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なぜドルビービジョン対応製品が増えたのか?――CESリポート(後編)麻倉怜士の「デジタル閻魔帳」(2/6 ページ)

» 2017年02月13日 16時07分 公開
[天野透ITmedia]

ソニーの「Crystal LED Display」は民生機にこないのか?

麻倉氏:映像技術に関して、4Kは既に常識の次元まで到達しましたが、8Kに関してはそれほど話題は多くありません。今回のCESでも中国・韓国の各メーカーは展示があったのですが、旗振り役であるNHKがいる、肝心の日本のメーカーでは残念なことに展示がありませんでした。パナソニックは去年まで8Kの展示があったのですが、今年はなかったですね。というのも、これまでのパナソニックの8KはIPS液晶で、全社を上げてOLEDを出そうという今の姿勢に合いません。ソニーは前編でもお話した通り、現状の4Kでいかに液晶とOLEDを両立して育てるかというところに主眼を置いているため、8Kに関してはいまひとつです。

――うーん、8Kの実用放送は2018年にも始まるはずなのですが、どうにも盛り上がりに欠ける印象ですね。特大画面で映像を堪能する楽しみは確かにあると思うんですけれど……

麻倉氏:ただ特大画面の話題は決してないわけではなく、特にソニーの「CLEDIS」はすごかったです。昨年の「Inter BEE」で公開された時もすごい画質に圧倒されましたが、今回の展示は220インチ4Kモデルを横に2セット並べ、8K/2Kというワイド画面を作っていました。これはLED素子を並べた自社製ユニットのモニターデバイスで、ユニット単体におけるLEDと背景の黒の割合が1:99、つまり99%が黒の背景を占めています。そのため従来のLEDモニターとは違って黒が非常に深く沈み、明るくてクリアな絵ですごく画質が良好です。

業務用LEDモニター「CLEDIS」。2012年のCESに出展された「Crystal LED Display」の技術が用いられており、街頭の大型サイネージなどで見られるLEDモニターとは一線を画する高画質を誇る。自動車デザインなど、巨大な構造物の実物大映像が高画質で求められる現場での応用が期待されている

麻倉氏:CLEDISの元になった技術は2012年に今回と同じブースの右側で展示されてメディアの度肝を抜いた「Crystal LED Display」です。この時は623万個のLEDを敷き詰めてフルHDモニターを作り、“究極の自発光デバイス”とまでいわれていた訳ですが、LEDの部材価格を1個1円としても“LEDだけで”623万円もする計算になる訳で、なかなかの高コストデバイスでした。一般的な工業製品は原価の5倍くらいが売価になるため、LEDだけで原価600万を超えるようではとてもとても家庭用にはならない、ということでこのプロジェクトは大きな方向転換をはかります。有機ELモニターの「PVM-X550」からも分かる通り、“高価でも高性能”を評価してもらえるのは業務用途です。特大画面のモニターで一番に思いつくサイネージ用途はもちろんのこと、確かな引き合いがあるのはCADモニターです。

――CAD、ですか? 製図業務に数メートルクラスの特大モニターが必要なシーンが思い浮かばないのですが、どのような使われ方をするのでしょうか?

麻倉氏:製図よりもデザイン段階で高画質大画面が求められるようです。中でも自動車メーカーは、実写の中でエクステリアやインテリアがどう映るかをシミュレーションします。このとき、海岸や街中といったさまざまなシチュエーションを映し出す実寸大の大画面を置き、自動車の色味やカタチを検討する会議が行われます。徹底した画質が要求されるのです。

 こういった特大画面の需要に対し、いままでは中国製のLEDモニターがあてがわれてきました。プロジェクターでは暗い空間が必要になるためLEDモニターを使っていたのですが、従来のものはあまり画質が良くありません。そもそもLEDモニターは大型街頭ディスプレイ用途として画質という要素を全く考えずに特大画面を追求していたわけですが、それに対して徹底的に画質を追い込むと新たな価値が生まれてニーズが出てきます。CLEDISはこの方向転換が功を奏したわけです。今回のCLEDISは220インチサイズの4Kタイプで1億3000万円、部材原価の5倍という先程の計算を考えてもやはりそれくらいはするでしょう。今は業務用機材で残念ながら家庭に入る可能性は薄いですが、例えば壁が8Kディスプレイになるといったことも可能でしょう。家庭の中においてその壁は単にテレビを見るという事を通り越し、視聴者をどこかへ誘ってくれるというくらいの高画質環境映像が現れます。

CLEDISはおよそ40cm四方のパネルユニットを組み合わせてモニターを構成するが、従来のLEDモニタと比較してLED素子が微細でありながらも高光量を確保しているという点がポイント。このためモニター面のほとんどを黒でマスクすることが可能となり、深い沈み込みと明るい光源によるリアルな映像を実現している

――2012年にニュースでCrystal LEDを知ったときには、高性能ぶりもさることながら、その実現性の高さにかなり興奮したことを覚えています。その後は待てど暮らせど続報が出てこず、ようやく出てきたと思ったらCLEDISという業務用機材でした。2016年の春にこのニュースを見た時はCrystal LEDの火が消えていなかったことに安堵したと同時に「現状で(クレディスの)民生機への展開は予定していない」というソニーの広報の一言にひどくがっかりもしました。やはりCrystal LED Displayは家庭用に降りてはこないのでしょうか?

麻倉氏:確かに今すぐというわけにはいきませんが、そんなに悲観することもないですよ。CE業界は全ての技術は業務用から始まって、大きなものが小さくなり薄くなり、安くなって家庭にやって来るという流れで進歩するのです。そこをやるかどうかは技術に対して根気強く向き合うかどうか。究極的にいってしまえば“やる気の問題”です。実際にCrystal LEDは一時、“お取りつぶし”寸前まで追い込まれましたが、新しい用途を見つけてカムバックを果たしました。技術的には確かに命脈を保ったので、また期待をしておいて良いと私は思います。

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