ITmedia NEWS >

「放送禁止作品」はVODの活性剤となるか西正(2/2 ページ)

» 2006年05月25日 11時34分 公開
[西正,ITmedia]
前のページへ 1|2       

オンデマンドによる紐帯関係

 一昨年の夏頃から、通信系の事業者を中心にVODサービスが本格的な展開を見せ始めた。マルチメディアという語が全盛であった10年以上前から、VODは夢のようなサービスとして登場が心待ちにされたものである。しかしようやく実現した現在、意外に利用者数が伸びずにいる。

 コンテンツが悪いとは思えない。事業の開始早々から黒字化することが難しいのは明らかであることから、各サービス提供事業者は高額のハリウッド映画などを取り揃え、コンテンツの充実にも力を入れてきた。

 レンタルビデオのビジネスが好調であるだけに、新作の登場時には「貸し出し中」ばかりでなかなか借りられないとか、忙しくてついつい期限通りに返せずに延滞料を取られてしまうといった心配が要らないVODには、急速に普及していくのではないかとの期待も寄せられていた。

 しかし相変らず、ユーザーはレンタルビデオ店に足を運んでおり、VODを利用しようと考える人は少ない。

 もちろん一般ユーザーにとっては、VOD用機器の取扱いなどに不慣れであるとか、ビデオやDVDを視聴する時間が限られているという事情もあり、少々不便であってもレンタルビデオ店に借りに行く方が気軽だという気持ちが強いのかもしれない。

 こうした中、VOD利用を進めていくための方策の一つとして、放送(上映)禁止となってしまった作品をコンテンツのラインアップに加えてみるのも一法であると言えるのではなかろうか。

 IPベースであってもストリーミングでコンテンツを流すサービスについては、ケーブルテレビと同様の取扱いとすべきだということで文化庁を中心に検討が続けられている。

 しかし、オンデマンドでコンテンツを利用するサービスの方は、明らかに放送とは異なる種類のものである。そうであるとすれば、放送や映画上映とは異なり、明らかにユーザーが自分の意思でコンテンツを選択して視聴するというスタイルが特長であると考え得ることになる。

 通信サービスの場合、現行の法制度ではあくまで一対一が原則であり、映像コンテンツを楽しむという放送類似的な局面では、サービスの提供者とユーザーとの間に紐帯関係が存在することが求められる。有料のVODの場合には、有料でありオンデマンドであることから、紐帯関係が有るということは疑いようがないであろう。

 そこで、放送や映画館に限らず、パッケージで視聴することが難しくなってしまった作品の数々も、VODサービスのコンテンツとしてならば視聴できるようにすることには意義があるように思われるし、それ自体をVODサービスの魅力の一つとしてアピールすることもできよう。

 VODの場合には、どれだけユーザーの数が増えても、決して一斉同報的ではないので、放送や上映が禁止された作品を取扱うことのハードルは低いであろう。また、視聴年齢制限なども機器に登録して機能させることができ、いわゆるペアレンタルロックをかけて、青少年が視聴する際には親の了解が必要であるとの設定も容易である。

 ただ、誤解のないようにしておきたいのは、VODサービスを普及させるために、無理やり毒々しいコンテンツをメインに据えようと提案しているわけではないということだ。新たなメディアが立ち上がった際に、よく初期の段階でキラーコンテンツになるのがアダルト作品であると言われるが、そのアダルトに代わるものとして放送(上映)禁止作品を採り上げるべきだと考えているわけではない。

 放送(上映)禁止となってしまった物の中には、素晴らしい作品も数多く存在するからである。そこに含まれる不適切な表現や差別用語が、特定の人たちを傷つける目的で使用されているわけではない作品の方が多いくらいだ。日本の時代劇物には、そうした作品が多く見られる。

 「座頭市」こそ、その人気の高さから放送として流されることが認められているが、それはむしろ例外的な部類である。「めくらのお市」、「唖侍 鬼一法眼」などは、そのタイトルからして放送で流すのは難しいことが明らかだ。製作者の意図としては、ハンデがありながらも困難な状況を乗り越える努力、差別をものともしない気概のある姿を視聴者に伝えようとしているのだが、オープンに視聴できる環境を求めることは難しくなっている。

 ほかにも「子連れ狼」、「おしどり右京 捕物車」、「必殺仕置人シリーズ」などは、数コマが削除されるなど製作時のままの形では視聴できない。設定が変えられているとか、何話か飛ばされた形でしか世に出ないようになっている。

 特撮物も超常現象などを描く上で、不適切な表現が多く含まれるとして、放送に不向きと判断されるに至ったエピソードを含む作品が多い。「ウルトラQ」、「ウルトラセブン」、「怪奇大作戦」、「バンパイヤ」、「スペクトルマン」、「シルバー仮面」など、数えあげたら切りがない。これらの作品の中にはDVD化されているものもあるが、放送時のものから幾つか問題視された部分が削除されており、陽の目を見なくなってしまった部分を多く持つ。

 意外に思われるかもしれないが、「オバケのQ太郎」などは原作漫画すら絶版になっている。「パーマン」、「巨人の星」、「佐武と市捕物控」、「妖怪人間ベム」など、コミックから映像化された作品も、差別的要素が強いとして随所に削除された物しか見られなくなっている。

 作品名を見ている限りでは、どうして難しいことになってしまっているのか首を傾げたくなる物が多いのではなかろうか。本当に沢山の作品が埋もれつつある。

 それらをVODのコンテンツとして採り上げるというのが、決して毒々しい作品のことを言っているわけではないことは明らかであろうと思われる。あくまで、オープンにリリースしてしまうことに差し障りがあるというものである。

 通信サービスとしてのVODの性格を踏まえ、有料のオンデマンドであるが故に紐帯関係も認め得るということを前提にするならば、特定の人たちを傷つけるような仕打ちとなることを避けながら視聴可能となるのではないかということである。

 放送と通信の違いは散々論じられてきたことであるが、通信だからこそ生かされるコンテンツもあるということだ。それを視聴できることで、ほかのメディアとの差別化を図る一助となることも一考に値すると思われるのである。


西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.