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写真と日本人(1/3 ページ)

» 2005年03月22日 12時39分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 一眼レフデジカメが、庶民にも手の届く価格になって以来、カメラに魂を吸い取られ、週に一度はカメラ関係のモノを買わないとイヤな汗が止まらないといった不治の病に冒されるケースが、IT業界を中心に散見されるようになった――ウソだけど。

 だが日本人の写真好きというのは、今に始まったことではない。いまでこそ家電総合量販店として知られるヨドバシカメラ、ビックカメラ、さくらやなどは、かつてはカメラ専門店だった。カメラとその関連製品だけで、新宿や池袋の一等地で店舗が成立し、人がごった返したのであるから大変なものだ。

 フィルムカメラの売れ行きに陰りが見えてきたころ、これらの店舗はこぞって一般家電製品中心の販売へ転換を果たし、成長した。そしてその後のデジカメブームが、これらの企業をさらに強大なものへと押し上げていった。

 初のデジタルカメラと言えば、多くの人が1995年に発売されたカシオの「QV-10」を思い浮かべることだろう。Appleファンならば、その1年前にAppleが発売したQuickTake 100が最初だと言うはずだ。

 だが最初に市販された製品ということでは、1986年にキヤノンから電子スチルビデオカメラ「RC-701」が発売になっている。開発の原点ということでは、調べた限りではソニーが1981年に、記録媒体にフロッピーディスクを使う「マビカ」の試作機を発表している。実際に製品として販売されたのは、1988年のことである。

家族の肖像

 今のようにデジカメが普及する以前にも、カメラというものがわれわれ日本人の生活の中で、身近な存在であったことは変わらない。明治生まれのうちのばあちゃんでさえ、法事で親戚が集まるたびに、コンパクトカメラで写真を撮っていたものだ。もし写真好きというか、メカ好きの父親が居る家庭なら、子供の頃から家庭に一眼レフカメラの1台もあったことだろう。

 かつて家庭におけるフィルムカメラは、そのほとんどを集合写真や肖像写真など、家族を記録することに費やされた。どこか旅行に行ったとしても、風景をバックに一家の写真を撮ったものだ。

 各家庭にカメラが入り込む以前、写真といえば、写真館に行って撮るものであった。子供が生まれたり、あるいは七五三や入学といった成長の区切りで、家族が一つのフレームの中に収まった。あるいは戦時中ならば、出兵する前にも撮ったことだろう。曾祖父のアルバムには、軍服を着た誰がの写真が見つかる。

 かつて写真は、家族というつながりの中で求められて撮影され、保存されていった。近親者を撮影した写真は、風景写真やモデルを撮影した人物写真とは、あきらかに意味合いが異なっている。それはとてつもなく、パーソナルな存在なのである。

 カシオのQV-10は、デビュー当時話題にはなったものの、実際に購入した人は少なく、まだムーブメントを作るまでには至らなかった。ところがその翌年の、機能はほとんど同じで価格を1万5千円下げて当時5万円を切った「QV-10A」から、徐々にではあるが新しもの好きの間で売れていくことになる。デジタルカメラの普及がここから始まったという点に関しては、異論の余地はないだろう。

 当時QV-10Aの使われ方というのは、あきらかに当時のフィルム写真とは違っていた。当時は解像度がVGA程度しかなく、画質面でもあきらかに今のようなフィルム写真に変わるものというものではなかったため、ユーザーは新しい使い方を発明していくほかなかったからだ。

 それで何を撮っていたかというと、多くの人は「情報」を撮っていたのである。例えばバス停の時刻表だとかショップの看板や電話番号、品物の値段などなど。それは写真というよりも、「空間キャプチャー」と言うべき存在であった。

 こうして撮影された写真は、印刷されたり、メモに移されたりすることはなく、画像そのものがデータとして保存された。そして情報が不要になった時点で、消去されていった。今そのような使われ方を引き継いだのは、ケータイのカメラである。

 今や多くの人が、いろんなスタイルの、あるいはいろんなレベルのカメラを常時持ち歩くに至った。そしてエネルギーのほとんどは、写真を撮ることに向けられている。しかしその一方で、写真を見る、ということに対するエネルギーやテクニックには、今ひとつ進歩が見られないような気がする。

 今なぜ筆者がこんなことを考えているかというと、この間、筆者が買ったiPod Photoに、ちっとも家族の写真を入れる気がしないのはどういうわけだろう、という理由を探しているのである。

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