1980年代に東京を席巻した「カフェバー」ブームを覚えておられる方はいらっしゃるだろうか。コンクリート打ち放しのハイテクなインテリアのカウンターバーで、座面の高いスツールに腰掛けてハイネケンやバドワイザーを飲む。20代だったぼくは、ちょっと背伸びしてそんな店で過ごす時間が好きだった。そして、そんなカフェバーの天井には、十中八九ボーズの「301MM」が吊り下げられていて、ボズ・スキャッグスやマイケル・フランクスなんかのAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)が流れていたものだった。
オーディオマニアと呼ばれる連中は冷やかな目を向けがちだったけれど、当時、そんな301MMに憧れてシングルコーンの「101MM」を自分用に買う音楽好きは多かった。
バブル経済が膨張を続け、人々が浮かれ騒いでいた80年代後半、カフェバーの天井にぶら下がる「BOSE」のロゴは、あの時代を象徴するアイコンの1つであったことは間違いない。考えてみれば、あの頃からボーズは、ハイファイのオルタナティブとして、ある種の社会性を持った存在だったように思える。
60年代前半にMIT(マサチューセッツ工科大学)でスピーカー作りを始めた頃から、創設者のアマー・G・ボーズ博士は、それまでの音響理論とはまったく異なる発想の製品を生み出してきた。リアルな低音を出すには広い振動板を持ったドライバーを大きなハコに入れなければならないとか、いい音を得るためには周波数特性を伸ばさなければならないのでスピーカーのマルチウェイ化は必然といった旧来のオーディオの常識に囚われず、人間はどんな音に感動するのかという音響心理を徹底解析、そしてコンサートホールで聴ける音をリファレンスとし、耳に到達する直接音と間接音の比率に注目した独自の音響理論を掲げて、オーディオ界の大海原に船出したのである。
今では米国ボストン郊外の本社だけで3000人を超える従業員を抱える巨大企業に成長した同社だが、今なおほかのオーディオメーカーが絶対考えつかない「そんなバカな!」製品を次々に生み出している。そんな自由な発想を何よりも大切にするボーズという会社をぼくは尊敬するし、実際、発売された製品の音に感心させられることが多い(ボーズ製品をバカにするオーディオマニアってけっこう多いのだけれど。旧来のオーディオの常識に囚われている人ほどそう)。
ぼくは1度米国本社を取材したことがあるが、モダンなオフィスで頭のよさそうな若いソフトウェア・エンジニアたちが元気に働くそのさまは、それまで訪問したハイエンド・オーディオ工房の町工場然とした雰囲気とはまるで異なるものだった。
21世紀に入ってからは、サラウンド再生を念頭に置いたホームシアターのための「Lifestyle」シリーズが同社製品の中核を担っており、ここで紹介する「Lifestyle V30」は、その最新モデルに当たる。
口径わずか50ミリのドライバーを2基装填した「ジュエルキューブ」と呼ばれる5本の超小型サテライトスピーカー、全チャンネルの低音を受け持つ2基の13センチ・ドライバーを採用したベースモジュール、映像と音声の信号処理を受け持つメディアセンター、それに専用リモコンとその受光部を兼ねた表示パネルでV30は構成される。
前モデルとの大きな違いは、メディアセンターからDVD/CDドライブが外されたこと。その代りにHDMI端子をはじめ豊富な入力端子が用意された。すでにどの家庭にも1台や2台あるに違いないDVD/CDプレーヤーを重複させることなく、普及が静かに始まったBlu-rayレコーダーとHDMI接続できるようにしたほうがよいという判断なのだろう。
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