恒例、AV評論家・麻倉怜士氏によるCESリポート、前編は大きな動きがあった有機ELテレビを集中的に掘り下げたが、後編はその他の技術やフォーマットの動向を取り上げよう。近年注目度が急上昇しているHDRをはじめとして、HDMIやMQAなど、ショービジネスの街、ラスベガスらしい“生活を楽しくする音と映像”にまつわる技術が今年も大漁だった様子だ。また毎年恒例のドルビーラボ取材も敢行し、日本未上陸の次世代劇場システム「Dolby Cinema」(ドルビーシネマ)も体験したとのことなので、こちらも合わせて語ってもらおう。
麻倉氏:今回は有機ELから少し離れて、その他の見どころをお話しましょう。大きな話題としてはHDR、中でもDolby Vision(ドルビービジョン)が躍進した印象です。直下LEDバックライトのハードウェアとしてのドルビービジョンは2007年のCEATECで提案されましたが、現在のドルビージョンはコンテンツからハードウェアまでを含めたHDRソリューションとなっています。コンテンツ側のHDRは2013年に東芝、シャープ、TCLといった面々からが提案したもの。残念ながら今、東芝とシャープはCESから遠ざかっていますが。その後ドルビーが開発したPQカーブが米国映画テレビ技術者協会の「SMPTE ST 2084」というフォーマットになり、「HDR 10」に採用されます。Ultra HD Blu-rayはこれを標準に採用し、ドルビービジョンはオプション扱いとなりました。
――HDRについてはmipTVやIFAあるいはその他のイベントなど、この連載でも度々取り上げています。
麻倉氏:複数の規格が立ち上がったHDRですが、その中でも最古参のドルビービジョンはこれまで動きが少なかったといえます。オーディオビジュアルの世界で数々の重要技術を開発してきたドルビーラボラトリーズは、主に技術供与によるライセンス料で商売をしていますが、HDRに関わるドルビービジョンのシステムはとてもしっかりしていて、フォーマットそのものを“まるっ”とSoC(System on a Chip)に組み込んでいます。
しかも、このシステムは単なる信号処理にとどまらず、ローカルディミングに関わるバックライト処理までもがオンチップでできるという程のシロモノです。このハイパワーエンジン、技術の蓄積に乏しい新興勢力の中国向けには良いのですが、世界の映像技術を長年切り開き続けてきた日本メーカーにとっては自前で開発している余分な機能で、正直なところそこまでいらないんです。
そういった事情もあって韓国のLGエレクトロニクスや中国の各メーカーはどんどんドルビービジョンの採用を決めているのですが、日本メーカーから見るとテレビにとってはオーバースペックで採用をためらっていました。そのような状況のHDR界隈ですが、今年のショーで一番印象的だったのはソニーで、液晶も含めてドルビービジョンの採用に踏み切りました。
この流れはテレビのみでBlu-ray Discプレーヤーには今のところ未採用ですが、おそらくは時間の問題でしょう。これに対して船井電機がアメリカ向けに出しているフィリップスブランドのプレーヤーとテレビはドルビービジョンを採用しています。
テレビにおけるHDRで最もセンシティブな対応を見せているのはLGエレクトロニクスで、ドルビービジョンを採用する場合はHLG(Hybrid Log-Gamma)やHDR10といった他のHDR規格も当たり前のように採用しています。さらにLGはこれに加えて「フィリップス・テクニカル方式」という“第4のHDR”採用を発表しました。2016年のIFAの時点でHDRに対しては3規格全て採用したことをアピールしていましたが、今回はそれに加えて新方式もいち早く押さえてきました。
――HDR規格は三つ巴かと思ったら、さらに規格が加わるんですね。何だかややこしいな……
麻倉氏:少々話はずれましたが、ドルビービジョンのハード採用例が増えてきたことは間違いないでしょう。それと同時にソフトの採用も増えてきたことはもっと見逃せないポイントです。ソフトの採用例としてはこれまではワーナーが主体となり、VUDU(ヴードゥー)という米国のOTT(Over The Top、オンライン動画配信サービス)を通じて50タイトルほどを展開してきました。今年になってライオンズゲートとユニバーサルを加えた3社がドルビービジョン対応のUHD BDリリースをアナウンスしています。日本国内においても、ひかりTVやNETFLIXなど採用例が増えています。これにUHD BDまで加わると、ソフトの側が段々とドルビービジョンへとシフトしてくるでしょう。
ではドルビービジョンの何が良いのでしょうか。スペック的には色情報が10bitと12bitと差がありますが、実際問題として、ここにはそれほど大きな違いは見られません。他のHDR規格と比較して一番大きいのはやはり“ダイナミックメタデータ”です。HDR10はコンテンツを通して単一の輝度情報で通しますが、ドルビービジョンは異なるシーンごとにメタデータを埋め込み、それを基にその都度輝度変換を行います。制作現場のモニターと視聴者のモニターは当然輝度が違う訳で、その再現範囲内でできるだけ制作時のHDR映像に近づけるように輝度変換を当てはめる。その作業が精密にできるということで、クリエイターの考えたHDR効果が出やすいのがドルビービジョンなのです。
――ハードメーカーよりもソフトメーカーの方がクリエイターに近い、だからハード側よりもソフト側の方に採用例が増えているわけですね。立場の違いによって支持する規格が異なるということがよく分かります。
麻倉氏:ソニーはこのようなトレンドを読んでドルビービジョンに乗ったわけです。ソフトが増えれば、当然対応するハードが求められるため、パナソニック、東芝、シャープといったその他のメーカーがドルビービジョン採用へ追随するのも時間の問題でしょう。一方、新規参入のフィリップス・テクニカル方式は“基本的にライセンス料が不要”という利点があります。加えてSDRとHDRの差分を送ってHDR化するため、SDRとの互換性も確保できます。英国スポーツ系OTTで採用が始まっており、日本でも採用例が出るのはこれも時間の問題ですね。
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