年末恒例、AV評論家・麻倉怜士氏が注目したデジタル製品や映像/音楽タイトルを総ざらいする「麻倉怜士のデジタルトップ10」。さまざまなことがあった2015年もあとわずかとなりましたが、今年は豪華拡大版として3回にわたって掲載します。
――今年も年の瀬ですね。年末恒例の「デジタルトップ10」のシーズンです
麻倉氏:ビジュアル関連のニュースとしてはいよいよ4Kの商業放送が開始したということが、オーディオ関連ではハイレゾが完全に市民権を得て、DSDフォーマットは11.2MHzという未曾有の情報量へ突入したということなどが大きなトピックですね。時代が大きく動いたという感じがします。
――このコーナーでも4Kやハイレゾといったキーワードは頻出しましたね。それと同時にHDRやAtmosなどの新技術も特集しました。さて、盛り沢山だった1年ですが、早速トップ10を見ていきましょう
麻倉氏:第10位は「フィフス・エレメント」のリニューアル4KマスタリングのDolby Atmos盤(アメリカ)です。
――ブルース・ウィリスとミラ・ジョボビッチが主演するリュック・ベッソン監督の「フィフス・エレメント」ですか? 4K版なんて発売されていましたっけ?
麻倉氏:今回取り上げるのは米国で発売された最新の4Kリマスター版です。UHD(4K)Blu-ray Discのローンチタイトルの1本でもありますが、ここで紹介するのは、通常の2KのBlu-rayタイトルです。
――え、日本未発売でいきなり第10位ですか??? 飛ばしてるなぁ……
麻倉氏:そのくらい素晴らしいリマスタリングとリミックスになっているんですよ。これに関連してDolby Atmosの話もしたいと思います。
11月にホームシアター専門店のアバックが恒例の大商談会「ホームシアター・ジャパン」を開催したのですが、私が担当したヤマハとパイオニアのAVアンプイベントでトリにもってきたのがこのディスクです。注目するポイントは「画質向上が著しいこと」と「Atmos効果が素晴らしい」の2点ですね。
――「フィフス・エレメント」というと、もう20年近くも前のSF作品ですよね。リュック・ベッソン肝入の作品として有名ですが、4K化で何が変わったのでしょう?
麻倉氏:何といっても画質向上は素晴らしいです。実は私は「フィフス・エレメント」マニアで、DVD、Blu-ray Disc、リマスター版Blu-ray Disc、今回の4Kリマスター版Blu-ray Discと、今までに出たディスクを全て持っているんです。
「フィフス・エレメント」はいわくつきのソフトで、Blu-ray Disc初期の2006年に出たものは凄く画質が悪かったんですよ。その前のDVD時代には「スーパービット」という画質特化技術が用いられて、いい画ではあったけどでもBlu-ray Discの初版はノイズや解像感の甘さが若干目についていました。その理由をカルバシティのソニー・ピクチャーズへ行った時に聞いてみたところ、モニター環境が25インチだったことが判明したんです。Blu-ray Discのリマスター版ではここを改めた上で、テレシネだったものを2Kスキャンに変更しています。さらに新盤は4Kスキャンからのやり直しです。
――UHD Blu-ray Discのローンチタイトルということで、徹底的に4Kレストアをしている訳ですね
麻倉氏:「フィフス・エレメント」は未来の冒険活劇物語です。このテーマに合った、クリアで伸びがよく解像感の高いという、良い意味でデジタル的なシャキッとしたハイパワーの画が新盤の特長ですね。
そして何より、今回はDolby Atmosの効果が凄いです。まるでAtmosをやりたいがためのミキシングですね。通常Atmosは音で物語を述べるように、音響設計を精密に再設計し直します。今回の新盤も、元々は数十chのサラウンドだったものをAtmos用に再度リミックスしてあり「Atmosを効果的に使おう」ということが一番にあったような華麗でハイスペクタクルな音に仕上がっています。とにかく上方向に音がある「これぞAtmos!」な音が非常に特徴的です。
