前回まで需要予測について話を進めてきましたが、今回は生産(数量)について話していきましょう。
以前にも触れましたが、ユーザーがSCMを導入する目的として、「在庫削減」が大きなものとなっています。過剰在庫を作らないために、生産を抑えて必要量のみ生産していこう──という考えです。それを実現するためのツールが需要予測です。これにより、いままでの経験・勘・度胸に頼っていた生産計画を改め、デッドストックや長期在庫を減らすことを推進しているのです。
今回はその需要予測の結果の活用として、
といったことを考えていきます。1.は一言で「工場から各拠点への“在庫補充計画”」といえます。また、2.については「生産における、“制約なし製造計画”」と呼べるでしょう。ここでいう“制約なし”というのは、この計画の段階では、生産設備の制約を加味していないためです。すなわち、生産設備の負荷状況は考えずに「とりあえず、これだけ生産をしてくれ」と計算するわけです。
ここではさらに一歩進んで、在庫縮小の考え方によって在庫の減らし方のシミュレーションを見ていきたいと思います。各拠点における在庫の置き方に触れますので、多少物流寄りの部分も出てきます。分かりやすくするため、シナリオを用いて説明していきます。
今回シミュレーションを行うパターンは、以下のとおりです。
なお、生産している製品は缶コーヒーなどとします。
以下のモデルを用いて進めていきます(図1)。
上記のモデル図のうち、赤線で示した方向に生産の所要は上がっていきます。
今回の例では月次で需要予測を行っています。8月上旬に、7月末の販売実績データが基幹系システムでまとめられます。8月中旬までに10月の生産計画を策定します。
いまちょうどその10月の生産計画を策定し始めるところです。
(以下の手順はシステムで行います)
その結果が図2になります。
[大阪支店]
-大阪支店では10月にオリジナルコーヒーが1000ケース必要
[東京支店]
-東京支店では10月にオリジナルコーヒーが2000ケース必要
[物流倉庫]
-物流倉庫では、3000ケース(大阪支店と東京支店用)。さらに、直送顧客用に500ケースがあり、合わせて3500ケース必要
[工場]
-工場では10月に3500ケース分の生産が必要
上記図2のように在庫を考えず計算すると、10月では3500ケースのオリジナルコーヒーを生産すればよいという計算になります。これが、需要予測に基づく生産計画量になります。
上記図2では、工場での需要予測にのっとり、それを満たす数量としてどのくらい生産すればよいかを計算してみました。
しかし、それでは予想以上に需要が大きかった場合に対応できないという不安が残ります。そのために、“安全在庫”を設定することにしました。安全在庫の設定は、数量で設定することも可能ですが、今回は需要予測を行っているので、「需要に対して何日分持つか」との考えで設定してみましょう。
ところで、“安全在庫”とは何でしょうか。今回の安全在庫は以下の考え方としました。
1.安全在庫は、切らしてはいけない在庫数量
安全在庫は、各拠点で必ず保管しておかなければいけない在庫数量です。そのため、安全在庫分を使用したら、その分の補てんを上流の拠点に依頼しなければなりません。これを“転送依頼(生産依頼)”といいます(例えば、「支店から倉庫へ製品をよこせ」ということを転送依頼と呼びます)。
2.安全在庫の設定理由
a.販売の振れが発生した場合
予想以上に販売された場合のために設定する数量です(今回は5日としました)
b.生産の振れが発生した場合の対応
必ずしも工場で計画通りに生産されるとは限りません。そうした場合に備えて、余裕日数を設定することにしました(5日間と設定しました)
c.客先の検査などに発生する期間
販売する製品によっては、客先の受け入れ時に検査が行われることがあります。こうした時間を安全在庫として考え、日数として検討します(2日間と設定しました)
d.物流において発生する期間
これは、物流倉庫から支店への移動時間における不確実性を考慮したものです(3日間と設定しました)
このような理由から安全在庫を設定します。ここでは、安全在庫の日数は15日間となりました。
次に、その安全在庫をどの拠点に置くべきかを考えます。今回は工場には在庫を保管しないことにしています。そのため、まずは工場に隣接している「物流倉庫」に安全在庫を“すべて”設定しました。
