AIエージェント導入率8%は低すぎる? 「Agentforce」を激推しするSalesforceの野心と現実

問い合わせの90%をAIが解決するヒースロー空港、150万店舗でAIエージェントを展開するPepsiCo――。Salesforceが「Dreamforce 2025」で発表した「Agentforce 360」は、AIエージェントの本番稼働時代を告げるものだ。導入率8%の現実と、先行事例が示す可能性を探る。

» 2026年01月27日 08時00分 公開
[末岡洋子ITmedia]

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 ベンダー各社がAIエージェント戦略を競うように発表する中、AIエージェントの導入に踏み切れない企業も多い。

 Salesforceが2024年に発表した「Agentforce」は、同社によると「同社史上最速で成長する製品」である一方で、導入した企業の割合は全顧客の8%にとどまる(2025年10月時点)。

 「技術の進展のスピードが顧客の受け入れスピードを上回っている」と認めるSalesforce CEOが、同社の年次イベント「Dreamforce 2025」で示した戦略と、ヒースロー空港やPepsiCoといった先行事例から見えた可能性を探る。

発表から1年、導入率「8%」をどう評価すべき?

 SalesforceがAIエージェントプラットフォームAgentforceを初めて発表したのは、2024年9月の年次イベント「Dreamforce 2024」でのことだった。SAP、ServiceNowなどがAIエージェント戦略を発表する中、SalesforceもAgentforceの最新版を急ピッチでリリースし、2025年6月には既にバージョン3を発表していた。

 2025年10月に米サンフランシスコで開催された「Dreamforce 2025」で同社が満を持して発表したのは、バージョン番号を冠しない「Agentforce 360」だ。

 Salesforceのマーク・ベニオフ(Marc Benioff)氏(共同創業者兼CEO)は、「1年前、Agentforceは『製品』だった。(Agentforce 360により)現在Agentforceは『プラットフォーム』となり、Salesforceが提供する全ての土台となる」と製品の位置付けを説明した。

Salesforceのマーク・ベニオフ(Marc Benioff)氏 Salesforceのマーク・ベニオフ(Marc Benioff)氏

 同社は併せて、営業支援ソフトウェアの「Sales Cloud」とカスタマーサービスソフトウェアの「Service Cloud」の名称を、それぞれ「Agentforce Sales」と「Agentforce Service」に変更。AgentforceをプラットフォームとするAIエージェント時代の製品体系を完成させた。

 2021年に同社が買収したコミュニケーションツールの「Slack」は、AIエージェントとやり取りする場となる"Agentic OS"(エージェント向けOS)として位置付けられた。Agentforce Salesや、新たに発表したITSM(ITサービスマネジメント)ツールの「Agentforce IT Service」や人事の「Agentforce for HR Service」、BIの「Tableau Next」などは直接Slackからアクセスできる。

 Salesforceは将来における企業の姿を、AIエージェントと人がコラボレーションして業務をする「エージェンティックエンタープライズ」と表現する。Benioff氏は基調講演で「全ての企業がエージェンティックエンタープライズになる」とした。

ためらう企業が挙げる「技術以外」の課題

 だが、実際はどうなのか。会場で話したアリゾナ州の製造業の参加者は「10年以上、複数のSalesforceのクラウドサービスを使っているが、Agentforceはまだ導入していない」と述べた。その理由はデータ整備などの技術面に加え、「雇用への影響が大きいから」だという。「いずれは導入することになるだろうが、技術以外の点も含めて計画を立てて進めることになる。(導入までには)時間がかかるのではないか」と話した。

 こうした慎重な姿勢は、この参加者に限った話ではない。米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)のレポート「The GenAI Divide――STATE OF AI IN BUSINESS 2025」によると、AIのパイロットプロジェクトの95%が投資へのリターンを得られていない。このレポートは世界中で話題になっており、企業のAIへの投資意向に影響を与える可能性もある。

 Agentforceに関するベニオフ氏は、冒頭で紹介したように、顧客の受け入れとベンダーの技術進展にギャップがあるという見解だ。「スマートフォンにインストールした『ChatGPT』を使うのとは異なり、エンタープライズのビジネスを実行するためにはコンプライアンスやガードレール、品質などに配慮しなければならない」と同氏は語る。なお、基調講演で同氏は消費者の生成AIの受け入れと企業にはギャップがあるとも指摘している。

 同時に、「AgentforceはSalesforceの26年の歴史において、最も高いスピードで成長している製品だ」という。ベニオフ氏によると、同社の約15万の顧客のうちAgentforceを導入している企業は1万2000(全体の8%)となる。