――音の方向が手に取るように分かるのがAtmosの特徴ですね。スペースオペラのようなジャンルでは縦横無尽に音が駆け巡り、興奮度が増しそうです
麻倉氏:今になって考えると「フィフス・エレメント」は非常によく練られた音響作品ですね。今回のイベントで使ったのは作品後半のオペラシティでドニゼェッティの『ランボルマールのルチア』のアリアを歌っている際に敵が来て戦うというシーンです。映画において音は通常“脇役”で、場面や感情の抑揚をつけるといったようにエモーショナルな裏方に徹している訳ですが、ここでは音楽こそが表現の主役になっているのが特長です。
アリアがセンターからクリアに聞こえ、響きが会場中に広がって垂直方向のアンビエントも濃いです。このアリアの進行と同時に戦闘が進行するのですが、打撃や爆発といったアタックの音と、途中からロック調になるアリアという有名なマッチングも実に見事ですね。以前からサラウンドを有効に活用していたシーンですが、Atmosになった時の音場の開放感が素晴らしく、衝撃音というか爆発音というか、銃声の出方の場における展開と音楽が融合した中でのアクセント感が、Atmos音場の中でゾクゾクっとくるような、得も言われぬ感覚が得られるのです。
――映像だけでなく、音響空間のリアリティでも圧倒的な没入感を演出するわけですね。この2つが融合して作品世界を創り上げるというのが実に素晴らしいです
麻倉氏:映画のミキシングというのは数十のチャンネルを最終的に5.1chにまとめる作業です。数十チャンネルのマスター素材は当然残っている訳で、それをAtmosスタジオでもう一度再編成し、オブジェクト化すると、原作が公開された時の感触とは違う音のボキャブラリーが立体的に増えるのです。それは何かというと、ストーリーの世界をより確実で強固なコンセプトしてわれわれに提示してくれるということではないでしょうか。その1つの例が「フィフス・エレメント」だと感じます。「過去の名作を4Kで蘇らせた」という公式は、Atmosにおいても有効ですね。ジャケットも高級感があり素敵です。
この通り新盤はホームシアターの面白さを凝縮した作品ですから、秋のイベントでヘビーローテーションになりました。画がとても良くなったことと音響効果の掛け算が、観る度に感動させてくれました。
――「映画館の感動を自宅で贅沢に」というホームシアターの楽しさを思う存分味わうのに持ってこいの、スケールと表現を兼ね備えた作品ですね。これは早く日本でも発売してもらいたいところです
麻倉氏:今年、Dolby Atmos対応のソフトはかなりリッチになりましたね。例えば春の「CHICAGO」Atmosリメイク版は、アンビエント効果が豊潤でした。酒場のざわめきやバンドの楽器のリーチ感などが相当豊かになりました。
――映像作品ではないですが「CHICAGO」というと、朝ドラで一世を風靡したシャーロット・ケイト・フォックスさんがブロードウェイデビューした作品として、今年はテレビでもその名前を聞きました。改めて見たくなりました
麻倉氏:私も彼女は好きです。あの日本語発音の努力にはしびれましたね。Atmos新作は「ターミネーター」も良かったですが、今年はやはり「マッドマックス」が圧倒的でした。物語は荒野をひたすら走りぬいて戦うというもので、スピード感はもちろん、あの異様なクルマのスタイル、人間のいでたちなど、本当にクレイジーで、まさに「マッド・マックス(最高潮のイカレ具合)」ですね。
――一度見たら忘れられないヴィジュアルインパクトと単純明快なストーリーで、ハリウッド映画を体現したような作品です
麻倉氏:画質もものすごく良いんですよ。色の透明度も高いし、階調感もあるし、コントラストもすごく高いし、全体的な解像度も高いです。もともと音のクオリティも高く、Atmos効果も適切でした。特にチャプター6の、燃料を届ける途中に谷の上から岩が落ちてくるシーンなどは非常に臨場感があり、実にAtmos的な音響空間を楽しめます。
――今年一番の話題作ですから、是非とも一度は観ておきたいですね
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