業者イジメはパワハラ? コンプラ違反?読めば分かるコンプライアンス(11)(5/5 ページ)

» 2008年09月24日 12時00分 公開
[鈴木 瑞穂,@IT]
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結局“急がば回れ”だった

 それから3日後。神崎は赤城に誘われて、会社の近くのレストランで赤城と昼食を共にしていた。

 赤城は、神崎からフェニックスの富岡社長の電話の件で報告を受けた後、西山を呼んで詳しく事情を聴き取った。そして、経理部長、総務部長と相談のうえ、フェニックスに対してすぐに55万円を支払い、施設管理部長、人事部長と相談のうえ、西山の評価を「C評価」とすることで、西山個人に対する処分とすることを決定した。

 そしてこの日、西山と個人的に仲の良い神崎がこの件を気にしているだろうと思い、昼食に誘ったのだった。

神崎 「で、西山は『C評価』ということで一件落着ですか……。クビにはならないんですね?」

赤城 「そうだ。こんなことでクビにしたら、それは少し行き過ぎってもんだろうな」

神崎 「それは、やっぱり、その、契約書を作っていなかったから、ぎりぎりセーフだった……ってことですか?」

赤城 「え? 何をいいたいんだ?」

神崎 「だから、その……、契約書を作っていなかったから、55万円の支払を延ばしても契約違反にならなかった、ということなんじゃないんですか?」

赤城 「ははぁん。契約書を作っていなかったから契約はなかった。だから契約違反もなかった、と考えてるわけだな」

神崎 「ええ。違うんですか?」

赤城 「違うね。契約は、契約書がなくても成立するんだ。西山くんが富岡社長に発注して、富岡社長がそれを承諾すれば、わが社とフェニックス社との間で契約は成立するんだ」

神崎 「へぇ……。でも、実際の見積額よりも55万円も安い見積書を作らせていますよね」

赤城 「ああ。それは支払い方法についての合意になるんだ。つまり、西山くんは、見積額が346万円であることは認めているわけで、55万円は支払わない、といったわけではない。346万円のうち291万円はこの日に支払うが、残りの55万円は別の日に支払う、という条件を設け、富岡社長もそれに合意している。つまり、そのような内容の契約が成立したわけで、だから、契約違反は生じていないということになるんだ」

神崎 「そうなんですか。契約書がなくても契約は成立する……、ですか。でも、西岡はただのシニアスタッフですよ。契約を結ぶ権限なんてあるんですか?」

赤城 「ほぉ、いいところに気が付いたな。もちろん、西山くんはわが社の代表取締役ではないが、いままでわが社は、彼が発注した取引について会社としての責任を果たしてきた。それはつまり、わが社は西山くんに一定の業務について契約を結ぶ権限を委譲していると見なされることになる。わが社は、『西山はスタッフだから、西山の作った契約は無効だ』とは主張できない、ということなんだ」

神崎 「そうなんですか……。よかった。僕は、西山が法律的に何かまずいことをしでかしたことになるんじゃないかって、ちょっと心配だったんですよね」

赤城 「確かに契約違反はないけれど、客観的に見ると、富岡社長に対する西山くんの発言は、独禁法に該当する可能性が高い。いわゆる『優越的立場に基づく不当な取引』ってやつだ。ただ、富岡社長との関係がこじれる前だったから問題にならなかったが……」

神崎 「そうですか…。でも、ということはですよ、西山には、法的にまずいことは何もないということですよね。そうなると、『C評価』という人事処分は、チトきついんじゃないんですか?」

赤城 「いや。違う。西山くんは、法律違反は犯していないけれど、もっと大事なことに違反しているんだ」

神崎 「?」

赤城 「西山くんの行為は、フェニックス社という大切な業者の信頼を損なわせるような行為だろう。これが重大なコンプライアンス違反なんだ」

神崎 「え? いきなりコンプライアンスですか?」

赤城 「コンプライアンス違反に、いきなりもゆっくりもないけどな」

神崎 「でも、西山は何も悪いことはしてないんでしょう?」

赤城 「だから、悪いこと=法律違反と考えれば、西山くんは悪いことはしていない。でも、法律違反ではないけれど、会社にとって悪いことってのは、あるんだよ」

神崎 「それは?」

赤城 「神崎、企業活動の目的は何だ?」

神崎 「そりゃ、利益を上げることですよね」

赤城 「そうだ。では、利益を上げること以上に大事なことは何だ?」

神崎 「利益より大事なこと?!」

赤城 「それは、利益を上げ続けることだ。つまり、企業が継続的に成長していくことが大事なんだ。そのためには、お客さんや従業員、業者や株主などの関係者の信頼を失わないことが必要だ。そのような信頼を維持していこうとするのがコンプライアンスの本質なんだ。西山くんの今回の行動は、フェニックス社という大事な業者の信頼を損なうような行為だ。しかも、西山くんの行為は、自分の人事評価が悪くなることを回避したいという動機に基づいている。自分の評価を良くしようとすることは当然のことだが、そのために業者に犠牲を強いてよいということにはならない。そんな動機で会社の安定的成長を危険にさらしているんだから、西山くんの行為は法律に違反していなくても、明らかにコンプライアンスに違反していることになる」

神崎 「なるほど、ですね」

赤城 「もっとも、会社側も反省しなければならない。特に、人手不足のために一連の業務をシニアスタッフに任せっきりにしていたところは、すぐにでも改善すべきだな」

神崎 「じゃあ、僕は西山にみっちり説教してやりますよ。西山のやつ、おれより先にマネージャを狙っていたなんて、ふてぇ野郎だ」

赤城 「そうだな。今度飲みにでも誘って慰めてやることだな。彼なら、今回の『C評価』もすぐにばん回できるだろうし」

神崎 「ええ、そうします!」

【次回予告】
 出世欲を優先するあまり、取引先業者にイジメとも取れる無理な取引を実行し、結局失敗してしまった西山。西山の行為は赤城が指摘したように、法律的には問題ないがコンプライアンス上は大問題だといいます。次回は、この問題をコンプライアンスの視点から詳しく分析します。なお、次回は9月25日に掲載予定です。お楽しみに。

著者紹介

▼著者名 鈴木 瑞穂(すずき みずほ)

中央大学法学部法律学科卒業後、外資系コンサルティング会社などで法務・管理業務を務める。

主な業務:企業法務(取引契約、労務問題)、コンプライアンス(法令遵守対策)、リスクマネジメント(危機管理、クレーム対応)など。

著書:「やさしくわかるコンプライアンス」(日本実業出版社、あずさビジネススクール著)


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