“すべて”というのは、物流倉庫の独立需要のみならず、従属需要分も安全在庫を持つということです。言い換えると、全国のコーヒーの安全在庫は物流倉庫に集約されていることになります。物流倉庫の需要は2系統あります。1つは、顧客への直送分(独立需要)です。もう1つは、各支店から上がってくる転送依頼分(従属需要)となります。
このケースの安全在庫は、以下の考えで計算を行いました。
図2のとおり、需要を満たす全体の生産数量は3500ケースになります。月次で需要予測を行っているので、このような計算式になります。
[物流倉庫における安全在庫数量]
▽15日分の安全在庫における生産数量
-3500ケース(全体の生産数量)×15日(安全在庫日数)/30日(月の日数)=1750ケース
▽安全在庫を見込んだ生産数量
-3500ケース(全体の生産数量)+1750ケース(15日分の安全在庫における生産数量)=5250ケース
工場に隣接している物流倉庫で全体の安全在庫を持つ(保管する)と考えると、3500ケースの15日分の安全在庫は1750ケースになり、工場では3500ケース+1750ケースの5250ケース生産することになります。
図3では、安全在庫を物流倉庫に設定しました。これで特殊要因(物流における不具合、生産における不具合、特別な需要など)に起因する在庫切れは防げたものと考えます。
しかし、現状の在庫保管場所は物流倉庫だけで、支店には保管されていません。物流倉庫から支店の運送中に何かのトラブルが起こった場合や支店内において障害が発生した場合には対応できなくなってしまいます。そのため支店に15日分の安全在庫を設定するシミュレーションを行います。
[大阪支店]
▽15日間の安全在庫日数を設定した場合の安全在庫数量
-1000ケース(需要数量)×15日(安全在庫日数)/30日(月の日数)=500ケース
▽安全在庫を見込んだ数量
-1000ケース(需要数量)+500ケース(安全在庫数量)=1500ケース
[東京支店]
▽15日間の安全在庫日数を設定した場合の安全在庫数量
-2000ケース(需要数量)×15日(安全在庫日数)/30日(月の日数)=1000ケース
▽安全在庫を見込んだ数量
-2000ケース(需要数量)+1000ケース(安全在庫数量)=3000ケース
[物流倉庫]
▽15日間の安全在庫日数を設定した場合の安全在庫数量
-1500ケース(大阪支店の安全在庫を見込んだ数量)+3000ケース(東京支店の安全在庫を見込んだ数量)+500ケース(直送分需要数量)×15日(安全在庫日数)/30日(月の日数)=2500ケース
▽安全在庫を見込んだ生産数量
-1500ケース(大阪支店の必要数量)+3000ケース(東京支店の必要数量)+500ケース(物流倉庫直送数量)+2500ケース(物流倉庫の安全在庫数量)=7500ケース
工場以外の拠点(物流倉庫、大阪支店、東京支店)に、需要予測に対する数量の15日分の数量を安全在庫として保管します。安全在庫分として設定した15日分は工場で生産される数量に反映されます。
物流倉庫では直送分の500ケースについて15日/30日分を安全在庫として、同様に営業所から物流倉庫には転送依頼が上がってきます。そのため最終的に工場に上がる所要(生産計画)は、上記計算の通り7500ケースとなり、物流倉庫のみに15日間安全在庫を設定するときよりも生産数量は大きくなります。
現実的には、あまりこのようなことはあり得ないでしょう。しかし、考え方を変えるだけで生産数量が増えたり、減ったりすることに気付いていただければと思います。
全体の安全在庫を考えずに、個々の拠点で独自に安全在庫数量を決めていると、このような結果に陥りがちです。数字の本質(オーダー分数量と安全在庫分数量)を見極める“目”や“仕組み”が必要です。
いままで3パターンを考えてみました。ここで各パターンの生産量の整理をします。
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表1 各シミュレーション結果における生産数量の変化 |
商品にもよりますが、販売・営業活動を行う上で欠品の発生は大きな問題です。顧客と直接接点を持つ拠点である支店に、安全在庫がまったくないというのは、リスキーだと考える場合もあるでしょう。
