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放送・通信連携途上における「紐帯関係」の考え方西正(2/2 ページ)

» 2006年05月11日 09時06分 公開
[西正,ITmedia]
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 代表的なサービスがUSENの「GyaO」であるが、「GyaO」を利用するためには事前に簡単なユーザー登録が求められている。あのユーザー登録を行ってもらうことで「紐帯関係」を構築したことにしようと考えているのだろうが、登録内容が余りに簡易でありほとんど個人情報らしきものが無い点が気になる。

 政府の放送・通信改革論者が「GyaO」に着目して、あれは規制が必要ではないかと主張したのも、そうした背景があるからだ。

 広告収入によって無料視聴にするというビジネスモデルの成否ばかりが注目されがちではあるが、あくまでも通信サービスとして行っている以上は「紐帯関係」が問われることになる。その辺りを軽んじていると、思わぬところで足をすくわれることになりかねない。

ネットによる動画配信の利便性は高いだけに、なるべく著作権関係も含めて放送的な位置づけを得たいと考える事業者側の論理も分からないではない。放送と通信の連携を進める上では、法体系もそれに相応しいものに変えるべきだという主張も正しい。

 ただし、現行の法体系が維持されている間は、通信サービスとしての「紐帯関係」についてもきちんと対処しておかなければならないということだ。

放送の「不偏不党」との関係

 政府の放送・通信改革論者の主張が矛盾していると思われるのは、通信側には「紐帯関係」の存在を再確認しようとする一方で、放送については伝送路も多様化して多チャンネル化も進んでいるのだからということで、今までのように不偏不党である必要はないのではないかと言い出しているからだ。

 通信であれば「不偏不党」である必要はない。1対1が前提なのであるから当然のことだ。実際に現在、宗教団体などが通信サービスを使って全国の信者に向けて映像の配信などを行っている例は多い。全国の信者に向けて配信していても、宗教団体とその信者とのやり取りであるということで「紐帯関係」にあると考えられている。もっとも、宗教団体のメンバーであることを通信でやり取りしている中で明らかにするのは難しいだろうが。

 それだけに、「紐帯関係」などを持ち出されることのない放送サービスに魅力を感じる向きが多いのは分かるが、だからと言って放送サービスから「不偏不党」のカセを外してしまえというのは暴論であろう。

 多チャンネル放送も実現していることであり、言論の多様化という意味で、不偏不党を外すことは簡単なことであろう。しかし、その場合の「放送責任」は誰が負うのかという点を明確にしなければ、なまじ1対Nであるだけに影響力の大きさがマイナスに働きかねない。

 オウム真理教もサリン事件などを起こす前は、数ある宗教団体の1つであった。放送から不偏不党を外してしまえば、オウム真理教が放送チャンネルを持つことを止める理由はなくなる。放送を行わせてしまった後で、サリン事件のようなことが起こった際には、そういう団体に全国に向けて信者を集めるための放送を行わせていたことの責任は重くなって当然である。

 社会的な非難が高まってから、放送免許を取り上げるといった対応では済まされないであろう。政府が責任を負うというのなら構わないが、それだけの覚悟があるとも思えない。軽々に規制緩和を口にすると、そうした点での詰めの甘さが露呈するだけである。

 健全な宗教団体や、政治団体も多くあることは否定しない。しかし、数が多くなれば、その中から何らかの事件・事故を起こす団体が出てきてもおかしくない。宗教や政治信条に基づいて事件・事故を起こす人間には、刑事責任を追及できないケースも見られる。放送サービスの門戸を簡単に開くのは結構だが、万が一では済まされないのが「放送責任」である。

 通信であれば「紐帯関係」が求められ、放送であれば「放送責任」が求められる。いずれも煩わしく思う気持ちは分かるが、規制や制約にはそれが課せられるだけの事情があることは再確認されるべきであろう。

 放送と通信の連携を進めていくために、現行の法制度の見直しが不可欠であることは確かだが、面倒な点は片端から取り除くという単純な発想では、後々になって予期せぬトラブルが頻発してくることになりかねない。

 「放送責任」については散々指摘されているが、昨今は「紐帯関係」の方はとかく忘れられがちであるように思われてならない。法改正を行う上では、どうして憲法の同じ第21条の中で「言論の自由」と「通信の秘密」がうたわれているのかといった原点の精神について、十分に省みる必要があろう。


西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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