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コラム
» 2004年04月30日 10時09分 公開

ソニー、「音作り」の哲学を語る (3/3)

[本田雅一,ITmedia]
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 また、5.1チャンネル、あるいは6.1チャンネルと音源のチャンネル数が増え、それに伴ってアンプ側のチャンネルも増加。現在、単体機種として販売されているAVアンプのほとんどが7チャンネル分以上のパワーアンプを内蔵する。消費電力やそれに伴う熱を考えれば、デジタル信号のまま増幅を行うデジタルアンプ化は自然な流れだったのである。

 しかし、世の中を見るとデジタルアンプで、ピュアオーディオ的に良い音を出している製品は極めてマレだ。100万円を超える趣味性の極めて強い製品以外、音は確かにクリアであるものの、“音の質”としては良質のアナログアンプの方が優れている場合が多い。なぜだろうか?

 金井氏の答えは「デジタルアンプの音が良くないのは、それを良くするためのノウハウが確立されていないからですよ」と明確だ。

 「アナログアンプなら、もう20年以上も設計してきているため、どのようにすれば思ったような方向に向かうのか、あらかじめ分かっている。しかし、デジタルアンプではアナログアンプでの常識が通用しない。配線の引き回しひとつとっても、常識が異なるんです。アナログの場合、最初の設計の段階でそれまでのノウハウをある程度詰め込んでおけるため、その後のチューニングも楽になりますが、デジタルの場合はとりあえず作ってみないとどんな音になるか分からない。(その上)チューニングのノウハウもない」(金井氏)

 実はDA9000ESについて、設計直後の音を試聴したあるAV評論家の方に話を聞くことができたのだが、彼によれば「最初の音は、例えるならラジカセ以下。バランスも悪く、何ら気持ちよさがない。当時のメモには13点と記した」という。

 その段階から1000以上の改良を施し、試行錯誤でチューニングを行った。視聴室でネジの位置を変え、トルクを変え、重量物の固定方法を変えていった。金井氏によると、デジタルアンプの方が、こうしたチューニングによる音の変化は大きいという。前述の評論家氏は「途中までは、音は変わっても、良い方向には向かっていなかったのが、ある時点から急にどんどん音が良くなりはじめた」と話す。

 「もう最初はTA-F777ESの時と同じ状態です。何をやってもうまくいかない。何かを変えても変化が予測できない。量産品として安定した質を提供できるかさえ分からない。毎日、夜中まで試聴しては悩み、変化を加えてみるといった試行錯誤を繰り返し、TA-F777ES以来の心身症になって薬を飲み続ける日々が続きました。年末の製品発売に、よくぞ間に合ったというギリギリの戦いでした」と金井氏は振り返る。

苦心の成果を手に、満足そうな金井氏

 その工夫は、例えばアンプモジュールの固定方法だったり、アンプ出力段のMOS-FETをベアチップ搭載すること(*3)だったり、あるいはデジタル信号を引き回すケーブルの位置だったり、ケーブルをまとめるナイロンストラップの締め付け具合だったりする。

ソニーの血は受け継がれる

 このインタビューの前、実際の製品をiLINK出力対応のSACDプレーヤー「SCD-XA9000ES」とともに自宅で試用させていただいていた。それまでは、わが家のスピーカーはソナス・ファベールというイタリアメーカーのAV用スピーカーシリーズで、フロントスピーカーを同じイタリア製のユニゾン・リサーチが作る「S8」という真空管アンプで、それ以外をソニーのTA-N9000ESで駆動する構成だった。

 オーディオ機器としてはエントリーレベルの構成だが、マルチチャンネルはともかくとして、2チャンネルステレオの音でAVアンプの方が良いなんてことはないだろう――思い返せばいささか失礼ながら、そんな疑いの気持ちを持ちながら電源を入れてみた。

 するとちょっと驚くような新鮮な音が出てきた。それまであまり聴いていなかったCDやSACDを引っ張り出し、「あれ? あれ?」と首を傾げながら、それまでとは違う音を繰り返し試聴を続けた。

 オーディオ評論的文章になってしまうが、音の出方が常識的なアナログアンプとは全然違うのだ。特に音が終わる、収束する時にスッと消えていくS/N感の良さや、音の立ち上がりの速さ、スムースさは「本当か?」と疑うほどだ。

 中高域から高域にかけてのS/N感が良く、スカッと抜けるように明るく透明感がある音。低域もスピード感よく立ち上がり、素早く収束する締まりの良さが印象的……なんて表現すればいいのだろうか?

