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2015年を総括! 恒例「麻倉怜士のデジタルトップ10」(中編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/4 ページ)

» 2015年12月28日 16時10分 公開
[天野透ITmedia]

5位:音の思い出を鮮やかにデジタル化 KORG「DS-DAC10R」

――次は折り返し地点の第5位です

麻倉氏:第5位にはコルグの「DS-DAC10R」を推したいと思います。

DACだけでなくADCも搭載したデジタルオーディオデバイス「DS-DAC10R」。コルグが長年培ったDSDの技術を詰め込んだモデルだ。コダワリのアナログ音源を持っている、もしくはアナログの録音デバイスを生かしたいというニーズに応える。一緒に写っているのは麻倉氏が「感心した」という、天地真理のレコーデッドテープ

――雨後の竹の子の如く次々と出てくるDACの中で第5位にランクインするということは、きっとそれなりの理由があるのですよね?

麻倉氏:近年ハイレゾ再生が広まったことでUSB DACが広く普及していますね。以前よりSACDやDVD-AudioといったCD超えのメディアもありましたが、近年のハイレゾの流れはPCオーディオと深く結びついています。PCとピュアオーディオという、それまで水と油のような関係だった2者を結びつけたのが、ハイレゾとUSB DACです。

 おさらいをしておきますと、USB DACの役割はPCと接続し、デジタル音声信号をUSBケーブル経由で引き込み、アナログ信号に変換するという、USBインタフェース経由のデジタル/アナログ変換器です(DACとはDigital Analog Converterの略)。こういったものはそれまでスタジオ等のプロ用途で用いられてきましたが、2000年代の中頃から「CDを超えたプロクオリティのフォーマットをパPCで扱うことができる」ということが広く知れ渡り、USB DACは「PCオーディオの必需品」として爆発的に普及していきました。

――現在ではハイレゾ配信サイトの最大手として知られている「e-onkyo music」も、サービス開始は2005年ですね。同じ年の同じ月に「iTunes music store」が日本でサービスを開始した上に、e-onkyoのローンチ時の音源はglobeのわずか11曲だけという状況でした

麻倉氏:それが今では10万曲を超えるラインアップになっている訳ですから、随分と成長したものですね。良い音という価値が市民権を得た証でしょう。

 こうして成長を続けてきたUSB DACですが、これまでのものは「再生専用」でした。それに対してコルグの新DACであるDS-DAC10Rは、「録音」もできるのです。それも「アナログからの録音」です。つまり入力したアナログ信号を内部でデジタル信号に変換するAD変換機能を持っており、その上フォノイコライザも搭載しているため、LINE入力はもちろん、レコードもデジタル信号に取り込むことができるのです。もちろん従来どおりDAC機能も持つので、便宜上DACと呼びますが、正確にいうとUSB DAC+ADC、もしくはオーディオ・インタフェースですね。

――なるほど、単純にDACという訳ではなく、高級オーディオクオリティのデジタルオーディオデバイスとして進化した、という訳ですね。この方向性はいかにもコルグらしいと感じます

麻倉氏:文字通り“これまでにない魅惑”が詰まったDACになった訳ですが、問題は音質です。オーディオの場合、単にデジタルにすれば音が良くなるわけでは「決してない」です。どんな音質でアナログからデジタルへ変換するのか、その質が問われるのです。

――オーディオ業界にとって単純な“デジタル神話”が幻であることは、CDの時に既に経験済みですからね。現に今はLPレコードやオープンリールといったアナログ音源の高品位なものの価値が改めて見直されてきています

麻倉氏:その点、このDS-DAC10Rの音質は保証付きです。コルグのUSB DACの高音質ぶりは業界で定評があり、特にDSD技術への精通は間違いなく世界一です。デジタルの音声方式の中でも特に高音質として配信シーンでも人気が急上昇中のDSDですが、コルグはDSD研究の歴史が長く、2000年代前半には「Clarity(クラリティ)」というプロ用のDSD DAW(デジタルオーディオワークステーション)の開発に成功しています。オーディオ製品として世界初のDSD対応USB DACを発売したのもコルグですね。そういったバックボーンを持っている本製品は、世界にわずか3台しかないClarityのエッセンスを色濃く取り入れているそうです。

