ADSLの上り帯域拡張方式をめぐり、昨年秋以来、TTC(社団法人情報通信技術委員会)・DSL専門委員会スペクトル管理サブワーキンググループ(SWG)で果てしない論争が繰り広げられていることは、過去にも何度かご紹介してきた。3月26日に開催された直近の会合でも、スペクトル管理基準を定めた「JJ100.01」の改訂をめぐって激しいつばぜり合いが演じられていたが、それとは別の場所でもう一つの論争が繰り広げられている。
その「もう一つの場所」は、総務省の情報通信審議会・情報通信技術分科会、ITU-T部会、伝達網・品質委員会だ。4月1日に行われた同委員会の会合では、4月19日よりジュネーブで開催されるITU-T SG15会合を前にして、国内の参加者から同会合に提案を予定している寄書に関する審議が行われた。しかし、やはり同委員会でもADSLの上り拡張をめぐり白熱した議論が交わされている。果たしてどのような議論が行われたのか、本稿ではその内容をご紹介したい。
今回は、ソフトバンクBB(SBB)が提出した寄書の中で、上り信号の周波数帯域に4M〜5.104MHzを使う新方式のデータが示された。もともと3.75M〜5.2MHzの帯域は、ITU-Tで標準化が進められている「VDSL1」の上り信号伝送帯域として定められており、以前から同帯域を上り信号の伝送に使うというアイデアは関係者の間では議論の対象になっていた。3月26日のスペクトル管理SWG会合においても、米Conexant(旧GlobeSpan Virata)から「SU-Q」方式として同様の方式の提案が出されたが、果たしてそのスペックはどのようなものか。
というわけで、上の<図1>が、同寄書の中で示された上り伝送速度の比較だ。これを見ると、0.4ミリ径のメタルケーブルを使用し、周囲の干渉源として同じ方式の回線が10本ある状態、かつ線路長が約500メートル程度の時、従来提案されてきた上り拡張方式では上り速度が2.6Mbps程度にとどまるのに対し、新方式は約6Mbpsの上り速度が実現できるという。これが事実なら、かなり有望な方式だといえる。
また、同方式は既存のADSLの下り信号には干渉をもたらさないことから、現在TTCのスペクトル管理SWGで問題になっている「上り帯域を拡張すると下り信号に対して大きな干渉が起こり、下り速度が大きく低下する」という問題が生じない。このため、サービスの導入に事実上ストップがかけられている他の上り拡張方式と異なり、今回の新方式を利用すればいち早く上り帯域を拡張した新サービスを開始できる可能性がある。SBBがこのような提案を出してきたということは、Yahoo! BBでこの方式を利用して実現することを狙っているのではないだろうか?
ただし、<図1>を見てもわかるように、今回の新方式は線路長が1キロを超えると急激に上り速度が低下して使い物にならなくなってしまう。この点についてSBBは、「上りの周波数帯域を一つに限る必要はない。従来のADSLの上り帯域(25〜138KHz)と4MHz以上を併用する形を取り、とにかく上りと下りの周波数帯域を分離していけばいいのではないか」としている。また、今後その方向でチップセットメーカーとの共同開発などを行っていきたいとの意向を示した。
委員会の席上で、もう一つ大きな話題となったのが、上り帯域拡張方式としてITU-Tで標準化が進められている「G.992.3 AnnexM」並びに「G.992.5 Annex M」(以下2つをまとめて「Annex M方式」と略す)に対してSBBが申し立てている反対意見の扱いだ。
Annex M方式については、昨年10月のITU-T SG15会合で標準化に向けた基本合意(コンセント)が行われたものの、その後に行われたAAP(Alternative Approval Process:本来は誤記修正などを受け付ける手続き)でLast Call(LC)Commentの募集に対してSBBが反対意見を提出したため、標準化の作業がストップ。その後、1月にシンガポールで行われた中間会合を経ても議論は収束しなかった。今回の同委員会にNTTが提出した寄書によれば、「LCコメントとしては不適」として「不採用」とするとの回答がADSLエディタよりSG15議長に提出された。
それに対するSG15議長の返答は、「G.992.3 A2;G.992.5 A1;G.992.5 C1; LC comment resolution has not been achieved; LC texts and all comments revived to go back to the next SG15 meeting.」(同委員会の資料13-1、6ページより引用)だった。ということで、今度のSG15会合に結論が持ち越されている状況だ。
この字面だけ読めば、確かにSBBの意見が容れられて、議論が差し戻しになったように読めなくもない。しかし、ほかの参加者からは、「SG15議長からは『Annex M方式は一度標準として成立させた上で、ソフトバンクBBの提案は(成立済みの標準に対する)修正もしくは拡張の提案として扱えばどうか』というコメントが出ていたはず」(イーアクセスの小畑至弘氏)、「AAPでは新しい提案の追加は盛り込めないことになっており、基本的には前回合意したものをそのままコンセントするしかない」(NTTの前田洋一氏)など、SBBがいくら反対意見を出しても標準化は止められないとの指摘が続出。それに伴い、SBBに一度反対意見を取り下げ、改めて修正提案として寄書を出し直すよう求める声が多数を占めた。
これに対し、SBBの筒井多圭志CTOは、「拡張アップストリームは慎重に扱うべきという方針は変わらず、お客様のことを考えると反対意見の取り下げはできない」と、提案は呑めないとの姿勢を表明。このため、場合によっては、同方式を標準として成立させるために、SBBの反対意見を日本代表団の代表者が取り下げるという異例の形を取らざるを得ない可能性が出てきている。最終的には「現場における総務省の判断に委ねるしかない」(前田氏)ということなのだが……。
ちなみにSBBは、AnnexM方式に対する追加提案として、以前スペクトル管理SWGにおいてConexantが「EU-G」方式として提案したのに似た上り信号のスペクトル(総送信電力を13.5→12.5dBmに変更したもの)を、アッカ・ネットワークスとの共同提案の形でSG15会合に提出する方針。同社の入部良也氏は、「(AnnexM方式に対する)反対意見を取り下げれば、そのことによって弊社提案の扱われ方が変わってくる可能性がある」と指摘し、反対意見を取り下げない理由の一つに挙げている。
今回、SBBは上り帯域拡張方式に対し、ConexantのSU-Q方式やEU-G方式をベースとしたさまざまな対案を出してきて「単に反対するだけではなく、双方にとってメリットのある方式を検討したい」との姿勢を示した。しかし、このことが今後、ITU-Tはもちろん、TTCなどの議論にどのような影響を及ぼすのか。実サービスへの投入時期にも絡むだけに、今後の動向を注視する必要がある。
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