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SACDでよみがえる戦時中の名演奏麻倉怜士のデジタル閻魔帳(2/3 ページ)

» 2011年05月20日 00時02分 公開
[芹澤隆徳,ITmedia]
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 もう1つ、最近クラシックファンの間で注目を集めているのが、2010年の年末にEMIミュージックが発売した「フルトヴェングラーSACD名盤シリーズ」です。ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(Wilhelm Furtwangler、1886〜1954年)は、カラヤンの前にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の常任指揮者を務めた20世紀を代表する大指揮者で、クラシックの歴史に残る名演を数多く残しています。

 2011年1月25日がフルトヴェングラーの生誕125周年にあたることから、EMIはもう一度マスタリングを変えた良い音のSACDシリーズを送りだそうと考えたそうです。ただ、60年前の演奏ですからマスターの状態も分かりませんし、収録は当然モノラルですから、とてもチャレンジングな試みといえます。

「フルトヴェングラーSACD名盤シリーズ」。2月に第2弾の9タイトルが発売され、さらに第3弾(5月25日発売)から第5弾まで10タイトルの発売が決定している

 日本からの依頼を受け、EMIアビイ・ロード・スタジオ(ロンドン)のクラシック専門マスタリングプロジェクトがリマスターに取り組みました。作業においては、けっして「きれいな音にしない」ことに注意したそうです。アナログ録音にはノイズも入っていますが、ノイズカットは最小限に抑え、無理な“お化粧”はしません。テープに入っている情報をそのまま生かし、録音会場の音響効果から演奏時の足音や喝采(かっさい)などもそのまま収録するなど、当時の空気感を再現することを目指しました。

 また、メンバーが倉庫の中を歩いていたら、未発売の音源まで見つかったそうです。それは「ベートーヴェン:交響曲第7番」で、1月に発売された「ベートーヴェン 交響曲第5番『運命』&7番」に収録されています。60年の時間を超え、世界で初めて使用された音源です。

 1月に第1弾としてベートーヴェンやブラームスの10タイトルをリリースしたところ、アルバムチャートの1位から4位までを独占するなど大きな反響がありました。これは、96KHz/24bit収録で音が良くなり、フルトヴェングラーの魅力がより明らかになったということでしょう。古くからのファンは、同じ演奏をLP、CDと異なるメディアで聴いてきたわけですが、SACDでは“これまでにない音”を聴くことができます。

 マスターテープという演奏に最も近いメディアがあっても、われわれは流通用のメディアにしか接することができません。マスターテープの情報を流通用のメディアに閉じこめる過程で音は大きく劣化してしまうというのが、これまでの常識でした。しかし、SACDのようにマスターテープにより近いものを聴くと、全く違いますね。わたしも新しい発見が多くありました。

 こうした動きは、音楽配信の将来にもかかわってくるかもしれません。96kHz/24bitや192kHz/24bitといった高音質の楽曲配信サービスとなれば、それぞれ確実に情報量が異なります。今後はアナログマスターテープをDSD収録で配信するといった道筋が欲しいところです。

 映像にも同じことが言えます。例えば昨年20世紀フォックスが発売した「サウンド・オブ・ミュージック 製作45周年記念 HDニューマスター版」は、オリジナルネガを8K4Kでスキャンした新しいマスターを使用しています。わたしは70ミリの映画を含めて何度もサウンド・オブ・ミュージックを見ていますが、ここまでの情報量と精細感を持っていたのは初めてで、公開当時のフィルムに比べても遜色ないと思っています。

 いずれにしても、技術の進歩によって過去の名演奏や名画が見直されるのは素晴らしいことです。われわれよりも上の世代が音楽的な教養を培ってきたリソースが、とても大きなものだったと分かりますね。

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