仕事に生きた男の悲しい物語目指せ!シスアドの達人−第2部 飛躍編(14)(3/4 ページ)

» 2007年12月10日 12時00分 公開
[山中吉明(シスアド達人倶楽部),@IT]

小沢の決断

 小沢は抱えた鞄を再びロッカーに入れると、必要な人材を集め、緊急ミーティングを開始した。テキパキと指示を与えるその姿は、過労でやせ細った体にもかかわらず、園村の目には精悍(せいかん)で逞(たくま)しく見えた。まさに輝いているという言葉がふさわしかった。

 そして、徐々に彼の周りに情報が集まり始めたとき、彼の胸ポケットの携帯電話が鳴り出した。携帯電話のディスプレイを覗き込んだ小沢は顔色を変えて廊下に出て行き、そして、しばらくしてドアの向こうから園村を手招きした。

園村 「どうしました?」

小沢 「園村さん、お願いがあります」

 小沢の声は震えていた。

小沢 「美雪が……。美雪が危篤だという連絡が入りました。私は仕事を片付けてから病院に向かいますが、何時になるか分かりません。園村さん、どうか私の代わりに病院へ行って、美雪に頑張れと伝えていただけないでしょうか」

 園村は語気を強めていった。

園村 「何を言っているんですか! 行ってあげなさい。あなたが行かないでどうする!」

小沢 「……。いまはここを離れられません」

 小沢のひたむきな眼差しが園村をとらえ、園村は小沢の覚悟を即座に感じ取った。

園村 「分かりました……。しっかりやってください」

 小沢から病院の所在地を聞き、園村は物流センターからタクシーを飛ばした。30分ほどで病院に着き、美雪の病室を訪ねるとベッドの傍らに美雪の両親が憔悴(しょうすい)しきった表情で付き添っていた。園村は、小沢が遅れて来ることを両親に伝え、昏睡状態の美雪の耳元で囁(ささや)いた。

園村 「小沢くんももうすぐ来ますよ。頑張ってください!」

 園村は、そのとき美雪の眉がかすかに動いたような気がした。

 園村は、両親から美雪が不治の病と闘っていることを知らされた。余命宣告を受け、両親は小沢に真実を伝えて婚約を解消しようとしたが、小沢は頑なにそれを拒否し、家族同然に看病を続けてきたのだそうだ。痩せこけた小沢の顔を思い出し、園村は胸が痛んだ。

 そうこうするうちに、美雪は集中治療室に移され体中に管をつながれてしまった。園村は何度も病院から小沢の携帯電話へ連絡を入れたが、通じなかった。後で聞いたことだが、小沢は携帯電話の電源を切っていたのだそうだ。病院からの連絡を聞いてしまうと、仕事に集中できないという理由からだった。

運命の瞬間

 それから数時間が経過し、時刻は午前3時を少し過ぎていた。園村は廊下の長椅子でウトウトしていると、「美雪! 美雪?!」と叫ぶ母の声にハっとして気付いた。……そのとき美雪の心臓は停止した。

 母のすすり泣く声が聞こえるなか、一体何分が経過したのだろうか、園村は息苦しさをぐっとこらえて小沢が来るのを待った。そして、医師たちの必死の蘇生術によって、奇跡的に美雪の心臓は再び動き出し、鼓動を伝える電子音が再び病室に響き始めた。園村は一刻も早く小沢がこの場に到着することを祈り、この時ばかりはなぜ新システムをあと1カ月早く稼働させることができなかったのかと悔やんだのだった。

 そして、空が次第に明るくなり始め小鳥のさえずる声に園村が気付いたころ、ついに美雪は帰らぬ人となった。泣き崩れる両親に、園村は何の声も掛けてあげられなかった。あまりにも早過ぎる美雪の最期。そして、遠くから階段を駆け上がる音が聞こえてきた。

 小沢だった。疲れ切った体を引きずり息を切らして廊下を見回し、園村を見つけた。

小沢 「園村さん!」

 駆け寄ってきた小沢に、園村は悲痛な表情を浮かべた。それですべてを悟った小沢は、ふらふらと病室へ入っていった。冷たくなった美雪と対面し、ベッドの横に立ちすくんだままの小沢に美雪の母が寄り添い、彼の背中をさすりながらいった。「ありがとう、ありがとう……」。

 父が小沢に紙袋を1つ渡した。彼が中を開けてみると、白い手編みのニット帽が出てきた。それは美雪が病床で編んだものだった。間もなく訪れる彼の誕生日プレゼントに渡すことにしていたものだ。ニット帽には、水色の雪の結晶の刺繍が付いていた。

 小沢が震える手で帽子を持ち上げると、中から小さいカードが出てきた。カードにはメッセージが付いていた。

「たかおくんお誕生日おめでとう。この帽子、たかおくんの手の温かさに負けないくらい、あったかいよ! いつも、ありがとね!」

 小沢は「うぅ、うぅ……」と声が出るのを懸命にこらえていたが、やがて美雪にすがり、大声で泣いた。

 後日、園村が小沢と再会したとき、園村はかけがえのない言葉を小沢から聞くことになった。そのとき、小沢は涙を流しながら園村にこう語った。

小沢 「園村さん、あの日あの場にあなたがいてくれたことに感謝します」

 園村はそっとほほ笑みを返した。

小沢 「園村さんが初めて相模原を訪れたときに、私がすぐに要請に応えていたなら、新システムはもっと早く完成して、あの日私がいなくても配送計画はできていたのでしょうか?」

 園村は少し考えてから答えた。

園村 「ええ……。できていたかもしれないですね」

 小沢は深呼吸をして言った。

小沢 「そのことと美雪のことはどうか気にしないでください、自分で決めてそうしたことですから……」

 園村は、小沢にかけてやる言葉を見つけられずにいた。

小沢 「私が病院に行かないと言ったあのとき、園村さんは『あなたが行かないでどうする!』と私に怒鳴りましたよね。あれ、すごく怖かったです……。いまはやっぱり園村さんの言うとおりだと思っています。それにしても、システムってやっぱりすごい力を持っていますね。園村さんの仕事、すてきです。これからも協力しますから、ぜひ素晴らしいシステムを完成させてください」

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