――そもそもリニアPCMに代わるSACD用のフォーマットとしてソニーとフィリップスが共同開発したDSDですが、思ったほどSACDが普及しないということで一時期は開発が停滞気味でしたね。その時に粘り強くDSDの開発を続けてきたのがコルグで、これがなければDSDはなくなっていたかもしれません

麻倉氏:いうなればコルグは今のDSDの基礎を築いたメーカーという訳です。どこよりもDSDに精通しているというのも納得ですね。

 そんなコルグが作った“DSD録音もできるDAC”ですが、録音用途としては大きく2つに分けられるでしょう。1つはレコードからのリッピングです。レコードはアナログでヒューマンな音を聴かせてくれますが、再生をするにはまずジャケットからレコードを取り出し、ターンテープルに載せ、しずしずと針を落とすという“儀式”が必要です。音楽と対峙する動作として好ましいという意見もありますが、CDやファイル再生といった現代のデジタルな簡便性に慣れてしまった身としては、これらの作業はやはり面倒に感じてしまいますね。そこで登場するのが本製品という訳です。

 接続はレコードプレイヤーからの出力信号をそのまま背面の端子に接続するだけで、出力レペルの低いMCカートリッジの場合は、ステップアップトランスを通せばOKです。レコード再生には必須のアース端子ももちろん装備しています。実際の録音作業には同社のDSD再生/変換ソフトとしてお馴染みの「Audio Gate 4.0」を使います。

――基本的には通常のレコード音源デジタル化と変わらないですね。Audio Gateのユーザーにとっては、今まで使っていた同ソフトがそのまま使える分だけ導入しやすそうです

麻倉氏:このDACにはレコード音源のデジタル化に関する面白い機能が内蔵されていて、取り込み時のファイル形式が選択できるだけでなく、RIAAカーブ以外に「コロンビア・カーブ」「デッカカーブ」といった、6種類のイコライザカーブがプリセットで入っているんです。

――「RIAAカーブ」はレコードを扱うときによく聴きますが、その他のイコライザカーブはあまり耳にしませんね。そもそもそんなに種類があるものなんですか?

麻倉氏:ではこれからレコードを始められる方のために、イコライザカーブについてちょっと説明しましょう。イコライザカーブとはレコードの周波数特性規格のことです。アナログレコードは音の波形を物理的な溝にカッティングして記録をし、その溝を針でなぞることで電気信号として復元するという構造になっています。そのため低音を大レベルでカッティングするとひずみが増えてしまうのです。一方の高域はかなりハイレベルで収容できます。そこであえて「低域を弱く・高域を強く」した特性でマスターを制作し、プレイヤーでの再生時に逆特性を与えることで、低域から高域までフラットに取り出すということをやっています。この逆特性のことをイコライザカーブと呼び、イコライザカーブをフィルタリングするコンポーネントがフォノイコライザ(フォノアンプ)です。一般には全米レコード協会が開発した「RIAAカーブ」がデファクトスタンダードですが、それ以外にもアメリカのコロンビアレコードやイギリスのデッカなどが策定した流派があり、特にヨーロッパのレコードは、厳密にいうと1つ1つイコライザカーブが違います。

 そんな事情を汲んで、本製品はRIAAカーブをはじめとした6種類のカーブが再生時に選べるという、とってもマニアックな仕様になっています。有名なレコードのカーブの種類が分かれば、RIAAカーブOFFで録音し、後から最適なカーブをかけてやることで凄く音が良くなります。実際試してみたところ、正しいカーブで聴くとダントツの高音質が得られました。

――この仕様を聞いただけでも「あーこれは実際に好きな人が趣味全開で作ったんだろうなぁ」ということが想像できますね。その分だけ同じことをやりたい人にとっては「どストライク」の製品になっていると思います

麻倉氏:DSDだけではなく、より一般的なリニアPCM方式でももちろん録音可能です。サンプリング周波数と量子化ビット数のパラメーターがさまざまに選べるため、色々と試してみて、自分がもっとも好きな形式とモードを決めると良いでしょう。ですが私が使った感触としては、やはりDSD 5.6MHzモードが最高ですね。特にDSDはアナログ的な“鮮明にして暖かい”音が特徴なので、レコードリッピングとの相性が抜群です。