 この8%という数字をどう評価すべきか。ベニオフ氏は「Salesforceの26年の歴史において最も高いスピードで成長している製品」と自信を見せる。同社の主力製品であるSales Cloudや「Service Cloud」が発表から1年で同程度の導入率に達したかどうかは明らかにされていないが、少なくとも同社の基準では「速い」という評価だ。

 今や同社は「Salesforce」の15万の顧客の他に、一部重複はあるが、Slackの約100万の顧客も抱えており、Agentforceの潜在市場は大きい。

 Agentforceの受け入れに対して準備ができていない顧客に対しては、「『受け入れモード』に変えるためには、先駆者としてAgentforceを導入して効果を上げている顧客に体験を語ってもらうことが一番だ」と述べた。

AIチャットで問い合わせの90%を解決したヒースロー空港

 「Dreamforce 2025」の展示会場やセッションでは、Agentforceの導入事例が紹介されていた。

agentforceの展示写真(出典:筆者が「Dreamforce 2025」で撮影) agentforceの展示写真(出典:筆者が「Dreamforce 2025」で撮影)

 展示会場ではAIエージェントの事例を集めた「Agentic City」が設置され、ヒースロー空港、飲料メーカーのPepsiCoなどがブースを構えていた。

 英国ロンドンのヒースロー空港は世界トップクラスの国際ハブ空港で、2024年の利用者数は約8386万人だ。利用者の利便性を向上させるため、Agentforceを導入して利用者向けチャットサービス「Hallie」を構築した。

 空港が直面する課題について、ヒースロー空港のPeter Burns(ピーター・バーンズ)氏(デジタル&Eコマース担当マーケティングディレクター)は利用者情報をほとんど持っていない点を指摘する。空港が事前に把握できる利用者情報は情報全体のわずか5%程度で、情報の大半は航空会社や旅行代理店が保有している。

ヒースロー空港のPeter Burns(ピーター・バーンズ)氏 ヒースロー空港のPeter Burns(ピーター・バーンズ)氏

 ヒースロー空港はこれまでリワードプログラムやWiFiサービス、デジタル予約システムなどを通じて利用者情報を取得し、顧客データベースを構築してきた。なお、収集したデータはデータプラットフォームの「Data360」(旧製品名:Salesforce Data Cloud)に統合してきた。

 2025年3月に導入したHallieには「コンシェルジュのような役割を期待している」という。取材時点では保安検査や入国審査の待ち時間やフライト状況、登場ゲートの変更などのリアルタイム情報や、レストランやショッピングのガイド、ビーコン技術を利用したターミナルのナビゲーションなどを提供している。

 まだHallieは大々的には宣伝していない。利用者がヒースロー空港の公式Webサイトから空港に問い合わせようとすると、「Hallieとやり取りする」という選択肢が示される。Hallieの利用にはメッセージアプリの「WhatsApp」が必要だ。

 既にHallieは数万人に利用されており、成果も出ているようだ。バーンズ氏によると、Hallieは問い合わせの90%を解決している。また、利用者が求める情報を得るために必要なチャットのやり取りの回数は、従来の有人対応と比較して50%以上減少したという。

 同空港は将来、Hallieを駐車場利用情報とひも付けることを計画している。「旅先での滞在期間を延長する際にHallieを使って駐車場の予約情報を更新し、追加料金の支払いもHallieで完了するといった機能を実現したい」(バーンズ氏)

 取材時点で対応する言語は英語だけだ。ヒースロー空港の利用客の約半数は英語を母語としていないため、多言語対応を進める。利用可能なチャネルもWebサイトやアプリケーション(アプリ)、ターミナルのキオスクに設置された情報端末などに拡充する計画だ。

ヒースロー空港の「Hallie」のデモ。「香水を探している。私が利用する搭乗ゲートから一番近いストアを教えて」と尋ねると、「ギフトショップがある」と回答するだけでなく、「方向をガイドしましょうか」と提案した(出典:筆者が「Dreamforce 2025」で撮影) ヒースロー空港の「Hallie」のデモ。「香水を探している。私が利用する搭乗ゲートから一番近いストアを教えて」と尋ねると、「ギフトショップがある」と回答するだけでなく、「方向をガイドしましょうか」と提案した(出典:筆者が「Dreamforce 2025」で撮影)

 

個人経営店でAIエージェントが活躍 PepsiCoでの活用事例

 ヒースロー空港が顧客接点の改善にAgentforceを活用する一方、BtoB領域で成果を上げているのが飲料・食品大手のPepsiCoだ。

 PepsiCoは早期にSalesforceを導入した1社だ。同社は既に複数のSalesforceのクラウドサービスを利用しており、Agentforceは北米と南米における市場投入プロセスやBtoB(販売店との取引管理?)や顧客のフィールドサービス、カスタマーサービス、マーケティングなどの領域で活用している。

