日本から「ユニコーン」を生み出すための要件は? AWSイベントから考察Weekly Memo

日本企業がデジタル分野で世界になかなか進出できていない中で、世界に羽ばたくユニコーンを輩出する要件は何か。「AIやML(機械学習)を手掛けるユニコーンスタートアップの大半が利用している」とされるAWSの関連イベントから考察する。

» 2025年09月08日 14時20分 公開
[松岡 功ITmedia]

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 世界に羽ばたく日本のユニコーンスタートアップ(企業価値10億ドル以上の未上場スタートアップ企業)が、これからどんどん出てきてほしい――。まさしくそれをテーマにしたイベントを取材する機会があったので、日本企業がデジタル分野で世界に進出するための要件を考察したい。

 そのイベントとは、米Amazon Web Services(AWS)の日本法人アマゾン ウェブ サービス ジャパン(以下、AWSジャパン)が2025年9月2日に都内で開催した「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」(注1)だ。スタートアップに携わるディベロッパーやエンジニアを対象としたイベントで、日本では初めて開催された。

AWSが日本のスタートアップ向けイベント初開催

 キーノートに登壇したAWSジャパンの濱真一氏(スタートアップ事業本部 技術統括部 部長)は、「AWSのスタートアップチームは『スタートアップが世界を変え、大胆なアイデアを実現できるよう支援する』ことをミッションとしている」と切り出した(図1)。

図1 AWSスタートアップチームのミッション(出典:「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」キーノートでの説明資料)

 その上で、「スタートアップは、普通の企業では取れないリスクを負って、世界を大きく変える可能性がある。われわれはそんな皆さまと仕事ができることを心から誇りに思っている。(ミッションで)支援すると言ったが、端から何か言うだけではなく、皆さまに寄り添い、時には当方がプロトタイピングを提供するなど、一緒に世界を変えるチャレンジをするようなパートナーとしての存在を目指している」と力を込めた。

AWSジャパンの濱真一氏(スタートアップ事業本部 技術統括部 部長)(筆者撮影)

 また、濱氏はこれまでを振り返り、「2006年にAWSが初めてサービスを提供して以来、始めに広がったのはスタートアップのお客さまだった。スタートアップがAWSを活用してスピーディーに事業を展開し、失敗を恐れずにチャレンジし続けることで、さまざまな分野でイノベーションが生まれている」と説明。「われわれにとってもスタートアップがAWSの新たなテクノロジーやサービスをいち早く使い、多くの貴重なフィードバックをいただけることで、進化し続けられる」とも述べた。

 そして、同氏は「世界中のユニコーンの8割以上の製品やサービスがAWSで実行されている」(未公開企業の情報データベース「PicthBook」2023年版より)とし、「AWSは世界を変えたいスタートアップにとって一番の選択肢だ」と強調した。

 「なぜ、ユニコーンスタートアップはAWSを選択するのか」。同氏はこの疑問に対し、「チーム」「サービス」「メカニズム」の3つを挙げた(図2)。

図2 ユニコーンスタートアップがAWSを選択する理由(出典:「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」キーノートでの説明資料)

 チームについては、「AWSは2013年から今日までグローバルで33万を超えるスタートアップを支援してきた。それを実践してきた多種多様で経験豊富な人材が、AWSには多数在籍している。スタートアップの課題として人材不足が挙げられるが、それをAWSの人材がカバーする体制を整えていることが好評を得ている」とのことだ(図3)。

図3 スタートアップの人材不足をカバー(出典:「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」キーノートでの説明資料)

 サービスについては、「AWSはあらゆるユーザーニーズに応えるべく幅広い選択肢を提供しており、240を超えるクラウドサービスを用意している。これらのサービスをブロックのように組み合わせることで1つのアプリケーションを構築できるのが、AWSのビルディングブロックという設計手法だ。そして、多種多様なサービスを利用できるというのは、多種多様なビジネスの要件を満たせるということにほかならない」と説明した(図4)。

図4 240を超えるAWSのクラウドサービス(出典:「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」キーノートでの説明資料)

 メカニズムについては、「あらゆるステージのスタートアップを支えるAWSのメカニズムのうち、4つを挙げる」として、スタートアップの成長を資金などさまざまな面から支援する「AWS Activate」、今回のイベントのような「Developer Event」、パートナー企業との連携の機会を得られる「AWS Partner Network(APN)」、世界のAWSユーザーに向けて自社の製品・サービスをアピールできる「AWS Marketplace」を紹介した(図5)。

図5 スタートアップを支えるAWSのメカニズム(出典:「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」キーノートでの説明資料)

海外の各地域で求められる製品やサービスを提供せよ

 キーノートで濱氏に続いて登壇したAWSジャパンの針原佳貴氏(シニア生成AIスタートアップソリューションアーキテクト)は、AIの観点からスタートアップへのAWSの利用を呼び掛けた。

