第1回(「視点を分けて業務システムを可視化」)は、この連載の入門編として、視点を分けて業務システムを可視化することの全体像について説明しました。また、モデルの具体的なイメージを持っていただくために、モデルを活用したRFP(モデルベースRFP)のサンプルを紹介しました。適宜、参照してください。
今回からは、架空の会社を取り上げ、一連のビジネスシナリオに沿って、具体的にモデリングを解説していきます。皆さんは、このシナリオの主人公になったつもりで、実際に手を動かしてモデルを作成しながら、モデリングのプロセスを仮想体験してください。できれば、近所の誰かを捕まえて2人で対話しながら行う(*1)と、より多くの気付きを得られます。
まず、前回も説明しましたが、この連載で取り上げる架空の会社について、概要をまとめておきます(下記の表参照)。
会社名 | 株式会社エム・ゼット(MZ) |
所在地 | 東京都東京市1-1-1 |
事業内容 | 中古車販売 |
代表取締役社長 | 山田太郎 |
資本金 | 10億円 |
売上高 | 500億円 |
従業員数 | 500人 |
販売店 | 全国50店 |
ホームページ | http://www.mz.co.jp/ |
当社はフランチャイズ方式で全国に販売店を展開しています。各地区の販売店を統括する支社があり、販売店からのロイヤルティーを収益としています。主要な販売店は直営しています。 |
株式会社エム・ゼットの現在の事業内容は中古車販売です。このたび、株式会社エム・ゼットは、事業拡大を目指して、新たに新車販売事業を推進することになったとします。
この連載の主人公(*2)は、ユーザー企業の情報システム企画部門に所属するアーキテクトです。名前は秋田鉄男(あきたてつお)(*3)とします。年齢は32歳で、入社して10年の中堅社員です。いままでに、いくつかの情報システム構築プロジェクトに携わってきました。ある日、秋田さんは、直属の上司である課長の田上城治(たがみじょーじ)(*4)さんに声を掛けられました。田上さんは、秋田さんよりも10年先輩のベテラン社員です。
田上 秋田さん、ちょっといいかな。
秋田 あっ、はい。
秋田さんは、緊張した表情で田上さんの背中を真っすぐに見詰めながら、すぐ近くの社内会議室へと歩いていきました。
田上 秋田さんも知ってると思うけど、今度、中古車だけでなく、新車も販売することになってね。
秋田 はい、聞いてます。
田上 事業推進責任者の執行役員が中心になって、新車販売事業の企画が進んでる。
秋田 田上さんも参画してるんですよね。
田上 うん。それでいよいよ、新車販売業務のシステム化プロジェクトと、新車仕入業務のシステム化プロジェクトを、それぞれ立ち上げることになってね。仕入れの方は、私がプロジェクト管理者になったんだ。
秋田 田上さんがプロマネですか!
田上 そう。秋田さんには、システム企画担当者として、プロジェクトに参加してもらいたい。
秋田 はい、ありがとうございます。
田上 当面のゴールは、ベンダに対してRFPを発行することだな。
秋田 そうですね。業務分析は誰が担当ですか?
田上 購買部門の神戸新治(こうべしんじ)(*5)さんだ。彼に、事業企画者や業務関係者との調整をやってもらう。
秋田 神戸さんならよく知ってます。
田上 それから、プロジェクトの補佐として、コンサルの豆山蔵男(まめやまくらお)さんに入ってもらうことになってるよ。
秋田 はい、分かりました。
秋田さんは、田上さんとの打ち合わせが終わって自分の席に戻ると、目を輝かせながらパソコンに向かいました。そして、モデリングツールを立ち上げると、先ほどノートに手書きしたメモを見ながら、プロジェクトコンテキスト図を作成しました。
秋田 よし、できた(秋田さんの心の声)。
秋田さんが作成したプロジェクトコンテキスト図を図1に示します。
皆さんも、秋田さんになったつもりで、自分の身近なプロジェクトについて、プロジェクトコンテキスト図を作成してください。秋田さんは、UMLのユースケース図をベースにしました(*6)。しかし、1つの表記法にこだわる必要はありません。表記法は、時と場合、読み手によって臨機応変に考えればよいのです。
ここでは、プロジェクトコンテキスト図の要点をまとめておきます。
今日は、業務分析者である神戸さんと初めての打ち合わせです。プロジェクトで対象とする業務の範囲を確認するために、プロジェクト管理者の田上さんも同席しています。
秋田 対象とする業務を『○○を××する』という一言で表現すると、どうなりますか?
神戸 新車を仕入れる、でしょうね。
秋田さん、ホワイトボードに「新車を仕入れる」と書いて、それを楕円で囲う。
秋田 新車を仕入れるためには、どのような役割の作業者が必要ですか?
神戸 発注担当と入荷担当ですね。
秋田さん、ホワイトボードに「発注担当」と「入荷担当」と書いて、そのすぐ上に棒人形を描く。そして、「新車を仕入れる」と「発注担当」「入荷担当」を実線で結ぶ。
秋田 新車仕入業務とやりとりが発生する業務を教えてください。
神戸 販売業務と経理業務です。
秋田さん、ホワイトボードに「販売担当」と「経理担当」と書いて、そのすぐ上に棒人形を描く。
秋田 田上さん、販売業務は、新車販売業務システム化プロジェクトの対象で、われわれの範囲外ですね。
田上さん、うなずく。
秋田 経理業務は、どうでしょうか?
