ITmedia NEWS >
コラム
» 2008年03月03日 12時00分 公開

正直、テレビはもうダメかもしれん小寺信良(3/3 ページ)

[小寺信良,ITmedia]
前のページへ 1|2|3       

テレビ番組は二次利用の価値があるか

 今放送局は、放送外収入の増加が期待されている。従って各テレビ局の関係者も「番組の二次利用を積極的に促進していく意思はある」と述べる。しかし実態は、我々消費者が喜ぶようなドラスティックな動きというのは、ほとんど見られない。あきらかにテレビ局は、放送コンテンツの露出を絞っている。

 この要因は、権利処理が複雑だからではなく、放送局が現状のビジネスモデルの崩壊を防ぎたいという意思の表われであると筆者は見ている。これは「風が吹けば桶屋が儲かる」的理屈なのだが、

放送を1回しか行なわない

 ↓

番組のプレミアム感が上がる

 ↓

放送を待ち遠しく思うようになり、生で見るようになる

 ↓

視聴率が上がる

 ↓

番組スポンサー料金が上がる

 ↓

広告収入が増える


 という流れを維持したいからである。だが実態はそれほど甘くなく、若い人のテレビ離れは深刻だ。それはテレビ制作の現場に、若い人材がほとんど入ってこないという現状からも分かる。デジコン委員会の席上で澤田氏は、「ADが足りないので番組発注を断わるケースもある」と述べている。

 放送局は現状のビジネスモデルをキープしたままで、その上乗せで二次利用をしてさらに利益を得たいと考えているが、それは無理だ。今やテレビは「情報スクリーンセーバー」程度の意味合いであって、テレビ番組を始めほとんどの情報はスルーされているという事実を、どの段階で放送局が受け入れるのだろうか。

 電通が2月20日に発表した資料(「2007年 日本の広告費」(リンク先PDF))によれば、マスコミの4媒体広告、すなわちテレビ、ラジオ、新聞、雑誌のうち、ネットに抜かれていないのはテレビと新聞だけになった。金額ベースで言えば、もう来年にはネットと新聞は肩を並べることになるだろう。放送の広告構成比は前年比割れを続けており、おそらく数の面での巻き返しは難しい。今の収支モデルは、あと数年で破綻する。

 そうなると広告単価を上昇させなければ、局としての屋台骨を支えきれなくなる。安易な視聴率主義に拍車がかかり、短絡的なねつ造問題は今後もなくならないだろう。そうなれば、行政の規制・介入は避けられない。

 テレビ番組は、二次利用する価値があるのだろうか。そもそも現時点で二次利用の価値が高いアニメ作品などは、すでに二次利用前提の制作方式になりつつある。オリジナルの二次利用が難しいのならば、アニメの場合はリメイクという手が使える。映画は元々買い物なので、関係ない。ドラマは米国のiTunesで成功例があるように、単体で切り売りできる可能性は残っている。問題はそれ以外の、とはいっても放送時間の大半を占める情報・報道番組、バラエティ、ドキュメンタリー、スポーツといったテレビ特有のコンテンツを、どのように売るかだ。

 このようなコンテンツは、単体で切り出しての有料配信は難しいだろう。なぜならば、これらはその時々の旬で成り立っており、間を開けてしまったら視聴する理由がなくなるものだからである。さらに民放地上波は、無料放送だからみんな湯水のようにテレビを付けっぱなしにするわけで、その情報に単価を付けること自体が無理なのだ。

 現状のタレントが大騒ぎするだけの番組は、もともと消費財である。消費者側にも二次利用のニーズは少ないだろう。無駄にトラフィックを圧迫するような無理矢理な送信されても、ネットを使いこなすような新しい消費者は「No Thank You.」と答える可能性すらある。

 テレビ番組に二次利用の価値があるかどうか、もう一度じっくり考えてみよう。もしかしたらそれは、テレビの全盛期を知っている古い世代の人間の錯覚かもしれないのだから。

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。最新著作は小寺氏と津田大介氏がさまざまな識者と対談した内容を編集した対話集「CONTENT'S FUTURE ポストYouTube時代のクリエイティビティ」(翔泳社) amazonで購入)。

関連キーワード

著作権 | 広告 | ビジネスモデル


前のページへ 1|2|3       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.