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コラム
» 2005年04月18日 04時34分 公開

ノイズリダクションの落とし穴――ノイズと表現の境界線 (3/3)

[小寺信良,ITmedia]
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 最近では放送波のデジタル化およびHDTV化に伴って、業界全体では圧縮もやむなしという姿勢に変わってきている。なぜならば、HDTVで非圧縮データのサイズを考えてみるといい。放送で使われる1080/60iの場合、

 1125(走査線数)×2200(水平画素数)×30(フレーム数)=74250000

 すなわちサンプリング周波数として74.25MHzが必要となる。信号が10ビットでコンポーネントであることから輝度が1、色差成分2つがそれぞれ1/2なので

 74250000×(1+1/2+1/2)×10=1485000000

 となり、ビットレートとしては1.485Gbpsにも上る。フィルムのように限りない解像度を持つ映像を、最高品質でスキャンしてデジタル化しようとすると、これだけのビットレートが必要になってしまうのである。これがそのまま記録できるレコーダーといえば、もはや大規模なビデオサーバぐらいで、単体で記録できるテープメディアは存在しない。

 テープに書き出せなければ、テレシネ後に外部の編集スタジオに持ち出すこともできないし、納品もできないことになる。したがって現状のHDTVのコンテンツ制作は、かならずなんらかの圧縮技術を用いることになる。

 映像制作の現場で広く使われているHDCAMは8ビットのビットレート約140Mbps、DVCPRO HDは約100Mbpsである。制作作業フォーマットの段階で、10ビット非圧縮に対してすでに1/10以下にまで圧縮されていることになる。ここからさらに放送波になる段階で、MPEG-2の18Mbpsから24Mbps程度にまで圧縮される。

 こう考えると、パッと見のクオリティを上げるためには、高周波成分、すなわち細かいディテールをカットしなければならなくなる。もちろんフィルムグレインとてその例外ではない。

「雰囲気」の表現は生き残れるか

 この問題は、次世代DVDにもそのまま引き継がれていく。H.264/MPEG-4 AVCの低ビットレートでエンコードしてしまうと、当然見た目のS/Nを上げるために、フィルムグレインは取り除かれてしまう。

 この問題に対して、フランスのThomsonが、コーデック内でこれを処理する技術を開発した。同社の「Film Grain Technology」は、エンコード時に素材に含まれるグレインの量や色、強度を検出し、これをデータとして別途保存しておく。そして再生時にはこのデータから適度なグレインを生成し、映像に付加するというものである。この技術は昨年末、HD DVD-Videoのオプション規格として採用されている。

 なぜわざわざ量などを検出する必要があるのかと言えば、フィルムグレインの量や質は、当然のことながらフィルムごとに違う。表現者としては、どれぐらいの量のグレインが必要かで、フィルムのメーカーや型番を使い分けているのである。

 いったん取ったノイズをまた人工的に付け直すという行為は、考えてみれば非常にむなしい。しかしそれが表現したいものの一部である以上、きちんと再現できなければ、高品質とは言えなくなってしまう。

 コンシューマーの世界でも、映像のデジタル化が進行するにしたがって、アナログビデオ特有のノイズは駆逐されようとしている。しかしその世界がしばらく続いた後、今度はアナログビデオノイズを表現の一部として取り入れる時代がやってくるかもしれない。

 そのとき、時代のカメラや再生機は、それに対応できるのだろうか。ノイズのない映像だけが良い画質ではないことを、映像を楽しむ側として知っておくことも、また必要なのではないかと思う。

追記:Thomsonの「Film Grain Technology」は、DVDフォーラムの最上位組織「Steering Committee」による決議で、プレーヤーへの実装は否決されたそうである。ユーザーの意向も表現者の意向も無視して、次世代DVDは一体どこへ向かおうとしているのだろうか。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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