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» 2015年12月25日 15時56分 公開

2015年を総括! 恒例「麻倉怜士のデジタルトップ10」(前編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(4/4 ページ)

[天野透,ITmedia]
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7位「A Flight through the Orchestra」

麻倉氏:第8位のFFに続いて、第7位も最新の音源です。その題名は「A Flight through the Orchestra」。文字通り「オーケストラの上を音が飛ぶ」という企画です。

1楽章1カットの長回しや、音と映像の同時移動など、実験的な挑戦を試みた音楽作品「A Flight through the Orchestra」。まるで演奏中のオーケストラを歩きまわるような、新しい映像体験へ視聴者を誘う。ちなみに画像に写っているピアノは“麻倉シアター”に最近導入されたオールドスタンウェイ

――「オーケストラの上を音が飛ぶ」? どういうことですか?

麻倉氏:この作品は撮影が通常のオーケストラ映像とは全く異なります。オーケストラ映像というと、一般的なのは対象のオーケストラに対し客席から、上下手から、もしくは指揮者の真ん前から…… と複数のカメラを切り替え、流れを構成するマルチカメラ収録ですよね。

――ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートとか、N響の演奏会映像とか、奏者や指揮者を大写しにする際はズームレンズで寄ったり、通常は広角レンズで俯瞰(ふかん)的にステージを正面や斜め上から眺めたりしていますね

麻倉氏:そういった感じで、クラシックの映像はある種の形ができています。ところがこの作品は全く違います。まずカメラはたった1台。それをクレーンに載せて、演奏中のオーケストラの上空や中を旋回し、移動、接近するというスタイルです。

――夏に開催されるウィーン・フィルの野外コンサートではクレーン映像もなくはないですが、カメラが1台だけというのはまた随分と型破りですね

麻倉氏:演奏は世界的に人気急上昇のマエストロ、トゥガン・ソヒエフと、彼の手兵であるベルリン・ドイツ交響楽団。曲目はブラームスの「交響曲第2番ニ長調」です。第一楽章の冒頭、カメラはオーケストラ手前の上空にいて、曲が始まると空中からオーケストラに接近し、指揮者を舐め、コンサートマスターの横をかすめつつ、弦パートの上をゆっくり移動していきます。木管がソロを始める前にカメラはその場に移り、低い位置でクラリネット、オーボエ、フルートを順に舐めて、そのままチェロ奏者の前に動き、チェロパートが朗々と旋律を聴かせる……といった具合ですね。

 また、オーケストラというのは常に全員が音を出すわけではなく、あるパートは合奏し、他は休み、ソロ楽器は時々刻々入れ替わるといったように、刻一刻とメロディは楽器館を移動していきます。そんなオーケストラ演奏の中に入り込み、音楽が生み出される瞬間、各楽器の奏者はどんな表情で、どんな指使いで、どんな雰囲気で演奏するのかというところを、まるでブラームスが書いたスコアの詳細をビジュアルで見るように、カメラはアップで刻明に捉えていくのです。

――通常客席から眺めるオーケストラの演奏を、まるでオペラグラスでも使ったかのようにグッと近い視点で見つめる映像になっている、という訳ですね。あれ、でもカメラは1台だけで、当然演奏は一度始まると楽章末まで止まらないですよね? ということは……

麻倉氏:そう、この作品で驚くべきは1カット! つまり1台のカメラが音楽の始めから終わりまでをクレーンで「ずーっと撮り続ける」という点です。カットやつなぎがないですから、失敗は絶対に許されません。相当綿密にスコアを研究し、時間と位置を計算してリハーサルを重ねた、緊張感の非常に高い撮影だったと思われます。先ほど説明をした「通常の」さまざまな流儀がクラシック映像にはありますが、本作は、これまでのどのスタイルも超越し、文字通り「ブッ飛んでいる」のです。

 しかしどうして、この作品は凄く音楽的ですね。クレーンの滑空速度は音楽の進行にジャストミートしていて、音楽の流れや時間的進行と景色の進み方が完全にシンクロしています。ここに音楽の進行に合わせ、対象の奏者を舐めながら上空から寄って、撮り続ける…… という画期的な音楽を映像で表現するまったく新しいスタイルといえるでしょう。

――感覚としては、観る側も演奏する側も、強いライブ感を味わうことができそうです

麻倉氏:この作品は映像だけでなく音も凄くいですね、楽器のアップと音のミキシングが完全に同期するんです。通常のオーケストラ映像作品って、映像が切り替わっても音声は常にステージ正面から変わらないですよね? ところがこれはソロ楽器に近づくと徐々にその楽器の音が大きくなって、その他の楽器の音が抑えられるんです。実はクレーンで移動するのはカメラだけでなくマイクもなんですよ。

――映像だけじゃなくて音も移動するんですか!?

麻倉氏:といっても極端にフューチャーされるのではなく、浮き立たせるという感じです。カメラが横のフルートに移動すると、オーボエの音は小さくなり、今度はフルートの音が大きくなるといった具合です。まさにスコアから音が出てくる感覚ですね。そうそう、映像はもちろん4K撮影ですよ。

――まさに演奏中のオーケストラを自在に闊歩する感覚ですね

麻倉氏:長年オーケストラの映像作品を見続けてきましたが、こんな斬新なオーケストラ映像、オーケストラ音声を体験したのは初めてですね。

 問題はクレーンを自在にとりまわすには、普通のコンサートホールでは空間の余裕がないということです。今回はベルリンの旧発電所跡の建物で撮影しています。なので、背景に発電用のモーターなどが写り込んでいたりもします。

――ブラームスに発電機とは、なかなかシュールな組み合わせですねぇ……

麻倉氏:本作は「音楽をどのように映像化するか」という永遠の課題に、斬新な発想と、素晴らしく高度な撮影テクニックで挑み、大きに成功を収めたといえるでしょう。ただ、情緒的なブラームスの音楽に付いてくる画が発電所跡の荒涼感という点だけは、どうしてもいただけません。次作は音楽に合う景色を考えた会場選びをしてもらいたいところです。

――次回は6位からカウントダウンします

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