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さあ、人間の仕事を味わおう――「麻倉怜士のデジタルトップテン」(後編)(2/4 ページ)

» 2017年12月31日 15時05分 公開
[天野透ITmedia]

第3位:final「D8000」

――さて、カウントダウンに戻りましょう。第3位は何とヘッドフォンがランクインしたとのことですが?

麻倉氏:今までのヘッドフォンの印象を覆すものに出会いましたので、これは是非紹介しようと思って第3位に推しました。finalブランドの「D8000」です。

 ポータブルオーディオが大変なブームになっている昨今、各社ともヘッドフォンには力が入っており、ものすごい勢いで新製品が出てきています。そんな中でD8000は“ヘッドフォンの音”ではなく、音楽を広く空間感と共に聞ける初めてのものという気がします。

finalブランドが4年の歳月をかけて開発した渾身の平面磁界型ヘッドフォン「D8000」。普段はヘッドフォンをあまり評価しない麻倉氏が絶賛する、自然な音場感が特長。画像左はfinalを取り扱うS’NEXTの細尾満社長

麻倉氏:最初にこのD8000を聞いたのは、ミュンヘンのオーディオイベント「HIGH END」です。一聴して音楽の進行の素直さ、スピード感、音の出方の自然さという違いを感じました。そこに芳醇さと階調感があり、なおかつ強調感が無い。音がほわっと出てくる、極めて自然な空間感です。基本的にはヘッドフォン特有の頭内定位で、スピーカー的な頭外定位をしているわけではないというのは問題ですが、その条件では恐ろしく自然に音が空間的に湧いてきます。音源がドライバーユニットにあるのではなく、頭全体にあり、自然に音が発生するのです。

 出来の悪いスピーカーは2本のスピーカー設置位置に音が集まっていて、空間に出てきません。出来の良いスピーカーはちゃんと空間のある位置から楽器が出ます。オーケストラでは左手中ほどに木管セクションが居ますが、その1点からイングリッシュホルンが新世界を奏でる、そんな感じ。このヘッドフォンでは、それに近い感覚が得られました。こんなヘッドフォン、これまで聞いたことないですよ。

――悪いスピーカーには覚えがあります。昔数十万円のCDプレーヤーを試聴した際に、30万円クラスだったかのヨーロピアンスピーカーと合わせたんです。これがもう酷くて、目を閉じてもスピーカーの場所が手に取るように分かってしまう鳴り方で、不快なことこの上なかったです。それはそうと、D8000は僕もそれなりに見せて聞かせてもらっています。元々VR用の立体音響で高い臨場感を出すためのプロジェクトとして始まっているので、音の方向性としてそもそも「驚異的な空間感をヘッドフォンで出すには?」というのが出発点なんです。その答えが「物理特性を最大限まで高める」ということだったのだそうですよ

麻倉氏:つまり、開発が意図した音がキチンと出ているということですね、これはかなり重要な情報です。というのも、私のシアターにもヘッドフォンは色々ありますが、いずれも従来のヘッドフォンの音の文化というか、構成というか、それを高度化しようとしたものという域を出ませんでした。ところがこれはそうではない、全く違う世界です。出来の良い2ch音響空間の世界を頭内に持ってくるという感じ、そこにとてもビックリしました。

 finalブランドを扱うS’NEXTの細尾社長に話を聴いたところ、ドライバーには平面磁界方式を採用しているとのこと。これは他社も例はありますが、作るのは大変に難しいようです。

――平面磁界方式はここ数年で採用例が増えていますね。ボイスコイルと磁石を分離し、振動板に直接ボイスコイルを貼り付けて信号を流すというものです。大まかに見るとダイナミック型の1種ですが、重い磁石と振動板が離れているので、駆動に無理がなく軽快な音を鳴らしやすいという特長があります。OPPOやMr. Speakers、AUDEZEなどのブランドが積極的に取り組んでいます

麻倉氏:その反面、製造には極めて高い精度を要求され、精度が低いとたちどころにマズさが露呈してしまうのがこの方式の難しいところだそうですね。そのため「開発には4年をかけてシミュレーションを繰り返し、やっとのことで技術をモノにした」と細尾さんは言っていました。

 確かに目の付け所、それを実際の物にする努力というところにすごいものがあったのでしょう。それは音を聞けば、そのレベルの高さで分かります。今までのヘッドフォンの常識には無い、生々しい生命感があり、なおかつ自然な音像感、音場感を伴っています。そういう意味では、従来の次元を圧倒的に超えたヘッドフォンです。

 しかもこれ、日本製でなおかつ川崎市製なんです。目標をきちっと定めてあり、そのハードルが大変に高い。それらに1つ1つチャレンジしてゆき、製品として安定して良い品質で作るためには、日本国内にしっかりした工場を構える。これぞ日本のもの作りの精神です。

――ちなみに川崎の工場のすぐ隣には、S’NEXTの本社事務所とショールームがあります。作り手と営業の距離が極めて近いというのもfinalというブランドの大きな特徴で、細尾社長以下全社的に開発から販売までの苦労を共有しているんです。なのでイベントに行っても「実は治具から自分たちで作っていて」とか「強力なネオジウム磁石をかなり頑張って押し込めている」とかいった結構細かい開発の苦労話が、finalブランドでは営業担当の方から聞けますよ

麻倉氏:もう1つ画期的な点として、壊れてもネジで分解、修理ができることも見逃せません。修理ができないと買っても壊れたらおしまいです。分解修理が可能なことで、リセールに出しても直すことができ、末永い付き合いとなります。ロレックスやライカなどのブランドは、代々伝わって家宝になります。でもオーディオは家電製品的なところもあり、新モデルが出ると旧製品が見放されることが多かった。そうではなくエバーグリーンを目指す、そのためには多世代に通用する音を作る。なおかつエバーグリーンな寿命で代々伝えられる。

 そんなしっかりとした考えに基づく製品作りを感じます。日本のもの作りという観点から見ても、日本のオーディオにおいても、大変に素晴らしい。AKGでもゼンハイザーでもない、世界に冠たる、世界に誇れる、ワンアンドオンリーの素晴らしい音です。生に迫れる、極接近した音を作ったことは、大変素晴らしいと感じました。

――こんなヘッドフォン、こんなブランドが日本にあることを、是非多くの方に知ってもらいたいです

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