 具体的にはカスタマーサービス向けの「Service Cloud」、マーケティング業務を自動化する「Marketing Cloud」、消費財業界向けクラウドサービスの「Consumer Goods Cloud」、Data360などを利用している。PepsiCoのアシーナ・カニオーラ(Athina Kanioura)氏(最高戦略、トランスフォーメーション責任者)によると、Agentforceの導入により同社は25〜30%の効率化を達成しているという。

PepsiCoのアシーナ・カニオーラ(Athina Kanioura)氏 PepsiCoのアシーナ・カニオーラ(Athina Kanioura)氏

 小売店向けの販売支援では、メキシコで"ボデガ"と呼ばれる個人経営の食料雑貨店でAgentforceを展開している。個人経営店は一般的に、大規模スーパーなどと比べて本社の営業担当の目が行き届かない傾向にある。

 「営業担当者がきめ細かくフォローできる店舗の数には限りがある。全ての店舗に対してわれわれの製品ラインアップやプロモーションの全体像を適切に見せることが難しかった」と、カニオーラ氏はAgentforce導入前の課題を説明する。

 Agentforce導入後は、店舗のスタッフがAIエージェントと自然言語で対話して問題を解決したり、PepsiCoが発信する販売促進のためのプロモーション情報や販売施策に関する情報を得られたりするようにした。

 会場で披露されたデモでは、店舗のスタッフが「ある商品の価格を知りたい」とチャットに入力すると、Agentforceが電子メールでPepsiCoの営業担当者とのミーティングを提案した。

 PepsiCoでは既に150万以上の店舗でAgentforceを展開しており、2026年末までに5000万の店舗に拡大するのが目標だ。

 PepsiCoは飲食店などに設置された冷蔵庫のメンテナンスサービスも提供している。このフィールドサービスでもAgentforceを利用しており、PepsiCoのフィールド担当者がAgentforceとのチャットでのやり取りで得た情報を基に、顧客の冷蔵庫の不具合を修理するデモが披露された。

 フィールド担当者が修理が必要な冷蔵庫の写真を送ると、不具合が発生している箇所をAgentforceが特定する。フィールド担当者による修理が完了すると、「サービス完了」のレポートが自動生成された。

 Agentforceの機能はこれだけではない。冷蔵庫の写真から商品が多く格納されていないことをAIが理解すると、フィールド担当者の自動車にある在庫から、冷蔵庫に入れるべき商品を提案するように促した。これまでは機器を修理してサービスが完了していたのに対し、フィールド担当者にさらなる営業活動を促す。

 カニオーラ氏はAgentforceが実現することについて、「顧客と自社の製品在庫を可視化して最適なプロモーションを提案できるようになった。AIエージェントを活用することで、営業担当者はビジネス開発担当者に役割が進化する」

マルチAIエージェントの時代 企業に求められる「オーケストレーション」とは

 ヒースロー空港やPepsiCoの事例が示すように、AIエージェントは業務で成果を上げ始めている。だが、企業がAIエージェントを本格導入する際には、別の課題が浮上する。それが複数ベンダーのAIエージェントをどう管理するかという問題だ。

 SalesforceがAgentforceを展開するように、ベンダー各社はそれぞれのAIエージェント戦略を展開している。

 ユーザー企業には今後、複数ベンダーからAIエージェントを導入し、それらを統合的に管理、運用する「オーケストレーション」(調整・統合)の役割が求められるだろう。

 Accentureのジュリー・スウィート(Julie Sweet)氏(CEO)は、Salesforceのソリューションについて、統合ソリューションとして導入できる点を特徴として挙げた。

Accentureのジュリー・スウィート(Julie Sweet)氏 Accentureのジュリー・スウィート(Julie Sweet)氏

 「顧客はさまざまなバージョンのツールを使い分けることを嫌がり、最高品質の統合ソリューションを求めている。自社で(AIやAIエージェントを)構築したいという顧客は少ない。Salesforceのベストと他社のベストを組み合わせたソリューションを求めている」

 カニオーラ氏も、「AIエージェントで最初に提携したのはSalesforceだが、われわれは複数のテクノロジープロバイダーと提携する計画だ」と述べた。PepsiCoは自社の役割を、これらAIエージェント技術の「オーケストレーター」(調整役)と表現する。

 それでも、新しい技術が成功するためには1社をメインのパートナーとして、「ガイドしてもらう必要がある」とカニオーラ氏は指摘する。「メインパートナーとの先進的な取り組みが成功した後、ワークフローを社内で設計する」と自社における新技術活用方法を説明した。

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