 同氏は「AIやML(機械学習)を手掛けるユニコーンスタートアップの大半がAWSを利用していると実感している」と述べた上で、日本のスタートアップを対象とした同社の調査で、「84%がAIを導入」「29%がAI導入の最も進んだ段階に」「36%が新たなAI主導の製品やサービスを開発」といった結果も紹介。AWSとしては図6のようなAIスタックを提供しており、「生成AIの時代もスタートアップが世界を変え、大胆なアイデアを実現できるよう支援する」と力を込めた(図6)。

図6 AWSのAIスタック(出典:「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」キーノートでの説明資料)

 キーノートではさらに、AWSを利用する日本のユニコーンスタートアップとしてグローバルにも事業を展開しているPreferred Networks(以下、PFN)の岡野原大輔氏(共同創業者 代表取締役 最高技術責任者)が登壇し、同社の事業内容や戦略について説明した(図7)。

図7 PFNの事業概要(出典:「AWS Unicorn Day Tokyo 2025」キーノートでの説明資料)

 同氏は、自社のAIサービスでAWSを利用する理由について、「セキュリティ」「可用性」「スケーラビリティ」とともに「海外展開」を挙げ、「日本で展開しているサービスを海外にも大きな障壁なく展開できる」と述べた。

 筆者が冒頭で、「世界に羽ばたく日本のユニコーンスタートアップが、これからどんどん出てきてほしい」と述べたのは、上記で紹介したAWSのイベントに可能性を感じた一方で、日本の企業がデジタル分野で世界に進出できていないという強い危機感を抱いているからだ。

 国際収支の観点からは、デジタルサービスの海外への利用料の支払いで膨らむ「デジタル赤字」が拡大し続けており、日本企業は利用料を支払い続けるだけの「デジタル小作人」になってしまうとの見方もある。ただ、これはクラウドサービスなどの市場構造上、仕方のない話で、むしろデジタル小作人として日本市場でしっかりと地歩を築いた上でグローバルでも競争力のある製品やサービスを打ち出していけるかどうかが、これからの日本企業のチャレンジになる。

 その上で、筆者が期待したいのは、AWSに代表されるクラウドサービスのプラットフォーマーによる、日本企業のグローバル事業展開へのさらなる後押しだ。デジタル赤字やデジタル小作人の話は、とりわけプラットフォーマーの日本法人でも複雑な思いを持つ関係者が少なくない。どのプラットフォーマーの日本法人も掲げる「日本のために」をもう一歩進めてもらって、日本企業の海外進出の後押しを期待したい。そうすれば、日本法人の存在感や信頼もさらに高まるだろう。

 今回のAWSのイベントでキーノート後に、針原氏と岡野原氏が記者会見を開いたので、針原氏にはプラットフォーマーとしての対応を、岡野原氏には日本企業のチャレンジについて聞いてみた。すると、両氏は次のように答えた。

キーノート後の記者会見。左から、AWSジャパンの針原佳貴氏(シニア生成AIスタートアップソリューションアーキテクト)、Preferred Networksの岡野原大輔氏(共同創業者 代表取締役 最高技術責任者)(筆者撮影)

 「AWSジャパンとして日本企業の製品やサービスのグローバル展開はこれまでもサポートしてきたが、今後も一層強化したい。特に日本のスタートアップについてはAWS本社も非常に高い評価をしており、これからどんどんチャンスが出てくると感じている。また、良いアイデアがあれば、ぜひ聞かせていただきたい」(針原氏)

 「AWSには当社のグローバル展開についてもサポートしていただいているが、肝心なのは、自分たちの製品やサービスが本当に海外それぞれの地域で求められているものかどうかを見極めることだ。日本で売れたからといって、海外で通用するとは限らない。これは、セールスやマーケティングだけでなく、ものづくりの根本から見つめ直す必要がある。当社としては、グローバル市場の各領域でユーザーの選択肢に入るような製品やサービスを提供していけるように尽力したい」(岡野原氏)

 世界で通用するユニコーンスタートアップの要件は、岡野原氏の発言に集約されるのではないか。

 最後に一言。デジタル赤字やデジタル小作人という刺激的な言葉を出して質問したところ、会見では微妙な空気が流れたように感じたが、結果として両氏の本音が聞けたのではないかとの手応えを得られた取材だった。

著者紹介:ジャーナリスト 松岡 功

フリージャーナリストとして「ビジネス」「マネジメント」「IT/デジタル」の3分野をテーマに、複数のメディアで多様な見方を提供する記事を執筆している。電波新聞社、日刊工業新聞社などで記者およびITビジネス系月刊誌編集長を歴任後、フリーに。主な著書に『サン・マイクロシステムズの戦略』(日刊工業新聞社、共著)、『新企業集団・NECグループ』(日本実業出版社)、『NTTドコモ リアルタイム・マネジメントへの挑戦』(日刊工業新聞社、共著)など。1957年8月生まれ、大阪府出身。

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