「いまヨーロッパを妖怪がさまよっている。それは共産主義という妖怪である」とカール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは『共産党宣言』で書いた。その伝で言えば、いま世界を震撼させているのは、サブプライムローンと化石燃料という妖怪である。
サブプライムローンについては先週も書いたが、いまだにどの程度の傷の深さなのかがはっきり分からない。米銀最大手のシティグループが日本円で1兆円をはるかに超える損失を出し、チャールズ・プリンスCEO(最高経営責任者)が辞任することになった。後任はロバート・ルービン元財務長官というから、どこかの政党とは違い、人材が豊富にいるのはうらやましいことだ。
損失とは、自社が保有しているサブプライムローンなどの債券を原資産とする証券化商品の「評価損」あるいは「売却損」である。つまりこれらの金融商品は大幅なディスカウントをしなければ処分できないからだ。ただ、ディスカウントされた証券化商品を買い取ろうというファンドも生まれているのだから、ある意味では底がそろそろ見え始めているのかもしれない。現時点で巨額の損失を出したところは、資産評価を厳密に行っているとも考えられる。サブプライム・ショックがどの程度で収まるのか、実体経済が大きな影響を受けるのかどうか、もう少し冷静に見守っていきたいと思う。
もう1つの妖怪は原油である。1バレル98ドルを越え、とうとう原油100ドル時代が目の前に来たようだ。もっともサブプライムローン問題で投機資金が原油に向かっているという事情もあり、この価格が実態を表しているとは言えない。それでもエネルギー価格が高くなると同時に、近い将来、さまざまな深刻な問題をもたらすのは間違いない。11月7日にIEA(国際エネルギー機関)が発表した『世界エネルギー見通し2007・中国とインド』が状況をつぶさに描いている。
このリポートが中国とインドを取り上げたのは、この急成長を遂げている両国が、その巨大さゆえにエネルギー市場や温暖化ガス排出に非常に大きな影響を与えるからだ。全体の状況と中国の状況を中心にリポートの中味を紹介しよう。
世界諸国が現在の政策を変更することなく推移すると、2030年の世界のエネルギー需要は現在よりも50%増加する。増加分の45%は中国とインドだという。依然として化石燃料が第一次エネルギーのほとんど(84%)を占めているため、中東とロシアに対する依存度が高まる。
原油の消費量は、2030年に37%増の1億1600万バレルになり、2006年よりも1日当たり3200万バレル増えているのだ。この需要増に対応するだけの供給には問題がないとされているものの、OPEC(石油輸出国機構)への集中度が高まると同時に、供給危機から価格が急騰する可能性がある。さらにこの需要増に対応するためには掘削施設などへの投資が必要であり、その金額は22兆ドル(約2500兆円)と見積もられている。これだけの資金をどうやって調達するかが大きな課題である(日本の国家予算がせいぜい80兆円であることを考えると、この金額は20年以上の期間をかけるとしてもとんでもない巨額の資金である)。
また中国やインドでは発電用の燃料として、石炭がより多く使われることになる。石炭の一次エネルギーに占めるシェアは、2005年の25%から2030年には28%に上がる(天然ガスは21%から22%へとほぼ横ばい)。
中国のエネルギー消費は2010年には米国を抜いて世界一になる(2015年までは年率5.1%、2030年までは年率3.1%で伸びるという前提)。2015年までの伸び率が高いのは、重工業のブームが続くためだ。その後は、エネルギー多消費型の産業が減り、省エネ技術が導入されるであろうから、エネルギーへの需要は減速するとしている。
しかし輸送とりわけ自動車が消費するエネルギーは膨大だ。中国の自動車保有台数は2030年には2億7000万台(日本は現在8000万台)に達すると予想されている。こうした状況の中で、中国の原油輸入は急増する。2006年には1日350万バレルだったが、2030年には1310万バレルと4倍以上になると予想されている(中国の首脳がエネルギー外交を必死で展開している理由がここにある)。また中国は今後13億キロワットの発電能力が必要とされているが、これは現在の米国の総発電力よりも大きい(ちなみに日本は2億キロワット強)
またインドのエネルギー需要は、2030年まで平均年率3.6%で増加すると予想されている。石炭の消費はこの間に3倍となり、その消費先は発電だ。インドではまだ家庭用の燃料としてバイオマスを利用している人が6億6800万人とされているが、2030年までにはその数が4億7000万人に減る。その人たちのエネルギー源は電気になるということだ。そしてインドは、需要を満たすためにほとんどのエネルギーを輸入することになるとしている。
世界がこれだけ化石燃料に頼って成長を遂げていくことになると、当然のことながら炭酸ガス排出量も急増する。2030年には419億トンと現状の1.6倍になるという。京都議定書は結局、中国などの発展途上国に義務を課すことができなかったが、次の温暖化対策の取り組みには、どうしても中国やインドなどにも加わってもらって、全世界規模で対策を講じないと、本当に大変なことになるかもしれない。今回のIEAのリポートは、そうした危機感を強くにじませている。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.
Special
PR注目記事ランキング