではないか。

  しかし、現在、SIerの多くはDX案件の急増などに追われて「最後の宴」の真っただ中にいる。多忙の中でSIer自身の変革も進んでいない。まさに、新技術を軽視して旧来型の企業が成長を鈍化させるという「成長のジレンマ」に陥っているのだ。

  次回以降は、こうした中でSIerはどうすべきかを考え、またユーザー企業とSIerが今後目指すべきあり方を探っていきたい。

著者紹介:室脇慶彦(SCSK顧問)

むろわき よしひこ:大阪大学基礎工学部卒。野村コンピュータシステム(現野村総合研究所)執行役員金融システム事業本部副本部長等を経て常務執行役員品質・生産革新本部長、理事。独立行政法人 情報処理推進機構 参与。2019年より現職。専門はITプロジェクトマネジメント、IT生産技術、年金制度など。総務省・経産省・内閣府の各種委員等、情報サービス産業協会理事等歴任。著書に『SIer企業の進む道』『プロフェッショナルPMの神髄』など。

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