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さあ、人間の仕事を味わおう――「麻倉怜士のデジタルトップテン」(後編)(3/4 ページ)

» 2017年12月31日 15時05分 公開
[天野透ITmedia]

第2位:MQA

麻倉氏:いよいよ残すところあと2つ。第2位は昨年に続き、MQAが今年もランクインしました。

この1年はMQAが大きな飛躍を遂げた年だった。ソニーを始めとした対応機材が続々登場したことに加えて、ソフト面でもワーナーを筆頭に3大レコード会社がリリースを表明。画像は英国MQA本社の入り口、ミラーに映るのはMQAを開発したボブ・スチュアート氏

――前年と同じものが連年でランクインするというのは、なかなかにめずらしいですね。しかも前回の5位からランクアップです。してその心は?

麻倉氏:それはもう去年と今年では広がり方が断然違う。言いたいことは変わりませんが、今年はMQAの良さをあちこちで説いて回ったところ、賛同する人がすごく増えました。

 「インターナショナルオーディオショウ」の今井商事ブースで「PCMとMQAのどちらが良いと感じたか」というアンケートを取ったら、60人くらい入っていたお客さんが全員MQAを支持したというエピソードは、この流れを象徴するものでしょう。そんなこともあり、音の良さの違いがよりハッキリ分かるようになってきました。

 そんなMQA、ハードもそうですが、今年はソフトのサポートが増えました。9月から「e-onkyo music」でワーナーの音源がリリースされ、その数なんと3000タイトルです。これに続いてソニーとユニバーサルもアナウンスしています。既に契約済みで、来年にはきっと出てくるはず。そうすると市場はMQAであふれるでしょう。ハードも、今はもう採用していないブランドを数えるほうが速くなってきました。例えばイギリスだとLINNとCHORDは未採用、日本で未採用はヤマハ、デノン、マランツ、JVC、くらいでしょうか。

 勢いがあるMQAですが、ポジショニングとしてはPCM、DSDに続く第3のコーデックです。でも性能的にはPCMとDSDを包含するレベルです。何と言っても、特長である時間軸の細かさから生じる効果はものすごい。何度も言ってきたことですが、CDの時間的な細かさは4000μs(マイクロ秒)、DSD2.8は600μs、96kHz/24bitは400μs、192kHz/24bitは200μs。でも人間が聞き分けられる時間分解能は10μs。これを実現したのがMQAなのです。現状において、全てのデジタルフォーマットの上に立つグランドフォーマットではないでしょうか。

――時間軸解像度という考え方は、以前からイクリプスのスピーカーが積極的に取り組んでいました。あちらはハードウェア、こちらはソフトウェアの方面から攻略するという感じでしょうか

MQAで見逃せないのがMQA CDの存在。通常のCDで再生できるほか、DACなどの対応環境を用意するとMQA再生ができる。しかもMQAでのリッピングも可能。今後CDの標準がこれになっていくことを、音楽ファンとして願ってやまない

麻倉氏:今後の展望については、従来はPCMを変換することでMQA音源を作っていましたが、これからはMQAで録るということが視野に入ってきます。初めから10μsで録れば音質向上が期待できるというわけです。さらに、指揮者や音楽専門家が持つ3μsクラスの細かい分解能向け、上位フォーマットをアーカイブ用に提供することも計画中です。環境としては、MQAの良さがハイエンドだけに留まらず、ミドル、ローに広がると素晴らしいですね。

 人の耳は、周波数特性(音の高さの聞き分け)は加齢で衰えますが、時間軸特性は衰えないという近年の研究もあるように、時間軸の重要性はこれからどんどん解明されていくでしょう。私自身、今年はそういったことをより深く色々勉強、考察できました。特に英国ハンティントンのメリディアン本社に行った意義は、私個人としても非常に大きかったです。

 また、先日ダイナミックオーディオでUltra DACのイベントをやった時も、MQAとPCMの聞き分けをしました。比較してみるとやはり一聴瞭然ですが、この違いというのもまた面白いです。MQAは単に情報を加えているというのではなく、元々音楽が持っているコンセプトをより鮮明に描き出す。これが体感的に分かります。

 例えばベルリンフィルのチェロとコントラバスの2人による「驚異のデュオ」、会場の響きはそれほど入っていませんが、弦の振動感、倍音感などが出てきます。2Lの音源では解像度と明瞭度に加えて、響きも出てくる。カラヤンの1950〜60年代の音源では、カラヤンが追求していたであろう絢爛豪華な音の響き、色の鮮やかさなどが出てくる。カメラータ・トウキョウから出ているドビュッシーのピアノでは、響きの軌跡の多重性が出てくる。といった具合です。

――先生には馴染みがないでしょうが、アニメ「ラブライブ!」の劇中ライブ曲「Snow halation」をソニーの「ZX300」で聞いたんです。まるでライブハウスかスタジアムに居るかのようなライブ感、迫力がグッと出ていました。「スタジオ録音なのにこの音が出るのか!」と驚いたと同時に、“映像の無いアニメのライブシーンに飛び込んだ”ような感覚になり、カナリ心を奪われました

麻倉氏:それってMQA以外で聞くとどうなんです?

――この音源は48kHz/24bitとか32bit版とか、結構色々あるんです。なので比較もしやすいんですけれど、WAVのハイレゾの場合確かに音はキレイなんですが、興奮しないんですよ。音楽が秘めているワクワク感がMQAにはある。この曲の場合だと、劇中で初めてライブを観た高揚感を追体験するような、そんな感覚に僕はなりました。これってボブさんが言っている「Take me there」そのものなんだろうと思うんです

麻倉氏:それはまさに音楽のコンセプトを抉り出す好例ですね。あるいはもしかすると、ここから新しい音楽の楽しみ方、音楽との向き合い方というものも生まれてくるかもしれません。このように、様々な音源を押し並べて同じようなものが出るのではなく、全て個別に、音楽が持っている特徴性が、よりハッキリ出てくる。すごく音楽的なフォーマットがMQAなのです。レンジが増えたとか物量的な情報量が増えたとか、そういうのが良いわけではなく、音楽家の「こう言いたいんだ」「こうやりたいんだ」「こういう方向を持っているんだ」という音楽的な情報量というか、メッセージ性、世界観、コンセプト、深い感慨、そういうものがより顕に出てくる。そうである限り、これは決して「音に奉仕するもの」ではなく「音楽に奉仕するもの」。なのでこれから絶対に普及していくと、確信的に思いました。

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