いつまでIT部門は“足元改善”に注力しているのか? 脱「先送り」のすすめ甲元宏明の「目から鱗のエンタープライズIT」

多くのIT部門がDXとして取り組んでいるものは、実は“足元改善”にすぎないと筆者は考えています。では、ビジネスに直接貢献するIT部門になるために何をすべきか。連載の最終回に筆者が語る方策とは。

» 2025年06月13日 08時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 IT業界で働くうちに、いつの間にか「常識」にとらわれるようになっていませんか?

 もちろん常識は重要です。日々仕事をする中で吸収した常識は、ビジネスだけでなく日常生活を送る上でも大きな助けになるものです。

 ただし、常識にとらわれて新しく登場したテクノロジーやサービスの実際の価値を見誤り、的外れなアプローチをしているとしたら、それはむしろあなたの足を引っ張っているといえるかもしれません。

 この連載では、アイ・ティ・アールの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)がエンタープライズITにまつわる常識をゼロベースで見直し、ビジネスで成果を出すための秘訣(ひけつ)をお伝えします。

「甲元宏明の『目から鱗のエンタープライズIT』」のバックナンバーはこちら

 日本企業の多くは安定経営を是としており、IT部門もその例外ではありません。しかし、生成AIを代表とする先進テクノロジーの進化速度が指数関数的に高まる現代において現状維持は衰退を意味します。

 今こそ日本企業の IT部門は未来思考に大きく舵を切る必要があります。そのためにはゴールとなる未来像を描き、そこに到達するための視座とアクションを整理することが重要です。

実は「未来思考」が苦手なIT部門

 国内企業の IT部門は、可用性やセキュリティ、コスト削減といった「今この瞬間の安定」に強い関心を寄せます。

 例えば、セキュリティパッチ適用や運用監視はIT部門にとって死活問題とされ、担当者は日々の作業に追われがちです。「DX(デジタルトランスフォーメーション)プロジェクト」と銘打っていても、実態は生成AIによる定型業務の自動化や紙帳票の電子化のような“足元改善”が多く、「5〜10年後の自社 ITシステムをどうすべきか」といったビジョンが抜け落ちています。

 さらに「ベンダーのサポート期限を超えないように移行計画を立てる」といった、数年の“延命策”を中長期計画に含めるケースも散見されます。

 しかし、いつまでも足元改善と延命策に追われるIT部門でよいのでしょうか。

 かつては「基幹系システムの寿命は10年以上」が暗黙の前提でしたが、モダンアーキテクチャが前提となった今、その発想はリスクでしかありません。クラウドサービスなどの先進テクノロジーの大幅機能追加や仕様刷新が 1〜3年サイクルで訪れる以上、“長寿命”を追い求めるより“変化耐性”を高める方が合理的です。

 IT部門長が「10年使える安定基盤」を理想化し続けると、結果としてクラウドネイティブやマイクロサービス、AI活用といった先進テクノロジーに乗り遅れ、経営層やビジネス部門から「ITがビジネスの足を引っ張っている」と評価されかねません。企業やビジネスは未来を作るために存在するといっても過言ではありません。未来を創れない企業やビジネスは早晩衰退します。この原理は IT部門にも等しく適用されます。

10年先を描く「企業ITの未来像」

 まずIT部門は経営層やビジネス部門と協議し、「10年後に自社ITがどのようにビジネス価値を生むのか」を誰にでも分かりやすい図として描きましょう。ここで注意すべき点は特定製品を列挙するのではなく「ITとビジネスが相互に高め合う構造モデル」を描くことです。

 例えば、「全てのITサービスがAPI経由で相互接続し、データとAIをリアルタイムで全社活用できる企業IT」を未来像として策定し、そのゴール指標(KGI)を数値化します。

未来像を起点に逆算してロードマップを作る

 描いた未来像を常に参照しながら、毎年のプロジェクトや施策を「点」ではなく「線」で配置します。例えば、「人材育成」であれば、クラウド大手の認証資格を取得したり、SRE(Site Reliability Engineering:サイト信頼性エンジニアリング)やデータサイエンスの研修を完了したりした人が実行に移すのではなく、学習とPoC(概念実証)を平行稼働させて実務で積んだ経験を基にスキルを体得することが重要です。

 また、現状維持になりがちな「運用保守」もSREの考え方を用いて運用自動化率やMTTR(Mean Time To Repair)といった指標を使って段階的に引き上げることで、運用保守も「守りの現場」から「継続的改革や改善の実験場」へと変貌します。

 また、マイグレーションはオンプレミスからクラウド(IaaS)への移行であるクラウドリフトをゴールとするのではなく、移行後にどのようなビジネス価値を創出するかをKPIに組み込み、AIサービス連携やデータ連携まで含めて再設計すべきです。

「未来」と「先送り」を混同しない

 日本企業では、IT戦略を策定するに当たって、「人材育成」や「リーダーシップ醸成」という抽象的テーマを掲げて具体策が先送りされるケースが散見されます。しかし、「勉強してから挑戦」では 10 年たっても何も変わりません。未来像を描いた上で、「小さい成功体験を高速回転させ昇華させる」ことが未来思考の鉄則です。改善サイクルごとに KPIをレビューし、ビジョンと現実のギャップを可視化することで、今の投資が未来の成果にどの程度直結しているかどうかを検証するのです。

未来思考がもたらす「4つの成果」

 IT部門が未来思考にシフトすると以下のような成果が期待できます。

1. ビジネス貢献度の飛躍的向上

IT部門がビジネス戦略の策定段階から参画することで、新しいビジネスやプロダクトのTime to Marketの短縮や新規収益源の創出に直接貢献できるようになります。

2. メンバーのモチベーション向上

 継続的に安心して先進テクノロジーにチャレンジできる環境は、学習意欲と帰属意識を同時に高め、離職率低下に寄与します。

3. 仕事の楽しさの再発見

 保守一辺倒ではなく「創る、試す、改革する」を繰り返すことで、チームに達成感とワクワク感が生まれます。

4. キャリアアップのスピードの加速

 未来思考のプロジェクトで得た実績は、市場価値の高いスキルセットとして外部でも通用し、個々人のキャリアの選択肢を大幅に広げます。「キャリアアップは人材流出リスクにつながる」といった声も聞こえてきそうですが、優秀な人材を確保するためにはキャリアアップを可能にする企業になることが必須です。

 未来は「待っていればいつか来るもの」ではなく、「個々人が情熱を持って夢を描き日々の実践で近づくためのもの」です。国内企業の IT部門が「延命策」だらけの戦術から脱却し、「10 年先の未来像」に向けて俊敏かつ柔軟に歩み始めたとき、企業全体の競争優位は飛躍的に高まります。「今の一手一手が明日の礎(いしずえ)である」という個々人の自覚こそが、真の未来思考の第一歩になると肝に銘じるべきです。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウドコンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手掛ける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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