システム開発は「戦略立案」から始まる〜IT技術者のための戦略・業務分析入門〜事例で学ぶビジネスモデリング(2)

» 2005年06月22日 12時00分 公開
[多田帥(戦略コンサルタント),ウルシステムズ]

 皆さんは戦略コンサルタントという人種に会ったことがあるだろうか? おそらくIT技術者の方は、戦略コンサルタントという職名を聞いたことがあるぐらいで、いったい何者で、何をやっているのか想像もつかないという方が多いのではないだろうか(図1)? そこでこの記事では、戦略コンサルタントが何者で、どんな仕事をしているのか、またそもそも戦略とはいったい何なのかを紹介する。併せて、戦略を立案する場面でもIT技術の知見が求められていることを述べる。

ALT 図1 戦略コンサルタントは空想上の存在?

1. 戦略立案こそ最上流工程

 皆さんは、上流工程と聞いたときにどのような仕事を思い浮かべるだろうか? システム開発の中心的な仕事はプログラミングだが、その前にやっておくべき仕事が数多くあるのはご存じだろう。すなわち、プログラミングの前にはソフトウェアの構造を定義する「設計」があり、その前にはソフトウェアが実現する機能を決める「要件定義」がある。

 読者の中には、この「要件定義」を最上流工程と考えている方もおられるかもしれない。確かに、この仕事は「システム開発」という枠組みの中では上流工程といえるだろう。しかし、「システムを活用した企業変革」という、より大きな視点から見ると、さらに上流工程が存在する。これは大きく「業務分析」と「戦略立案」の2つに分けられる。「業務分析」では、対象とする業務を遂行するうえでの課題を抽出して、優先付けを行い、改善のための施策を立案する。ここでの施策には、ITによる解決だけでなく、業務手順や販売方法の見直しなど、人手による解決策も含まれる。そして「戦略立案」は、さらに前段階に位置付けられ、企業全体のビジネスの方向性を決める最上流工程の仕事である(図2)。

ALT 図2 戦略立案はシステム開発の「最上流」工程

2. 戦略とは何か

企業は工夫し続けなければ存続できない

 およそすべての企業には競争相手がいる。日本で最も成功を収めている会社の1つであるトヨタであっても、ホンダや日産といったほかの自動車メーカーと日々競い合っている。もしトップ企業の位置に甘んじて、競争のための努力をやめてしまえば、やがて顧客は奪われ、衰えてしまうことだろう。

 このため、企業は自社の顧客を守りつつ、あわよくば他社の顧客を自社に取り込むために、努力を惜しまずあの手この手の工夫をしなければならない。これは自動車メーカーならば、品質の高い魅力的な自動車の開発や、低価格化、アフターサポートの充実などに相当する。「環境に優しいEcoカー」などと商品コンセプトを消費者に訴えかけるマーケティング活動も工夫の一つである。

「選択と集中」が鍵

 戦略立案を一言で表現するならば、「企業の目標を達成するための選択と集中の決定」といえるだろう。

 企業の目的は、人・物・金などの資源を効率的に活用して、最大限の利益を得ることである。しかし実際には、投入できる資源は無尽蔵ではない。このため、限られた資源の中で、何を捨てて、何を取るかを決める必要がある。

 企業戦略は、全社戦略と部分戦略に分けることができる。全社戦略では、どの事業に注力し、どの事業をあきらめるかという事業バランスを決定する。部分戦略として代表的なものは、一連の事業活動の中で、どの分野に力を入れるかを決める事業戦略である。事業戦略は例えば、商品開発に力を入れるのか、品質管理に注力するのか、あるいはマーケティングを重視するのかを決めることなどに相当する。そのほかの部分戦略としては、自社の商品が何を武器に他社商品と戦うのかを決める商品戦略や、営業方針を決定する営業戦略などがある。

