今から2年前、ITmediaではある“素人サイト”を紹介した。サイトの名は、「brst.TV」。お笑い芸人のネタ映像を、個人が自費で無料配信するというものだった(記事参照)。
そして月日は流れ、2004年1月31日。東京・渋谷で開催された「@niftyホームページグランプリ2003」で、brst.TVは3830件の応募サイトの中から、見事グランプリを獲得した。運営者の宮谷大氏も、いまや会社を設立して、そこの社長に就任するのだという。
ちょっとしたサクセスストーリーを、現在進行形で演じている宮谷氏に、再び取材を行った。
2年前、記者が取材した当時の宮谷氏は、専門学校「デジタルハリウッド」の卒業生だった。
その後の道のりを振り返りながら、同氏は「とにかく貧乏でしたね」と笑う。
「もっと貧乏な人もいるでしょうが……なにしろ、新しい服が買えなかった(笑)。用があって出かける時でも、電車代しか使わない。辛かったのは、2つ用事があって間があいたとき。普通なら、喫茶店でも入って時間をつぶすところですが、公園でひたすら座っていました」。
個人でサイトを運営する以上、当然とはいえサーバや撮影機材などは自費で購入する。その上で、生活費を捻出しなければならない。実家暮らしのため、食事の心配だけはせずに済んだのが、幸いだったという。
「お札を使ったら、お釣りの小銭はビンに入れておくんです。そして、いよいよ困ったときにそのお金を使う」(同氏)。こんな倹約生活を続けて、サイトを運営していたという。
周りでは、友人、知人が就職して“社会人”らしいお金の使い方をするようになる。宮谷氏1人が、とり残された格好だったが、不安はなかったのだろうか。
「就職活動は、しませんでした。brst.TVがおもしろかったので、就職してこれをやめる気にはならなかった。別に、ベンチャーを狙っていたわけではないですが……。お笑い芸人さんがいて、そのネタを配信する場を作るということは、社会的な役割があると思っていました」(同)。
そうやって、昨年の9月頃まで「お金もなく、手ごたえもなく、先も見えず、どうしようかと思いながら」(同氏)サイト運営を続けていた宮谷氏。だが、これまでの苦労に報いるかのように、状況は突然、動き始める。
「昨年末、立て続けに4つの賞をいただいてしまった。Webウェブクリエーション・アウォード「WEB人発見!」、デジタルコンテンツグランプリ、インターネットぐんま夢大賞2003、そして「@niftyホームページグランプリ2003」」。
借金やローンで、賞金は消えてしまったものの、「なんだかミスコン荒らしみたいだ」と宮谷氏は笑う。
こうした表彰の場に出席することが、宮谷氏にもう1つメリットをもたらした。Web事業に携わる、多くの人と知り合う機会が持てたのだ。例えば、ヤフーの井上雅博社長と名刺を交換した後、事業部の人間から連絡が入ったりしたという。
その中で、brst.TVに興味を持ち、出資してくれる人間も現れるようになる。
実は、それまでにも出資を申し出る声はあった。ただ、信頼に足ると感じられる相手ではなかったという。
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