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世界の4K番組最前線! 「miptv2016」レポート(前編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(3/5 ページ)

» 2016年06月07日 14時06分 公開
[天野透ITmedia]

麻倉氏: まず全体を見通して、今回のmiptvでは4Kコンテンツを売り出す業者が急激に増えたというのが私の感想です。具体的な数値はつかめていませんが、ホール地下のメインフロアのうち、半数に迫る業者が4Kを売っていたという関係者の声も聞かれました。中でも今年の大きな特徴は、コンテンツのジャンルが増えたことです。先ほどの調査結果でも分かるとおり、人気ジャンルは従来通りのスポーツ・映画・自然科学です。これらは4Kがスタートした時にターゲットとされたジャンルですが、今回は従来から人気だったジャンルを深掘りするという方向性の他に、従来とは異なる新たな方向性を開拓しようとしていると感じました。

――スポーツは言語の壁を超えるという特性がありますし、映画はハリウッドという強力なバックアップがついています。自然科学は高精細化で最も恩恵を受けやすい被写体ですから、いずれも確実な需要があるといえますね

麻倉氏:「スミソニアンチャンネル」のロイヤル・デイビッドさんによると、製作コストはSDからHD(2K)への転換の際には40%も上がったのに対して、HDからUHD(4K)へ転換する現在の上昇率は20%に抑えられているとしています。転換ペースに関しても、SDからHDへの時より、今回のUHDへの転換の方が速いそうです。その理由として、UHDはHDの時と違い、テレビ端末が先行して普及しているということが挙げられます。

 HDはテレビ端末と放送フォーマットの普及が同時に進み、端末を売りながら電波規格をアップデートしていました。対するUHDは、アップコンバート技術などを組み合わせたテレビ大型化の波に乗って、先にテレビ端末が普及しました。そしてUHDテレビがある程度大型ユーザー層へ普及した段階で「放送も機械に追いつきましょう」となったのです。HDの時は「卵が先か鶏が先か」という情況でしたが、今(UHD)は確実に「卵が先」です。このためHDからUHDへの転換も速いと感じられるのでしょう。

 こうなってくると、これまでメインだった“花鳥風月系”(自然の美しさを全面に出したコンテンツ)のみでは足りないとなる訳ですよ。デイビッドさんは、「UHDはストーリーテリングができないとダメ」と話していました。これがなかなか深い言葉です。

――「高解像スゲー!」というだけではいずれ必ず陳腐化してしまうというのは、色々なデモ映像を見てきて感じますね。僕はあらゆる技術を「物語をより深く語るための手段」と前々から捉えていますから、デイビッドさんの意見には全面同意です。高画質も高音質も、あくまで作品をより広く表現するための絵の具や筆であって、それをどう使うかは作り手次第だと。例えストラディバリウスを手にしたところで、ヴァイオリニストに感性と腕がなければ名演奏は生まれませんからね

麻倉氏:これに関して帰国後に面白い発見をしたので少々寄り道になりますがお話しましょうか。時代劇チャンネルが、池波正太郎原作の「顔」というタイトルを4K放送しています。視聴前はいまいちイメージが湧かず「果たして時代劇の4Kとはどんなものか」と思っていたのですが、実際に見てみるととても相性が良いんですよ。

 時代劇において時代考証をキチンと踏まえて用意された大道具や小道具というのは、劇世界を構成する記号性が極めて強い物が多いです。そのような部分が4Kでは非常によく表れますね。例えば着物の柄や質感などは4Kならばとてもよく出てくるので、こういったところから時代の香りや雰囲気がにじみ出て、作品の世界観を構成していくのです。「顔」は長野でロケが行われた作品ですが、信州特有の雄大な景色、つまり奥行きがありパースがあり、それをきちんと理解した上で演技が進行していくと、やはりその雰囲気の強烈さというか意味合いというか意味性というか、そういったものがヒシヒシと伝わってきます。

 また、ライティングが上手かったのか、表情がとてもビビッドに出てくることもポイントですね。時代劇では細かな感情表現をわずかな視線の動きや、わずかな頬の動きで表現しますが、そういうところにしっかりとコントラストがついてきて情報量があると、役者の演技による物語の“語り”がリアルに伝わってきます。例えば対話シーンでは、表情の細やかさや情報性に2人の関係を示す意味合いが表れ、コミュニケーションもより濃厚なものになるのです。

――名優が名優と、名監督が名監督と呼ばれる理由がここにあるのではないでしょうか。例えば市川海老蔵さんが見得を切る時の眼力のような、言外の表現力で観客を圧倒する演技や演出をするクリエイターが、現代の役者や監督にどれほど居るだろうかというのはよく思います。技術が進み、より広い表現が可能になったからこそ、そういった細部に宿る“語り”の力を役者もクリエイターももっと突き詰めてもらいたいですね

麻倉氏:現代劇だから、時代劇だからという話ではなく、やはり時代劇の4Kというものにキッチリと意義はあるなと実際に見て感じました。

 画調としては現代劇風のビデオ的なクッキリハッキリの明るいものと、映画のフィルム調のものがありますが、時代劇はピクチャートーンが映画調でありつつも、情報量の出方はビデオ的で、どちらの属性も持っています。一般的には映画的になると白トビがあったりディテールが出なかったりしますが、この時代劇ではしっとりとした質感の中にもキッチリとディテールが出ており、物語の流れの中にある細かなニュアンスが漏れることなく表現されていました。若干脱線をしましたが、こういった意味でのストーリーテリングが4Kでは重要になることは確かで、それを確認できたことは意義深いですね。

――もっと深めたい話題ですが、そろそろmiptvのカンファレンスに戻りましょう。4Kの新たな方向性を模索していたという話でしたが、具体的にはどういったものがあったのでしょうか?

麻倉氏:具体的な4Kの展開分野として報告したいのは、まず若者向けです。先程のEutelsatでも名前の上がったオランダのINSIGHTは、衛星とOTTで全世界に向けて放送している4K専門局です。コンテンツは基本的に4Kで、スマホやタブレットなどで見るときには2Kへダウンコンバートしています。

――若者向け、ですか。具体的にどんな企画をやっているのでしょうか?

麻倉氏:この局は「スピードとモビリティ」をモットーにしており、番組内容の基本コンセプトとしては従来の4Kで好まれる花鳥風月モノではなく、地上波放送などで好まれているバラエティ番組的なアクションやクイズ、サバイバルものなどを手がけています。

 例えばサバイバルモノでは、男女2人をアフリカの孤島へ置き去りにして、数時間で脱出をさせてみる、とかいった感じですね。単なる画面の美しさの留まらない、アクション的な要素を含めたエンターテイメントという切り口でオリジナル番組を制作しています。また放送だけではなく、SNSと連携した制作へのフィードバックやPRも展開するという点も、実にイマドキですね。

――どこかで聞き覚えのある企画ですねぇ……。その昔日テレ系列で大流行した「電波少年」みたいなイメージでしょうか

麻倉氏:ここの特徴は4Kのみにこだわったところです。内容としては従来の延長線上にあるものですが、4Kに絞って新しい付加価値を見出すという部分がポイントですね。

 ドイツのpearl.tvによる4K通販番組も面白い潮流です。先にも少し触れた通り、ここは今年の4月から1日8時間、4K通販番組を始めています。元々は2Kでもやっていた通販専門チャンネルなのですが、4K設備を備えて8時間の4Kライブ放送をスタートさせました。従来の他局4Kは録画番組の放送がほとんどだったため、4Kで8時間連続してライブ放送するというインパクトは大きいですね。

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