3. 戦略コンサルタントの役割

 戦略立案は、その企業の経営責任を負っている経営者の仕事である。戦略コンサルタントは、企業外部の人間として経営者を支援する立場であり、「企業経営のアドバイザー」といえるだろう。基本的な役割は、経営者に対して客観的立場から事実や論理に裏付けされた提言を行うことである。こうした外部の戦略コンサルタントが必要になる理由は大きく3つ考えられる。以降、おのおのについて説明する。

第三者的視点の提供

 1つ目は、第三者の視点を提供できることだ。企業内の人間はともすれば社内のしがらみや過去の経緯を考えてしまうために、ゼロベースでの発想が難しい。まずは市場や競合の動向、財務分析結果などの事実に基づいて戦略原案を作り、そこに社内のしがらみなどの制約要素を加味していく方が、効果的な戦略は作りやすい。企業内部の人間は最初からそういった制約要素を考慮しがちなため、ゼロベースの切れ味鋭い戦略がなかなか作れなくなってしまう。しかし外部の人間である戦略コンサルタントは、制約要素を排除し、事実をよりどころとして、客観的な視点からの戦略立案を支援しやすい立場にある。

他業界に関する知見の提供

 2つ目は、他業種の知見を提供できることだ。企業内部にいると、どうしても競合他社や同業界ばかりに注目してしまう傾向がある。実際には他業界の成功事例を持ち込むことで、良い戦略を立案するヒントになる場面が多々ある。戦略コンサルタントは、さまざまな業界での経験を蓄積しているため、こういった観点を持ち込むことが容易である。

 例えば、富裕層向けの金融商品営業の業務は、自動車販売の営業とよく似た方法で効率を上げることができるかもしれない。また、家電メーカーの製品開発プロセスの一部は製薬メーカーの研究開発と非常によく似ているかもしれない。確かに、業務上の具体的な課題については企業内部の人間の方が詳しいだろう。しかし、事業改革のヒントが他業界から得られることはよくあり、その知見を戦略コンサルタントは提供できる立場にある。

素早い人的リソースの提供

 3つ目は人材調達の容易性である。社内で企業戦略を検討するプロジェクトを開始する場合、プロジェクトメンバーには優秀な人材を集める必要がある。しかし、それは現行業務を手薄にすることを意味する。こうした事態を避けるために、即戦力の人材を中途採用したり、社内の人材を教育したりする方法が考えられるが、確実な成果をすぐに出すのは難しいだろう。しかし外部の戦略コンサルタントならば、一定以上のスキルレベルが保証されている人間を即座に調達できる。

4. 戦略立案のプロセス

 戦略コンサルタントとして企業変革の支援をする際の基本的な作業は、戦略を「作る」作業と、その戦略を「説得する」作業の2つに大別できる。

仮説検証プロセスで戦略を「作る」

 戦略の策定方法に王道は存在しない。しかし、思考方法については仮説検証と呼ばれる王道がある。この方法の基本パターンは、自社の現状や市場ニーズ、競合企業の動きなどを分析したうえで「当たり」を付け、仮説を構築した後で検証し、検証結果が思わしくなければ仮説を構築し直したうえで、さらに検証するというサイクルを良い結果が得られるまで繰り返すことである。

 ここで、筋の良い仮説を立てることが戦略コンサルタントとしての腕の見せどころとなる。ただやみくもに当てずっぽうの仮説を立てるのではなく、文献やインタビューなどから得られる定性情報と、財務分析などから得られる定量情報の両方をインプットとし、最適と考えられる仮説を作り出す。経験やセンスが必要とされる高度な知的作業がここでは求められる。

 戦略とはいわば企業の行動計画だが、その計画をすべて実施して効果を確かめるとなれば、資金や人材が大量に必要となるし、時間もかかってしまう。従って、成功する見込みの高い計画に対して投資するのが現実的である。このため計画の精度を上げるために仮説検証プロセスが有効となる(図3)。

