ITS世界会議は世界中のITS関係者が一堂に会し、研究開発成果の発表、情報交換、商談などを行うカンファレンスで、1994年から毎年行われている。
ITS世界会議を主催するのは、欧州のERITICO、米国のITSアメリカ、日本のITS Japanといった各地域のITS推進団体である。開催地は毎年持ち回りで設定されており、昨年はERITICOがホストで、開催地はスペインのマドリッドだった。そして今年、アジア地域の中で愛知県名古屋市が開催地として選ばれた。ITS世界会議が日本で開かれるのは、1995年の第2回以来9年ぶりである。
ITSとは、Intelligent Transport Systemsの略であり、道路交通システムそのものを高度情報化・知能化するコンセプトの総称である。ここには携帯電話業界のモバイル通信技術はもちろん、IT業界が持つあらゆる技術がつぎ込まれる。
なぜ、ITSが必要とされているのか。
その答えは10月18日の開会式で繰り返し語られた。開会式は3時間におよび、世界各国のITS分野のキーマンがスピーチするという内容だったが、そこで語られた内容は大きく3つの要素があった。「安全」「環境」、そして自動車産業の「持続性のある発展」である。
中でもITSの“本音”が語られたものとして印象深かったのが、アジア・ITS政府代表のリン・ジ北京市副市長のスピーチだ。
同氏は、「持続性のある(発展をする)交通社会を現在の発展途上国にまで拡げるには、ITSによる効率的な道路交通システムの導入が唯一の道筋である」と強調した。
これまでモータリゼーションは先進国だけのものだったが、中国の「汽車熱」に見られるように、モータリゼーションはアジア各国や東ヨーロッパなどに波及していく。しかし先進国のモータリゼーションを現在の姿のまま発展途上国にまで拡大したら、環境問題や資源枯渇が深刻化してしまうのは明白だ。例えば現在、世界的な原油高騰が起きているが、これはイラク問題に象徴される産油国における政情不安よりも、中国のモータリゼーションによる消費拡大の影響が大きい。原油消費量が増えるということは、排出ガスによる環境負荷が高まることも意味する。
西ヨーロッパ、米国、日本を代表とする先進国のモータリゼーションは成熟し、新車需要は頭打ちになっている。そのため、中国・インド・東ヨーロッパといった新興発展国のモータリゼーションは「自動車産業の生命線」(自動車メーカー幹部)である。だが、中国の汽車熱が原油価格高騰の一因になってしまったように、そこには資源枯渇と環境負荷の増大という大きなジレンマが存在するのも事実だ。
モータリゼーションを先進国だけの特権とせず、その上で自動車産業をさらに発展させるには、道路交通システムそのものを効率化する「ITS」が不可欠なのだ。その点でリン副市長の指摘は、中国をはじめ急成長するアジア諸地域を代弁する意見といえるだろう。
「安全」もまた、モータリゼーションの拡大に欠かせない分野だ。
クルマの総数が増えることは、交通事故の危険性が増すことにほかならないからだ。交通事故と被害者の急増は、自動車産業に対する風当たりを強くしやすい。モータリゼーションのブレーキを踏む可能性がある。
開会式でも、駐日欧州委員会代表部のバーナード・ゼプター大使と米運輸省道路交通安全局局長(NHTSA)のジェフリー・ウィリアム・ラング博士が、ITSによるクルマの安全性能の向上が、自動車産業の持続性のある発展のために不可欠であると強調した。
特に欧州は昨年のITS世界会議マドリッド以来、「eセーフティ」というコンセプトを欧州委員会全体で推進している。eセーフティは米国の位置測位衛星「GPS」に対抗する欧州独自の位置測位衛星システム「ガリレオ」を使う主要アプリケーションでもあり、自動車ビジネスから米国に対抗しようとするEUの重要なミッションである。開会式でも、ゼプター大使が「緊急通報システムなどeセーフティの重要なサービスの多くにガリレオが使われる」と紹介した。
このように、ITSには安全問題・環境問題という自動車のネガティブな要素を軽減させるという大義とともに、モータリゼーションと自動車産業の持続性のある発展を目指し、そこで主導権を握ろうとする自動車メーカーと各国政府の戦略がある。
ITSは自動車産業の大義と戦略において、非常に重要な分野である。しかし、どれほど優れたコンセプトや技術でも、ユーザーに受け入れられなければ存在する意味がない。誤解を恐れずにいえば、ユーザーにとって重要なのは、“まずは自らのベネフィット”だからだ。ITSが真価を発揮するには、いかにクルマの情報化を魅力的な商品に仕上げ、ユーザーに訴求するかが重要になる。
今回のITS世界会議で象徴的だったのが、ユーザーに対する商品化と普及シナリオの重要性に目が向けられたことだ。ITS世界会議はもとは研究者と技術者向けのカンファレンスだったのだが、今回は開催以来初の「市民参加」プログラムが多数用意された。ここが「従来のITS世界会議とはまったく違う」(第11回ITS世界会議総合プロデューサー 月尾嘉男・東京大学教授)という。
具体的には、DSRCや路車間通信システムなど先進安全技術の最新動向が実際の街を模したジオラマで展示される「ITSワールド」、一般人が見ても分かりやすいようにテーマ別にまとめられた「テクニカルツアー」などが用意された。また、国内外合わせた出展企業数が250社、出展国数は50カ国におよび、学術分野では20の大学が参加している。これは過去のITS世界会議でも最大規模だという。
実際に会場を見て回っても、民間企業の展示ブースを中心に具体的な商品やコンセプトモデルの展示が多い。華やかさではやや劣るものの、「IT版モーターショー」といっても差し支えのない雰囲気であった。
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