ITmedia NEWS >

MQAの音が良い理由 ニューロサイエンスが解き明かした聴覚の“真実”(2/5 ページ)

» 2017年10月31日 14時53分 公開
[天野透ITmedia]
MQAの開発用試聴室。中高音をパッシブ、低音をアクティブで鳴らすというシステム。1991年に発売されたスピーカーを専用にカスタマイズしているという

――楽器的な音の印象として“音が良く飛ぶな”と僕は感じました。管楽器や打楽器でもそうですが、初心者の下手な演奏は鳴らした音が楽器の周りで止まり、上手い演奏は音がポーンと遠くまで飛びます。そういう“上手い演奏の感じ”がMQAにはありました

麻倉氏:確かにピアノの名手はどんなに小さな音でも音が飛びますね。高速度撮影で音の軌跡がゆっくり見えるような、そんな感じがMQAでは聞かれます。

 続いて聞いたのはチェスキーレコードの名作、レベッカ・ピジョン「Raven」です。176kHz/24bit PCMとMQAの比較で、MQAではピアノの響きが非常に芳醇になり、弦を叩いたときから発せられる直接音・間接音がリアルに出てきました。また、レベッカ・ピジョンのボーカルのリアルさも特筆すべき点です。人の声が生々しく、情感が付いてきたようなイメージです。体形を感じ、混じり合った感情を束ね、ボーカルという楽器になる様子をまざまざと感じさせるものです。

 もう1つ印象的なのは、単に音が出るだけではなくそこに“色”が混ざるように感じることです。PCMはフラットな感じで響きも多くはありません。確かにハイレゾらしい明確な感じはしますが、そういう次元でとどまっているのです。そこから先が情感として伝わってくる。これがMQAのすごさですね。

 田部京子、ジークハルト&リンツ・ブルックナー管弦楽団の「ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番“皇帝”」第2楽章。リファレンスとしてよく聞く音源ですが、これにもまたまたビックリしました。“皇帝”の第2楽章はゆっくりとしたパッセージの弦で始まりますが、MQAの音は単に楽譜の音をなぞっているのではなく、そこにさまざまな異なるニュアンスが詰まっています。第1バイオリンの中でもさまざまな楽器、さまざまな奏者の音が混ざり、トータルとして“第1バイオリン”というパートの音色を作っている。その細かな楽器の存在も分かるような感じです。

 ピアノの最初の入り方も本当に素晴らしいですね。静々と待っているオケの中に、すごく自然にピアノ(弱音)のオクターブで入る、その音の跳躍が実に細やかで、響きにさまざまな思いが入ります。PCMも同じような音は出てきますが、サラッと入ってきて、楽譜をなぞるよう。“思い”というところがちょっと、ですが明確に違うのです。MQAは“音”という物理現象を“音楽”という芸術に昇華にする力があります。楽譜から読み取った演奏者の思いや作曲者の意図といったものが、音になって耳から入って脳に感じさせる。感情を呼び起こす力ですね。

――単に聞き心地の良い音で通り過ぎるか、それとも素晴らしい音楽として訴えかけてくるか。音楽をやる人間が必ず意識するであろう要素を、MQAはフォーマットとして持っているように感じます

麻倉氏:マドリード・ユードラレコードのDSD 11.2MHzもMQAで対応するDXDの352kHzに変換して比較しました。DXDはクッキリとしてシャープで、力感がありカチッとしていました。これがMQAではまるで違い、低音の力強さと伸びやかさにバランスがあり、そこをベースに中域高域がバラエティー豊かに出てきます。響きが明らかに増えて、とても芳醇。響きの進行感、軌跡の複雑さといった、音楽を彩る情報が増えました。物理的なホールのリバーブも明らかに多く、音があちこちに反射して豊かな響きを作り出します。直接音と間接音が織りなす音の空間ドラマがより鮮やかでした。

 フランク・シナトラ「Close to you」も聞きました。1950年代のアナログ録音で、192kHz/24bitのPCMはいかにもというハッキリクッキリの明確な音です。一方のMQAは最初のバイオリンから生々しく、音が生きている印象でした。ビビッドに飛翔する感じがあり、ボーカルの生々しさも印象的でした。シナトラの上手さは歌詞の解釈とその歌い方にあり、歌詞に対して「こう歌うんだ」というシナトラなりの感情表現のメソッドが込められています。「Close to you」(あなたのそばに)という歌詞の“Close(近い)”という言葉の使い方でみると、元気がいいだけのPCMに対して、MQAでは音の深みによる意味が出てくるのです。感情が込められた音に対して、フォーカスがより正確に当たって噴出してきます。

MQAの特徴を取材する麻倉氏。音の鮮やかさ、躍動感、深みといった、数値では語れない音楽的な要素こそ、MQAによる表現が映える

 最も驚いたのはカメラータ・トウキョウから出ている、イタリアンピアノのFAZIOLIを使った録音「月の光」です。これはMQAのスゴさが分かる音源の1つでしょう。PCMは出だしが普通にキレイ、響きもサラッとしていて、いかにもハイレゾらしいスッキリとしたものでした。MQAでは演奏に差し込む白色の光が、プリズムで七色に分光して重層的に連なるという趣があります。MQAの良さは低音の持続性の生々しさ、粒立ちという点です。低音は赤、その上の中域は緑、高域は黄色や青、それが宙を螺旋状に漂う。自然で音楽に取り込まれる、魅力の増幅。そんな感じがいたるところで感じられるのです。

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.