ALT 図3 目標に達するための施策を仮説検証で考える

 ところで、戦略を「作る」作業時に陥りやすい問題とは何であろうか。

 1つ目は「飛び過ぎ」と呼ばれる問題である。「何をするべきか」に現実感がない状態を指す。理想論ばかりを突き詰めてしまったが故に、現実味のない戦略が出来上がってしまう。そもそも戦略は実現可能でなければ“絵に描いたモチ”でしかない。

 2つ目は、行動計画に落ちていないという問題である。戦略は、限られたリソースを配分することによって、業界内で優位な立場を取るための行動計画という形で記述されなければならない。それは、今後どのように企業活動を行うのかという「動き方」そのものであり、「われわれはこうあるべき」といったあるべき論や、「売上20%増」といった数値目標とは異なる。

理論と熱意で「説得する」

 前述したように、戦略はそもそも作ることが難しい。しかし、実際に戦略コンサルティングの仕事をするうえではもっと難しいことがある。それは作った戦略を経営者に納得してもらうことである。世の中ではロジカルシンキングという言葉がはやっている。これは、因果関係を論理的に整理し、問題となる現象の根本原因を突き止めていく思考方法であるが、それだけですべてが片付くわけではない。論理的な因果関係は確かに重要だが、実際はもっとあいまいで人間的なところで意思決定が行われることが多い。

 例えば、クライアントのこんな一言「いいたいことは分かるよ、論理的だし。でもやりたくないんだよね」。こういう状況に対応するのは本当に難しいところである。周囲の人たちから説得してみたり、根拠の見せ方を変えてみたり、下で働くスタッフの意見を伝えたり、試行錯誤を繰り返して説得するしかない。

 結局、人間で成り立っている組織は論理だけでは動かないし、不確定要素がたくさんある。最終的には熱意をもって信頼関係を築くのが最短ルートであると私は思っている。

5. IT技術者が“最上流“に出て行くべき理由

 ここまでの話で、戦略立案などIT技術者には関係がないのではないか、と思った方もいるだろう。それが実は大いにあるのだ。

 企業の基幹システム投資はIT戦略と位置付けられており、現在の企業経営の重要なテーマになっている。この大きな理由としては、現在の企業活動がコンピュータに大きく依存していることが挙げられる。また大企業の基幹システムの開発費用は数十億円から数百億円規模になるのが一般的であり、経営上のインパクトも重大である。このため当然、システム開発も「選択と集中の決定」の大きなテーマであり、基本的な方針はこの段階で決定される。

 IT投資に関する方針は経営判断であるため、経営者や戦略コンサルタントの仕事の範疇である。しかし残念ながら、経営者や戦略コンサルタントでシステムに関する深い知見を持つ人間は非常に少ない。従って、彼らの考えるIT投資計画はどうしても現実性に乏しくなりがちである。使われないシステムができる最初の原因がここで作り込まれてしまう。そして、この段階で不適切な計画が作られてしまうと、IT技術者にはもはや手の施しようがない。

 そこで、IT技術者の協力が必要になってくるのだ。優秀なIT技術者が、経営者や戦略コンサルタントに「そんな計画に実現性はないですよ」「もっと簡単に実現する方法はありますよ」と積極的にアドバイスする場面が増えれば、IT投資計画はより現実的なものになるはずである。しかし現状では、IT技術者が最上流工程で発言できる場面は非常に少ない。

 戦略コンサルタントとIT技術者はそれぞれプロフェッショナルサービスとして独自のスキルセットが要求される仕事である。しかし、優れたIT技術者なら、戦略立案の場面で戦略コンサルタントを助けることができるはずである。お互いが相手の強みを理解し、協力することで、顧客企業のIT投資を最適にすることが可能であり、ひいては業界全体を変えていくことができると信じている。弊社(ウルシステムズ)は小さな存在だが、戦略コンサルタントとIT技術者が共同で仕事をすることで、顧客のIT戦略を最適にすべく日々チャレンジしている。次回以降、われわれの試みを紹介したい。

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