田上 経理業務は現状のままとして考える。
秋田さん、ホワイトボードで「新車を仕入れる」と「発注担当」「入荷担当」を四角い枠線で囲う。
秋田 経理業務の窓口になる作業者は、入荷担当ですか、それとも、発注担当ですか?
神戸 入荷担当です。発注担当は関係ありません。
秋田さん、ホワイトボードで「経理担当」と「入荷担当」を実線で結ぶ。
秋田 ほかに、仕入れた新車に関係するような業務はありますか?
神戸 特にないです。販売業務だけですね。
秋田さん、ホワイトボードで「新車を仕入れる」と「販売担当」を実線で結ぶ。
秋田 新車はどこから仕入れますか?
神戸 ディーラー経由です。メーカーに直接発注することはありません。
秋田さん、ホワイトボードに「ディーラー」と書いて、そのすぐ上に棒人形を描く。そして、「新車を仕入れる」と「ディーラー」を実線で結ぶ。
秋田 ほかに、漏らしている関係者はいませんか?
神戸 特にいないと思います。
秋田 それでは、対象とする業務の範囲は、こんな感じですね。
といいながら、秋田さんは、ホワイトボードに手書きした業務コンテキスト図を印刷した。
秋田さんが作成した業務コンテキスト図を図2に示します。
皆さんも、秋田さんになったつもりで、自分の業務について、業務コンテキスト図を作成してください。秋田さんの業務コンテキスト図の表記法は、プロジェクトコンテキスト図と同様です。プロジェクトコンテキスト図と同様に、業務コンテキスト図の要点をまとめておきます。
先ほどの打ち合わせで、業務関係者が洗い出されました。これで、プロジェクトコンテキスト図とあわせて、すべての利害関係者が洗い出されたことになります。
秋田 それでは、利害関係者の目的を考えましょう。
一同、うなずく。
秋田 発注担当の目的を『形容詞+○○を××する』という一言で表現すると、どうなりますか?
秋田さん、ホワイトボードに「発注担当」と書いて、そのすぐ上に棒人形を描く。
神戸 「効率的に新車を発注する」かな。
秋田さん、それをホワイトボードに書いて、「発注担当」と実線で結ぶ。
秋田 そのために必要なことを同じように一言で表現すると、どうでしょうか?
神戸 「効率的に受注連絡を受ける」ことと「効率的に新車を注文する」こと、「効率的に入荷予定を報告する」ことが必要です。
秋田さん、それぞれをホワイトボードに書く。それぞれを「効率的に新車を発注する」と実線で結び、実線の「効率的に新車を発注する」側に小さなひし形を追記する。
秋田 具体的にどうなったら効率的に受注連絡を受けたといえるでしょうか。
神戸 販売担当が受注してから5分以内に受注連絡を受けたらかな。
秋田さん、ホワイトボードに「5分以内」「受注連絡を受ける」と書く。それぞれを「効率的に受注連絡を受ける」と実線で結び、実線の「効率的に新車を発注する」側に小さなひし形を追記して、ひし形を塗りつぶす。
秋田 新車の注文の方はどうですか?
神戸 30分以内かな。
秋田さん、先ほどと同様にホワイトボードに書く。
秋田 入荷予定の報告の方はどうですか?
神戸 5分以内だな。
秋田さん、同様にホワイトボードに書く。
秋田 では、同じように入荷担当の目的を考えてください。
神戸 「効率的に新車を入荷する」ために、効率的な入荷報告と新車受領、出荷連絡が必要。それぞれ、5分以内、10分以内、5分以内。
秋田さん、同様にホワイトボードに書く。
秋田 発注担当の目的と入荷担当の目的に共通する上位目的は何でしょうか。
神戸 「効率的に新車を仕入れる」ことだな。
秋田さん、それをホワイトボードに書いて、「効率的に新車を発注する」と「効率的に新車を入荷する」と実線で結び、「効率的に新車を仕入れる」側に小さなひし形を追記する。
秋田 それは、誰の目的になりますか。
秋田さん、ホワイトボードに棒人形を描いて、「効率的に新車を仕入れる」と実線で結ぶ。
神戸 事業企画者でしょう。
秋田さん、ホワイトボードで棒人形のすぐ下に「事業企画者」と書く。
秋田 それでは、利害関係者の目的構造は、こんな感じですね。
といいながら、秋田さんは目的構造図を印刷した。
秋田さんが作成した目的構造図を図3に示します。
皆さんも、秋田さんになったつもりで、自分の身近なプロジェクトについて、目的構造図を作成してください。秋田さんは、UMLのクラス図をベースにしました。しかし、繰り返しになりますが、1つの表記法にこだわる必要はありません。表記法は、時と場合、読み手によって臨機応変に考えればよいのです。
ここでは、目的構造図の要点をまとめておきます。
いかがでしたか。今回は、利害関係者の目的を可視化するプロセスについて、解説してきました。 次回は、業務の目的を果たす手順、すなわち、業務フローを可視化するプロセスについて取り上げます。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.