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ノイズリダクションの落とし穴――ノイズと表現の境界線(2/3 ページ)

» 2005年04月18日 04時34分 公開
[小寺信良,ITmedia]

 しかしフィルムには、感光素子(ハロゲン化銀粒子)のムラなどによって、細かい粒子が映像の上に載ることになる。さらにこの粒子パターンが1コマ1コマで違うために、動画として再生すると、粒子が踊るように変化していく。これがフィルムグレインの正体である。

 エンジニアリング的に考えれば、フィルムグレインは記録媒体から発生するノイズの一種だと言える。事実、高価なテレシネ用の機材には、フィルムグレインを取り除くためのフィルターが装備されている。

 しかしフィルムの質にこだわって撮影に採用する演出家にとっては、このフィルムグレインも「フィルムで撮る意味」の1つとなる。すなわちフィルムグレインは、映像が生きている「空気感」を表現するための重要な要素であり、ノイズではないのである。

 このフィルムグレインに対するこだわりというか憧れは、ビデオにも派生している。つまり表現としてはフィルムライクな質感が欲しいが、予算がないのでビデオで撮影するといったケースである。特に音楽のPVは、ビデオで撮影するとあまりにも生々しすぎて、歌の世界に没入できないという弊害が起こる。元々音楽のセールスとは夢を売るみたいな部分が大きいため、ビデオのリアリティが音楽というベースに対して、なじまないのである。

 人工的にフィルムグレインを付加する方法としては、編集後の映像に対してエフェクトとして付加するという方法が一般的だ。しかしそれを撮影時に、もっとアナログ的な手法でやってしまうというテクニックもある。

 ドイツのメーカー、P+S Technikの「PRO35 Digirtal」は、元々は35mm用シネレンズをビデオカメラで使うための、イメージコンバータだ。中部には曇りガラスの円盤が仕込まれており、シネレンズの映像はここに投影される。ビデオカメラのCCDは、リレーレンズを通じてこの曇りガラスに結像する絵を撮影することになる。

 だが、いかんせん曇りガラスを再撮するようなものだから、ガラスの粒子までしっかり写ってしまう。そこでこのコンバータは、内部の曇りガラスの円盤を回転させることによって、ガラス粒子によるノイズを散らすという工夫が成されている。

 そしてこの回転による効果が、まさにフィルムグレインのように見えるのである。回転スピードによって、グレインの量も思いのままだ。

 オマエらそうまでしてノイズが欲しいか、とあきれられるかもしれないが、いや実際にビデオの生臭さが消えるのであれば、プロは欲しいのである。「雰囲気」が金で買えるなら、出すのだ。もっとも本当にお金があれば、フィルムで撮るわけだが。

圧縮が標準のHDTV

 しかしこのような表現も、各家庭で使われるレコーダーのNRにかかれば、ノイズとして扱われ、除去されてしまう。

 そもそも録画時のNRは、アナログからの入力をMPEG-2にエンコードする、という構造から必要とされているものだ。したがってデジタル放送のMPEG-2 TSをそのまま記録するようになれば、録画時のNRは必要ないことになる。これによりフィルムグレインの表現も失われることがなく安泰――というわけにはなかなかいかない。今度は放送の作り手側で、フィルムグレインが失われる可能性が出てきている。

 プロの世界では早くから映像の非圧縮デジタル化に着手してきた。特にフィルム素材に関しては、その品質を制作過程の最後まで維持するために、「非圧縮フルデジタル」の編集設備は必須条件となっていた。だがこれはすべてSDTVでの話だ。

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