ITSSの普及・浸透がいま一つな理由〜消費者が理解できない商品が売れないのと同じ?ユーザー企業から見た「ITSS」(1)(3/3 ページ)

» 2005年09月14日 12時00分 公開
[島本 栄光,@IT]
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ITスキル標準に関するアンケートの裏側をひもとくと

 このような、ユーザー企業側のITスキル標準に対する姿勢をお話しすると、「それはちょっと極論ではないか」と反論を抱く方もいらっしゃるかもしれません。ここに1つのアンケート結果があります。社団法人日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)から出されている、「企業IT動向調査 報告書 2005年版」です。

 JUASとは「ユーザーの立場での産業情報化の推進」を目的とする団体で、ユーザー企業ベンダ企業合わせて130社余りが正会員となっており、さまざまな研究や活動を行っている組織です。JUASは、広くユーザー企業における情報化の意識を調査し、毎年報告書という形でまとめています。調査対象は、会員企業だけでなく一般のユーザー企業も含みます。この報告書の中に、「ユーザー企業のIT部門において、教育体系に対するITスキル標準をどのように捉えているか」といったアンケート結果が掲載されています。

IT要員の教育体系


IT要員の教育体系におけるITスキル標準の活用



 このアンケート結果から読み取れることは、以下の事実です。

  • 全社共通の教育体系がある」「IT要員育成のための独自の教育体系がある」「全社共通、IT要員独自、どちらの体系もある」を合わせて回答企業の約1/4。
  • ITスキル標準を「教育体系に取り入れている」あるいは「参考にしている」と回答した企業は教育体系を持つ企業の約半数(53.1%)。

 ただし、この結果を受けて、JUASの報告書では「システム企画機能を推進するための知識/スキル体系の一端をITスキル標準に求めている」と記述されています。これはかなり強引な、ちょっとこじつけの感じが否めない結論ですね。もう少しかみ砕いて分析してみましょう。

 まず、母数が957社であるということ。アンケートを依頼した企業の数は4000社余りであったことを考えると、アンケートに回答を寄せた企業はそれなりにITに関する意識の高い企業であると考えて間違いないでしょう。逆にいえば、ITに関する意識の低い企業はそもそもアンケートに回答すらもしていないはずで、このアンケートの回答で得られた結果と比べて「より良い結果が得られる」とは考えにくいと思うのが、私の素直な感想です。

 次に、何らかの教育体系がある企業は回答企業のうちの1/4です。さらに、IT独自の教育体系を持つ企業となると12%。かなり寂しい数字といえます。そして、その何らかのIT独自の教育体系を持つ企業(回答企業の12%)のうち、教育体系にITスキル標準を取り入れている、もしくは参考にしている企業はさらにその半分の60社なのです。

 つまり、ITに関して意識の高い企業957社の中で、ITスキル標準を意識している企業は60社。単純に計算すれば6.3%です。これは、やはりユーザー企業において、ITスキル標準の認知度は低いという、1つの証拠といえます。さらに付け加えるならば、先に述べたように、ITスキル標準そのものが非常に分かりにくいということ。つまり、この60社がきちんとITスキル標準を理解したうえで活用しようとしているのかどうかがアンケートでは明確に分かりません。

 いずれにしても、この調査結果から分かることは、ユーザー企業におけるITスキル標準はそもそも認識されておらず、活用されていたとしてもそれはごく一部の例外企業というのが実態なのは間違いないということなのです。

普及・浸透にはユーザー企業の理解が不可欠

 私は、今後ITスキル標準が普及・浸透するかどうかは、ユーザー側である一般企業に理解できるかどうかに掛かっていると思います。普及・浸透のための手段としては、「業界内のルールや規約を強化し、国などの指導で半ば強制的に利用させろ」とか、「官公庁での情報システム調達の基準として、ITスキル標準による明示を条件に公募するようにしてみては」とかいった意見もあるようです。

 しかし、これらの意見では、結局ITスキル標準を使う人々において「やらされている感」がぬぐえず、目先の対応で終わる懸念が否めません。本当の意味での普及・浸透を考えるのであれば、ユーザー側の一般企業での理解は必須なのです。

 「消費者が賢くなれば、その産業は発展していく」というのは、経済における1つの真理でしょう。逆にいえば、情報サービス業という産業を見ると、いままで消費者であるユーザー企業はあまりに愚か過ぎたのではないかと思います。そして提供者であるベンダ・メーカー側も、愚かなユーザー企業の上にあぐらをかいてしまって、自ら進化し業界発展のための努力を怠ってきたのではないかと思います。これはITスキル標準についても例外ではありません。結局ユーザーの視点が欠落しているが故に、普及・浸透が阻害されているのです。

 ただし、あらためて見ると、ITスキル標準というものは、大変よく考えられたフレームワークだと私は思います。ユーザー企業、ベンダ企業いずれにおいても、うまく活用することができれば、情報サービス産業そのものに対して相当な価値を生み出す可能性があると思うのです。そのためには、何度も繰り返すようですが、ユーザー企業の理解が必要なのです。

 今後、一般のユーザー企業の人々がITスキル標準を理解し、どのように活用できるかといった視点から掘り下げていければと思います。

Profile

島本 栄光(しまもと さかみつ)

KDDI株式会社 システム企画部勤務。情報化人材育成および研修企画を担当。

広島市生まれ。広島大学工学部第II類(電気系)卒業。

東京都立大学大学院(経営学専攻)修了。

ITスキル標準に関する活動としては、ITスキル標準センターアプリケーションスペシャリスト委員会主査、ITプロフェッショナル育成協議会委員、JUAS人材育成研究部会副部会長などに携わる。

そのほか、情報処理学会情報システムと社会環境研究会運営委員、上級システムアドミニストレータ連絡会副会長など、特にユーザーとしての情報システムの在り方について関心が高い。


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