そこで、ここでは3日分の安全在庫を支店に置くことにしました。3日と短期に設定にしたのは、物理的に都市圏には在庫を保管するスペースがないこと、倉庫の賃貸料も高いことも理由です。また、需要予測の結果数量に対し3日分程度の在庫を持っていれば、販売の振れや物流の遅れなどにも対応可能だろうという判断です。
1.支店に、安全在庫を3日分設定
上記の理由により3日間に設定しました
2.物流倉庫に、各支店の安全在庫12日分を設定
3日分の安全在庫を支店に設定したため、いままでの設定値である15日から12日に少なくしました
3.物流倉庫からの直送分に、安全在庫を15日間設定
直送分は同じく15日分の設定とします
それでは、上記設定に基づく在庫数量を計算してみましょう。
[大阪支店]
▽3日間の安全在庫を設定した場合の安全在庫数量
-1000ケース(需要量)×3日間(安全在庫日数)/30日(月の日数)=100ケース
▽安全在庫を見込んだ数量
-1000ケース(需要量)+100ケース(安全在庫数量)=1100ケース
[東京支店]
▽安全在庫数量
-2000ケース(需要量)×3日間(安全在庫日数)/30日(月の日数)=200ケース
▽安全在庫を見込んだ数量
-2000ケース(需要量)+200ケース(安全在庫数量)=2200ケース
[物流倉庫]
▽両支店からの転送依頼分
-1100ケース(大阪支店の安全在庫を見込んだ数量)+2200ケース(東京支店の安全在庫を見込んだ数量)=3300ケース
▽両支店からの安全在庫数量
-3300ケース×12日(安全在庫日数)/30日(月の日数)=1320ケース
▽両支店の安全在庫を見込んだ数量
-3300ケース(両支店の転送数量)+1320ケース(安全在庫数量)=4620ケース
▽15日間の安全在庫を設定した場合の安全在庫数量
-500ケース(需要量)×15日(安全在庫日数)/30日(月の日数)=250ケース
▽物流倉庫の安全在庫を見込んだ数量
-500ケース(需要量)+250ケース(安全在庫数量)=750ケース
▽物流倉庫全体の安全在庫を見込んだ数量
-4620ケース(両支店の安全在庫を見込んだ数量)+750ケース(物流倉庫の安全在庫を見込んだ数量)=5370ケース
計算結果としては、工場で生産する数量は5370ケースで、いままで計算した結果と少しずつ異なっています。
これは、単なる数字のお遊びのようにも見えますが、最終的には、工場で生産される数量につながります。在庫のうち販売されない分は“不良在庫”であり、何もキャッシュを生まない製品を金と時間を掛けて生産・保管していたことになります。景気の先行きが読めない中、“在庫は悪”という人もいます。欠品を起こさず、さらにデッドストックにもならない安全在庫数を改めて考える必要があるのです。
今回は、簡単なモデルを使って、いくつかのシミュレーションを行ってきました。SCMツールは計画系のシステムです。単純に毎月の計画をこうしたツールを用いて実行していくことも大切な業務です。しかし、さまざまな観点から“在庫”“需要予測”“生産”などのキーワードを定めてシミュレーションを行うツールとしても利用できます。
まずは、自社の戦略に合う方法を見つけ出すために、キーワードを定めていくつか試されてみてはいかがでしょうか。その中で、課題も出てくることでしょう。例えば安全在庫の設定などです。「なぜ、30日に設定しているのか?」「安全在庫の意味は?」といったことをそれぞれの会社で考えていく必要があります。これらの課題を検討・解決していくことで、より良い生産計画が作成され、不良在庫の削減などの目的が達成されるのです。
南野 洋一(みなみの よういち)
ITコンサルタント。前職で1993年から社内システムをノーツやオラクル、SAPを用いて構築を行う。当時はバブル経済が崩壊した時期で人員削減が行われる中、BPRを主眼においた仕組み構築に取り組んだ。
その後、システムコンサル系の企業に移り、製造業中心にSCM導入に従事。社内改革業務に取り組んでいる。ときには人材不足気味な中堅企業の情報システム部門の雇われマネージャを務めている
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