アジア初の総合ビジュアルコンテンツマーケット「東京国際フィルム&コンテンツマーケット2004」(略称:TIFCOM)が25日に開幕し、「デジタルハイビジョンコンテンツの魅力と可能性」と題するセミナーが行われた。映画監督の小栗康平氏をはじめ、在京キー局の番組制作担当者などが出席し、現場から見たデジタルハイビジョンの魅力と苦労を語った。
基調講演を担当した小栗監督は、来週公開される新作「埋もれ木」を、NHK技術研究所のHARP超高感度カメラを使用してデジタルハイビジョン撮影している。そして、従来のフィルムと大きく異なる新しい“道具”に好感を抱いたようだ。
「基本的にフィルムというのは、光をあてないと映らないものだ。まず十分な光を確保し、それからFを絞って奥行きを表現する。しかし、ハイビジョンカメラはむしろ、外から入ってくる光を“どう遮るか?”が問題だった」という。いわゆる“あて黒”のように、光をあてて黒を表現する際は、フィルムならキロワット単位の光が必要になる。これに対し、ハイビジョンカメラでは「数百ワットの光できちんと奥行きが出る」。
この違いを、単に技術の違いとして片づけることは簡単だ。しかし、たとえば森や山のような巨大な“黒”を撮影するときなどは、決定的な違いが出るという。つまり、従来は光をあてても一部分しか撮影できなかったのに対し、ハイビジョンカメラを使うと「肉眼で見たときに近い映像が撮影できる」という。もちろん、これは高解像度化というより、HARP技術による部分が大きいはず。ただ、はっきりしているのは、クリエーターの創造性を広げる、新しい手法が登場したという点だ。
「今まであり得なかったことが現実に起きている。単に線(走査線)が多ければいいというわけでもないが、ビデオから生まれたこの道具を、映画にも活用していきたい」(同氏)。
ハイビジョンの魅力は、映画ばかりではない。パネルディスカッションに登場したNHKの池尾優氏は、1990年代からハイビジョンに取り組んできたが、その経験の中にはハイビジョンが“生放送”の魅力を増した印象深いケースがあったという。
NHKでは、昨年11月に“南極プロジェクト”の一環として皆既日食の模様を2時間にわたってカナダと米国に中継した。撮影場所は、上空1万メートル。望遠レンズを使い、太陽が月の影に隠れる様子を大きく撮影した。「ハイビジョンの高画質&大画面は、臨場感を増し、見る人に感動を与える。後でカナダの視聴者から“アポロの月面着陸以来の感動だった”という投書をもらった」(池尾氏)。
一方、フジテレビ編成制作局エグゼクティブディレクターの杉田成道氏は、10年ほど前からハイビジョン撮影に取り組んでいるドラマ「北の国から」のエピソードを紹介した。
「最初の問題は、画面の比率だった。もともとハイビジョン収録(16:9)のため、NTSC(4:3)の画面では構図が異なってしまう。たとえば、横から人がフレームインするような場面では、左右が切れるから“空フレーム”が生じてしまう。両方に合うようにしたくても、カメラマンは『撮れない』と言うし、スポンサーも納得しない」。
このため、NTSCに出すときは、カットごとにカメラマンが構図に合わせてトリミングをしていたという。「北の国から」は、裏話も涙を誘う。
こうした苦労を伴っても、高画質化の恩恵はそれ以上に大きかったようだ。たとえば役者の「感情表現」のような、NTSCではわかり難い部分も、ハイビジョンなら画面の上に表現してくれる。「感情が高まり(役者の)顔が赤くなるところもハイビジョンなら表現できる。視聴者は、それに引き込まれる」。
ただ、いわゆる“見え過ぎ問題”は重要な課題だという。見え過ぎ問題とは、画質の向上により、制作側が見せたくない部分まで視聴者の目に入ってしまうこと。たとえば、出演者の顔に髭の剃り残しや小皺があったら、視聴者も、出演者も、そして制作者も気分が良くないだろう。事実、「北の国から」がハイビジョン放送されたときは、「純君に白髪を発見」などと話題になったこともある。
決して良いことばかりではないハイビジョン化。デジタル化と機器の進歩によって作業効率は上がり、負担は少なくなったが、同時に制作側は、コンテンツの質と、それに伴う労力をも求められることになった。映画監督の安藤紘平氏は、こう指摘する。「ハイビジョン化で情報量は5倍になるが、そのぶんハイクオリティでなければならない。それができなければ、逆に“5倍の見にくさ”に繋がってしまうだろう」。
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