業者イジメはパワハラ? コンプラ違反?読めば分かるコンプライアンス(11)(3/5 ページ)

» 2008年09月24日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]

出世欲が招いた大チョンボ

 居酒屋で神崎と飲んだ日の翌日、それは転職フェア本番の3週間前になるのだが、転職フェアプロジェクトの定例ミーティングが行われた。このミーティングにおいて、転職フェアプロジェクトの基本的な項目の詳細が最終的に決定され、その後は、各メンバーはこの最終決定に従って、その内容を実現させるために手配/作成作業に入っていくのである。

 西山は、会場設営担当者として、会場の仕上がりイメージと必要設備の概要を説明し、それを実現させるための作業スケジュールを発表し、そのための経費見積額は「291万円」となる旨を申告した。もちろん、スケジュールと見積額は自分の“勘”で作ったものだなどということは、おくびにも出さなかった。

 西山の申告した設備・スケジュール・見積額は、プロジェクトミーティングにより正式に承認された。これにより西山は、その設備・スケジュール・見積額の実現を約束したことになり、それが西山の評価対象として確定したことになったのである。

 定例ミーティングの直後、西山はフェニックス社の富岡社長に電話して、その日の夕方に打ち合わせのために来社してもらった。

 西山は富岡社長に、定例ミーティングで承認を受けた設備内容とおおよその作業スケジュールを説明し、「この仕事を、大体290万円前後でやってもらいたい」と要請した。それに対して富岡社長は、「設備内容とスケジュールは理解した。スケジュールについては微調整が必要かもしれない。見積額については、検討する時間をもらいたい」と回答した。

 そこで西山は、3日後に再度打ち合わせをすることにした。

自分のミスをもみ消すためにやること

 3日後。施設管理部の会議室。

西山 「いやあ、富岡さん、何度もご足労掛けてすみません」

富岡 「なぁに、仕事ですから」

西山 「で、早速ですが、スケジュールと見積もりはどんな感じでしょう」

富岡 「ええ、スケジュールはほとんど問題ありません。若干、作業の順番を変えた部分がありますが、大体西山さんの引いた線で進めていけますよ。西山さんも素人とはいえ、さすが経験者ですね。ただ、見積額ですが、正直いって290万円はちときついですね」

 西山は、富岡社長が差し出した見積書を見て愕然(がくぜん)とした。「工事見積総額」の欄には「378万円」という数字が表記されていた。プロジェクトの定例ミーティングで約束した「291万円」を87万円もオーバーしているではないか!

 西山にとって、到底認められる数字ではない。彼は猛烈な勢いで値引き交渉を始めた。

 西山にとってみれば、定例ミーティングで承認された見積額をこのタイミングで変更することは、自分の“勘”で仕事をしていたことを暴露することになる。そうなれば、確実に評価は下がる。自分の生涯設計からすれば、今回の転職フェアプロジェクトでは、何としても「A評価」を得なければならない。承認された「291万円」を上回る見積額は絶対に認められない。

 富岡社長も顧客の意向に応えるため、できるかぎりの妥協、譲歩はしたが、どうしても無理な事柄もあるし、自社の利益も考えなければならない。値引き交渉は長時間に及んだ。しかし、富岡社長が「これ以上は逆さにされても鼻血も出ない」といって提示した金額は、「346万円」だった。当初の額からは32万円の値引きとなるが、西山の将来を保証する「291万円」から見れば、まだ55万円もオーバーしている。とても認められるものではない。せっぱつまった西山は、最後の一計を提案した。

西山 「富岡さん、分かりました。では、見積額は346万円としましょう。ただ、1つお願いがあります。見積額が変わったんだから、この見積書は正式なものに作り直してもらうことになりますよね」

富岡 「ええ。そうなりますね」

西山 「正式な見積書は、『291万円』で作ってほしいんですよ。もちろん、346万円はお支払いします。ただ、差額の55万円の支払いを先延ばししてもらいたいということなんです」

富岡 「先延ばしといっても……」

西山 「実は、まだどこの業者にもいっていないんですけど、当社では、今年の暮れに、またリモデリング工事を予定しているんですよ。それで、その工事のデザイン業務を御社に発注することにします。なぁに、この仕事は私に任されているから、私が御社に発注すると決めればそうなります。工事総額は大体2000万円前後、そのうちデザイン業務は大体700万円くらいだと思います。で、今回の差額の55万円を、そのときの請求に入れ込んでもらいたいんですよ。つまり、今回の見積額の346万円のうちの55万円の支払い時期を、暮れのリモデリング工事の請求時まで先延ばししてもらいたいんです。これなら可能でしょう? え? 心配? ……なら、誓約書でもなんでも書きますよ。ね、お願いしますよ?」

 西山は言葉を変え表現を変えて、このアイデアを富岡社長に説得した。自分の将来がかかっているのである。必死の思いであった。

 ついには、富岡社長も西山の執拗(しつよう)さに負けて、この提案に同意してしまった。自社のような弱小企業にとって、32万円の減収は痛い。しかも、55万円もの代金の受け取りを先延ばしされると、直近の資金繰りが綱渡り状態になることは必至だった。

 けれども、今年の暮れのリモデリング関連の仕事を受注できるのは魅力だし、ここで55万円の受け取り時期に固執して優良クライアントであるグランドブレーカー社を失うのは、最も恐ろしい事態だと考えた末の判断だった。

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