NTTドコモが約1億人の会員基盤を武器にした営業変革の全貌を明かした。データ活用や指導者不足の課題に対し、AIエージェントをいかに組み込んだのか。現場と開発者が語る、AI導入を成功に導くための「要諦」とは。
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NTTドコモが約1億人の会員データ基盤を活用したコンサルティング営業の実践事例を公開した。営業プロセスの全体にAIエージェントを連携させる先進的な取り組みについて、同社のセールスイネーブルメントチームを率いる杉山知之氏(コンシューマーサービスカンパニー カスタマーサクセス部 課長)と、エンジニアの木山宙弥氏(コンシューマーサービスカンパニー カスタマーサクセス部)が解説した。
セールスイネーブルメントとは、営業担当者のスキル向上や生産性向上を組織的に支援する取り組みを指す。杉山氏と木山氏が所属するカスタマーサクセス部は、「dポイント」や「d払い」などの加盟店に対するカスタマーサクセス活動と、マーケティングソリューション事業を展開している。特に注力しているのが、パートナー企業のマーケティングを支援するB2B2Cビジネスだ。
同社の最大の強みは、約1億人の会員データ基盤だ。このデータ基盤はユーザーのデータが1つのIDでひも付けられている。NTTドコモの顧客データに加え、パートナー企業の購買データも連結されており、これらを分析することで顧客の行動特性や行動予測プロファイルを把握できるという。
さらに同社は、自社運営のメディアをはじめ「Facebook」や「Instagram」「X」などのソーシャルメディア、「TVer」「Amazon Prime Video」などの映像メディアを駆使したマーケティングDXサービスも提供している。
マーケティングソリューションの提供において、AIエージェントを導入した背景を杉山氏は次のように説明する。
「マーケティングソリューションを顧客に提案するにはデータを扱うことが重要になります。しかし営業はデータの専門家ではない。そこでAIエージェントを活用して、全国に展開する営業にデータサイエンティストの力を与え、事業をスケールさせたいと考えました」
営業担当者が直面していた課題は3つに集約される。第1に「データ活用の壁」だ。データ活用が進まず、プロダクト営業の域を出られないという状況が続いていた。第2に「対顧客時間の不足」だ。事務作業を含めて多忙な営業担当者は、顧客エンゲージメントに十分な時間を割けない状況にあった。第3に「経験豊かな指導者不足」だ。同社の営業組織は本社以外に支社も含めて全国に展開されているが、特に支社において、人事異動によって経験豊かな指導者が定着しないという問題が深刻化していた。
NTTドコモはこれらの課題に対して、営業プロセスにAIエージェントを導入することで課題解決を図った。
NTTドコモの取り組みにおいて特筆すべき点は、営業プロセス全体にAIエージェントを導入したことだ。杉山氏は「AIありきで考えたのではありません。営業の業務に即して、AIエージェントで課題解決に対応させました」と強調する。
第1段階の「変化の発見」では、AIエージェントが顧客データベースを解析し、データの変化点を通知する。従来は営業担当者が自らデータを見に行く必要があったが、新しい仕組みではAIエージェントが自動的に教えてくれる。例えば「前年同月比で先月のMAU(月間アクティブユーザー数)が減少している」といった情報が、「Slack」やメールに通知される。
第2段階は「データ分析」で、AIエージェントが変化の要因を素早く分析する。第3段階の「探索と深掘り」では、dポイントデータだけでは見えない世界を外部データも交えて調査する。第4段階の「提案の準備」では、社内のナレッジシェアポータルを活用し、過去の事例に基づいて提案書を組み立てる。第5段階の「営業指導」では、AIセールスコンシェルジュとしてAIが営業指導を行い、顧客訪問前のロールプレイングを展開する。
この仕組みの中核には、Salesforceの「Agentforce」と約1億人の会員データ基盤がある。
NTTドコモがAgentforceを選択した理由について、杉山氏は営業担当者にとってのタッチポイントを意識したと説明する。
「営業担当者は多忙なので、タッチポイントが散在すると使われなくなります。当社は既にSFAとして「Sales Cloud」を利用しているため、これをAIエージェント利用の入り口にするのが最適と考えました」
木山氏もエンジニアの観点から同様の意見を述べる。
「当社はSalesforceの製品を数多く使っており、コミュニケーションツールとしてSlack、データ分析に「Tableau」、SFAとしてSales Cloudを利用しています。営業が使い慣れたツールをそのまま使える点を魅力的に感じ、Agentforceを採用しました」
NTTドコモの取り組みでもう一つ注目すべきは、その推進体制だ。同社のセールスイネーブルメントチームには、セールスプロフェッショナルやデータアナリスト、AIエンジニア、UXデザイナーといった各領域のプロ人材が配置されている。
AIエンジニアは、AIができること/できないことを営業やデータアナリストにフィードバックし、AIの挙動を最適化する。UXデザイナーは、営業担当者が慣れ親しんだインタフェースを提供するために配置された。
杉山氏は「多様な人材をまとめるのは難しいですが、セールスイネーブルメントという大きな目標のもと、メンバーと向き合って地道に進めています」と語る。
AI活用プロジェクトを推進する上で、NTTドコモが最も重視しているのが「AIへの期待値のコントロール」だ。「AIはなんでもできる」と思われてしまうと、実際に利用した時に失望されてしまい、そのまま使われなくなってしまうリスクがあるからだ。ユーザーにAIでできること/できないことを適切に把握してもらう必要がある。
同社は3つのステップでAIへの期待値をコントロールしている。ステップ1は「期待値ギャップの把握」だ。営業やマネジャー、経営層と職位が上がるにつれてAIに対する期待値は高くなる。期待と実態のギャップがずれると、AIへの失望につながるリスクがある。まずは期待値ギャップを把握し、すり合わせておく必要がある。
ステップ2は「プロトタイピング」だ。「AIの世界は日進月歩だ。だからこそ現時点でできること/できないこと、1カ月後にできそうなことなど、状況を正確に伝えることが大切。プロトタイプをユーザーに見せながら説明すれば、『ここまでできるんだ』と現実的な期待値を持ってもらえます」と木山氏は言う。
ステップ3は「継続的なアップデート」だ。市場のトレンドに追随して自社のサービスもアップデートし、トレンドにキャッチアップしていることを上層部にアピールしつつ、今後の課題と展望を継続的に共有する。
この3段階を意識してプロジェクトを推進することで、AIに対する失望感を最小限に抑えながら、実効性の高いAI活用を実現しているという。
杉山氏は、営業活動における実効性の高いAI活用に向けてのポイントを挙げた。第1に、AIの理想と現実のギャップをしっかり理解することだ。「AIは万能ではないことは事実。一方、AIができることもはっきり分かってきています。その特性を見極めた上でユーザーを導くコントロールが必須です」と述べる。
第2に、片手間では難しいという点だ。NTTドコモは情報システム部門の中ではなく、営業組織の中にセールスイネーブルメントの専任チームを設置している。専任チームがいるからこそ、実効性の高いAI活用が可能になる。
第3のポイントは、前述した期待値コントロールの重要性だ。AIに不信感が出ると不要論につながり、チーム解散や予算減額という悪循環に陥るリスクを警告する。
NTTドコモの事例は、データという資産を営業の武器に変えるために、技術の導入だけでなく、期待値の適切な管理と専門人材を投入した推進体制が不可欠であることを示している。
本稿はSalesforceが2025年11月20〜21日に開催した「Agentforce World Tour Tokyo 2025」におけるセッション「dポイントクラブデータを駆使したコンサルティング営業の実践」の内容を再構成したものです。
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