 A/D変換のもう1つの用途は、昔のエアチェック音源のデジタル化です。リッピング対象のアナログ音源は、何もレコードだけではありません。LINE IN端子も持つので、当然カセットデッキなどからも録音が可能です。私は大学時代からFM放送のエアチェックに夢中でした。1970年代当時はFMエアチェックが青少年のごく当たり前の趣味になってきた頃で、「FMファン」「週刊FM」などFM誌が大いに売れていました。毎週、番組表を目を皿のようにして点検し、その週のエアチェック予定を立てたものでした。私の週間スケジュールは、FM番組表で決まっていました。当時FMは貴重な音楽ソースで、カラヤン=ベルリン・フィルなどといった世界の名演奏家の日本ライブは、レコード化されないものがほとんどでした。ですので当時エアチェックしたテープというのは、歴史的にたいへん貴重な価値を持つ「お宝音源」なのです。

――何でもyoutubeにアップロードされていそうな時代ですが、今でもラジオ放送限定で音源化されないものというのは少なからずありますね

麻倉氏:私のシアターには壁一面に収納されたエアチェックテープが山のようにあるのですが、今ではカセットやオープンデッキが壊れてしまい、テープは単なるデッドストックになっていました。今回、デッキメーカーに保存してあった昔のデッキを使わせてもらい、本製品を使ってDSD 5.6MHzで録音をしました。これがもうまことに素晴らしいこと! 30〜40年も前のエアチェックですが、まるでつい昨日録音したような新鮮さでした。テープはへたっていないのです。カラヤン・ベルリン・フィルが1973年11月に大阪国際フェスティバルホールから生中継したベートーヴェン「田園」のNHKFM音源を変換したDSD 5.6MHzで聴くと、まさに鳥肌ものです。演奏が始まる前の咳や物音の暗騒音が実に臨場感豊か。演奏はふくよかで、質感がひじょうに高い弦の旋律から始まり、トゥッティではボリューム的な豊潤さに加え、音粒子の表面がすべらかで、温度感が高く質感が圧倒的なのです。

 なにより驚いたのは、録音してから40年以上も経過しているのに、何の損傷も受けていないことです。物理的にテープ走行は滑らかだし、ノイズや音揺れ、転写なども当時と同じ。まるでつい昨日録音したような新鮮さなんですよ。オープンリールテープは、きちんと保管すれば、意外に長く良い状態をキープできるものだと思いました。アナログの一番良い時代の芳醇な音が生々しく聴こえてきました。

 その他にも杏里の「悲しみが止まらない」のスタジオライブ、竹内まりあのデビューインタビュー……など、まるで1970年代後半の時代の空気がスピーカーからあふれ出るようでした。1975年頃に手に入れた天地真理のレコーデッドテープには感心しましたね。当時の価格は3200円で、今の感覚だと2万円といったところですが、これの音が抜群に良いんです。

――音だけでなく、時代や思い出までもみずみずしく再現される様子が伝わってきます。とても素敵ですね

麻倉氏:レコードなどの貴重なアナログ音源を死蔵させないというのは、オーディオ文化にとって非常に重要な事です。特にDSD 5.6MHzは「アナログが蘇る」と表現するに相応しいですね。同じDSDでも、優しい2.8MHzに対して、力強い5.6MHzというように、フォーマットを変えるだけで音の表情は全く異なります。

 今回の体験ではもう1つ、「昔から良い音で録れていた」という発見をしました。よくよく考えると、1970年台の私は“チューナーオタク”で、トリオの最高級モデル「KT7000」とか、ケンウッドブランドの「L02T」などを使っていたのですが、これらは圧倒的に素晴らしい音でした。今では下火になってしまったチューナーコンポーネントですが、CDやハイレゾと同様にFM音源のエアチェックも元々の音が、つまりチューナーが良くなければダメです。このように良質な音源がDSD 5.6MHzのデジタルファイルになった訳ですから、PCオーディオやハイレゾ携帯端末で、いつでも好きなように再生できるのです。DS-DAC10Rは世界遺産的なアナログをデジタルで蘇生させてくれる「魔法の音楽タイムマシン」と表現するに相応しいでしょう。

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