日本企業の生成AI活用事例を筆者は「残念だ」と見ていますが、どこに「残念ポイント」があるのでしょうか。また、「生成AIができない、人間にしかできないことをやろう」というよくある呼びかけは、AI時代を生きるわれわれを本当に正しい道に導くのでしょうか。
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IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?
もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。
ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。
この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。
「甲元宏明の『目から鱗のエンタープライズIT』」のバックナンバーはこちら
日本はもちろんのこと、世界中で生成AIが“猛威”をふるっています。
筆者も「ChatGPT」のDeep Research機能を使っていますが、このサービスは本当にすごいと思います。これまで多くの時間を費やしてきた様々な調査をあっと言う間にこなしてくれます。このツールを使うのと使わないのとではアウトプットにかかる時間や品質に大きな差が出ることは間違いありません。
生成AIをはじめとするAIは、IT領域に限らず人間活動のあらゆる領域で大きな変革をもたらす可能性があります。
しかし、残念なこともあります。最近、日本企業による生成AIの活用事例が数多く公開されていますが、筆者から見るとその目的や取り組み姿勢は「何かがおかしい」のです。
日本企業の生成AI活用は、そのほとんどを生産性や作業効率向上を目的としています。日本企業の多くは、生成AIのような極めて先進的なテクノロジーの活用に、“太古の昔”のOA時代と変わらない姿勢で取り組んでいると筆者は見ています。
現行業務プロセスの自動化や作業効率化によるコスト削減が中心の日本企業のAIの使い方は「何かおかしい」と筆者は感じています。
「OAやITが人がやらなくても良い業務を担ってくれるので、人は付加価値の高い上位業務(創造的な作業)に集中できる」と長年言われてきましたが、この通りに業務を変革できた人は非常に少ないのが現実ではないでしょうか。創造的な商品やサービスを提供する日本企業が限定的である現状に目を向けるべきです。
「AIは汎用(はんよう)的や継続的な業務に活用し、人の作業を代替するために使うもの」と主張する人が多くいますが、AIの利用をそうした狭い範囲に閉じ込めることに筆者は反対です。
前述の通り、多くの企業が業務改善や自動化のためにAIを活用しています。AIは既に「Microsoft Excel」のように誰でも使える汎用的なツールとなっていると筆者は見ています。
この点ではAIは差別化要因にならないと言えますが、だからと言ってこの結論に落ち着くのはあまりにもったいないとも思います。
生成AIを代表とするAIには極めて大きな潜在能力があります。これらの先進テクノロジーを駆使してそれまで誰も考えつかなかったビジネスアイデアを考えついたり、画期的なビジネスプロセスを創造したりすべきです。
そのためにはAIと共同で仕事をする、いわゆる「AI-augmented」(AIによる増幅)の姿勢で創造的な活動をする必要があるのです。「生成AIができない、人間にしかできないことをやる」のも重要ですが、それだけではなく「生成AIにしかできないこと」でイノベーションを起こす必要があります。
今は「生成AIができない、人間にしかできないことをやる」という論調が大勢を占めており、「AIによって人間の良さがより生かされる時代になる」という楽観的な主張をする人が多くいます。しかし、本当にそうでしょうか。
繰り返しになりますが、現実は、「人間しかできないこと」をやれる人はごくわずかだと筆者は考えています。例えば、アプリケーション開発においては、最も優秀なエンジニア以外はAIに取って代わられる時代に早晩なるでしょう。
AIにはいわゆる「Expert Multiplier Effect」(エキスパート増幅効果)があります。最も優秀な層だけがAIの能力を活用してさらなる高みに上がれるのです。「AI-augmented」活動を進めることで最も優秀なエンジニアは自分だけでは扱えなかった課題に挑戦し、迅速なプロトタイピングとAIからのフィードバックを得て成長できるようになります。既に最も優秀な人が数十人分の仕事をこなして大きな収入を得られる時代になっています。また、最も優秀な人がAIを鍛えて「AIにしかできない」イノベーションを起こす時代が目の前に迫っていると筆者は見ています。
全てのビジネスパーソンはそのような将来に備えるべきです。開発や運用、保守の業務においては、コードテンプレート作成やリファクタリング作業、単体テストの作成と実行、各種ドキュメントの作成・維持、システム運用などのタスクでは既にAIが活躍しています。このようなタスクを担当している人はAIの脅威にさらされることになるのです。
前述のようなAI時代に備えるためには何に取り組めばよいのでしょうか。
筆者は、全てのITパーソンはエキスパート(専門家)を目指すべきだと考えます。「AI-augmented」時代には、AIのアウトプットを迅速かつ正確に評価、判断し、より優れたアウトプットを引き出せる能力が必須となります。専門的知識やスキル、経験に乏しいジェネラリストでは、このような判断はできません。
エキスパートのいないIT部門が、SIerが開発したシステムの問題を見抜けずに巨額の訴訟沙汰になった例は枚挙に暇がありません。そのような過ちを繰り返すべきではないのです。
誰もがAIを活用できる時代にあっては、AIのアウトプットをうのみにするような企業が生き残れる可能性は非常に低いと考えるべきです。
エキスパート集団ではなく調達部門となってしまったIT部門も多くありますが、そのような状態ではIT部門の存在価値が年々低下するという危機感を持つべきです。
エキスパートの育成や獲得には時間がかかりますが、エキスパートなしでは組織の存続は厳しいと考え、覚悟をもってエキスパートの育成、獲得に努めることを強くお勧めします。
三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。
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