 同じ金井氏が手がけたアンプだけに、TA-N9000ESと傾向は似ているが、その質はずっと高次元でバランスしている上、N9000ESにはない解像度がある。音像がしっかりとして、輪郭が見えてきそうな印象だ。まさか自分のスピーカーから出ている音とは思いにくいほどの変化だ。

 「僕の音は、まぁだいたいそういう感じの音です。デジタルアンプは原理的には、非常に有利な方式です。スピーカーを駆動する直前までデジタル信号のままで、直前にLCフィルタでアナログにします。しかし、その前のデジタルの段階で、音が悪くなってしまっていた。今回、非常に苦労はしましたが、自分の力以上をこの製品では発揮できたと思います。デジタルで音を良くするノウハウを得ることができました」と金井氏は胸を張る。

 金井氏がチューニングを続けた昨年6月から10月25日までの数カ月の間、前述したような細かな変更を試し、千葉で設計・開発作業を行っていた松村氏に「ここをこう直して欲しい」「こうすると音がこう変化する」といった指示を出し続けた。1日に送るメールは数100行にも渡るものだったという。送る方も送る方なら、受ける方も毎日必死だったハズだ。

 どうやら金井氏は松村氏に、ソニーの音を作るためのノウハウを伝授しようとしているようだ。

 松村氏は「父親がオーディオ関係の技術者で、ソニーに対する憧れのイメージもあって、中学時代からソニーでオーディオ機器を作りたいと思い続けてきました。実際に入ってみると、オーディオのノウハウや技術を持っている人がたくさんいる。その中で、半ば野放し状態で“やってみろ”と言われて設計を続けてきた。自由にやらせてもらい、その上で“音を良くする”方法を先輩から学ぶやり方は、ソニーの企業文化なのかもしれません」と話す。

ソニーEMCS木更津TECHAVビジネス部門 商品設計部設計1課の松村茂男氏

 DA9000ESで得たノウハウは金井氏のものであると同時に、松村氏のものでもあるはずだ。ソニーはDA9000ES以外にも、海外でDA5000ES、DA3000ESなどのデジタルアンプ採用AVアンプを発売している。

 しかし、金井氏は一人しかいない。「DA9000ESを先行開発する中で得られたノウハウは、他の製品にも反映はしているのですが、なにしろDA9000ESで手一杯でしたから、同じシリーズでも、DA9000ES以外は私が“音決め”を行っていません。よってそれらは全然違う音質です。日本は音質の違いに対して、もっとも厳しい意見が返ってくる市場ですから、日本ではまだ発売していないんですよ」と金井氏。

 しかし金井氏がそうだったように、自分で設計したアンプを先輩からの指示通りに直し、その音質の変化を感じるうち、それがいつしかノウハウとして松村氏に伝えられていくのだろう。

 僕はこれまで、ソニーという会社はAV製品の質に関して、ある意味非常に“さばけた”スタンスを持っていると思っていた。一般ユーザーがそれなりに満足する“ある程度の品質”をクリアすれば、あとはスペックや機能、デザインやユーザーインタフェースの改善に力を注ぐ――そういう割り切りの良さこそがソニーだと考えていたのだ。

 もちろん、実際に同社にはそうした部分もあるのだろう。ソニーはローエンドからハイエンドまで、またポータブルオーディオからハイエンドのAVアンプまで、実に多彩な製品を扱っているから。しかし、多くの総合家電メーカーがオーディオ部門を切り捨てた中で、未だにリクツだけでは解決できない音質改善を行う技術者を育てている。

 この非常にアナログチックな、効率的ではない“AV屋ならではのノウハウ”を、これからのデジタルネットワーク、デジタルホームの時代に生かしてほしいものだ。かつてのピュアオーディオと同じように、AV市場もいずれは品質指向が薄れ、単体AVアンプの市場は狭くなっていくのかもしれない。

 しかし、映像や音に関するノウハウは、不要になることはないだろう。どのような映像、どのような音が良いかを知っていることは、コンシューマー製品を作るベンダーとして大きな強みにもなり得る。あとは、ソニーがその資産を生かすだけだ。


*3 シリコンダイのまま実装する手法。熱歪みによるパッケージからのストレスがないため、電源投入後の音質変化が少ない。

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