JR東日本はなぜ、ITインフラ・サービスへの投資に熱心なのか 新春特別インタビュー: (2/2 ページ)

» 2008年01月07日 13時49分 公開
[神尾寿,Business Media 誠]
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Suica導入で、近距離収入が年間35億円程度増収と試算

 2001年のSuica開始以降、JR東日本はIT投資を積極的に行い、鉄道と駅の姿を大きく変えてきた。なぜJR東日本は、Suicaを始めとするITインフラ・サービスの投資に積極的なのだろうか。

 「鉄道会社のビジネスモデルは古く、1872年に誕生した鉄道事業を第1の事業としています。その後、(1907年に設立された箕面有馬電気軌道 : 現在の阪急電鉄の創業者である)小林一三氏が考案した沿線開発・生活サービス事業を展開する第2の事業モデルが作られました。鉄道会社の基礎となるビジネスモデルは100年前に作られたのです。

 そして今、“第3の事業”になったのが、(Suicaを代表とする)IC乗車券と電子マネーです。これは当初、鉄道事業のコストセンターである『改札』というプロセスを改革するものでしたが、利用率が増加するとともに鉄道事業のコスト構造や収益モデルが激変し、さらに電子マネーとして(第2の事業である)生活サービス事業の構造も変化させてきました。仮に(駅・沿線ビジネスにおける)Suicaの利用率が100%に達したら、鉄道会社のビジネスに質と構造の大変化をもたらすでしょう。(第3の事業である)Suicaは、鉄道会社のビジネス全体を大きく変える要素になってきたのです」(小縣氏)

 変化の手応えは、すでに現れ始めている。JR東日本では、Suica導入による近距離収入の増収額は年間35億円程度と試算しており、「まだ集計中ですが、PASMOとの相互利用開始による近距離輸送収入の伸びは大きい」(小縣氏)という。駅におけるSuica利用率の向上は大幅なコスト削減効果をもたらし、駅スペースのテナント利用や電子マネーによる周辺領域での収益増の効果も大きい。SuicaをはじめとするITインフラ・サービスへの投資と利用促進は、JR東日本が21世紀型の新たな鉄道会社になるためのものなのだ。

「1日に1つのプロジェクトを完成させるくらいの勢いでないとダメだ」

 2001年のサービス開始から7年。Suicaのネットワークは広がり、サービスは大きく進化した。しかし小縣氏は、Suicaの進化はまだまだ手綱を緩める段階ではないと強調する。

 「2007年は確かにエポックメイキングな年になりましたが、これで一段落ではありません。これは部下にいつも言っているのですけれど、IT・Suica事業は『1日に1つのプロジェクトを完成させるくらいの勢いでないとダメだ』と思っています。毎日アイディアを出し続けて、常に技術革新をしていかないといけない。世の中にあるすべての先進技術を貪欲に吸収し、新しいビジネスモデルを考える。首都圏のお客様に(世界的に見ても)最も先進的で、最良のサービスを提供し続けていかなければなりません」(小縣氏)

 JR東日本はFeliCaを用いたIC乗車券と電子マネーの“育ての親”であり、この分野のトップランナーであったが、「2008年は、さらに技術革新のスピードを加速していく」と小縣氏は話す。「(今年は)エリア展開としてまず、Suica/ICOCA/TOICAの相互利用開始があり、東名阪のIC乗車券利用がスムーズになります。ICOCAとは電子マネーの相互利用も始まる(参照記事)。これにより、それぞれのエリアで利用率の底上げができるでしょう」

トヨタファイナンスのQUICPay普及に向けた姿勢に共感した

 電子マネー分野では、首都圏での加盟店拡大、Suicaポイントも合わせた利用促進を実施する一方で、提携による利用エリアの拡大も図る。ここで重要なパートナーになるのが、トヨタファイナンスである。

 →「共通の敵は現金」――JR東とトヨタファイナンスが提携した理由 (参照記事)

 「トヨタファイナンスとは昨年11月に提携させていただきましたが、彼らのQUICPay普及に向けた姿勢には共感しています。トヨタファイナンスとは『クルマ』と『鉄道』という視点で手を組み、QUICPay/Suicaの利用拡大に取り組んでいきます。特にロードサイド加盟店とタクシーの開拓で協力しあっていくことになるでしょう」(小縣氏)

 首都圏と名古屋圏はビジネスで多くの人が行き来しており、Suica/QUICPayの提携でレールサイドとロードサイドが結びつく利便性向上効果は大きい。中でも「タクシーへの(Suica/QUICPay)共用端末整備は、利用拡大に大きな効果がある」(小縣氏)と見る。

トヨタファイナンスとJR東日本の提携カード「TOYOTA TS CUBIC VIEW CARD」(仮称)

モバイルSuicaは“オトクで便利”を訴求する

 さらに2008年の重要項目の1つになるのが、「モバイルSuica」の普及と利用促進だ。

 「モバイルSuicaには今年『モバイルSuica特急券』と『エクスプレス予約ICサービス』が導入されますので、お得さや利便性が今までよりも向上します。新幹線をよく使う利用者層のモバイルSuica利用率は、特に伸ばしていきたい」(小縣氏)

 モバイルSuica特急券とエクスプレス予約ICサービスの実施は、ともに今年3月からだが(参照記事)、いつサービスが始まるのかという問い合わせが、すでにコールセンターに多く来ているという。「モバイルSuica特急券は新幹線の料金をかなり安く設定していますから、お客様の期待感も『モバイルSuicaは安くなる』ところに集中していますね。ですから、この部分はしっかりと訴求し、今後も伸ばしていこうと思います」(小縣氏)

 モバイルSuicaを使うと料金面で優遇されるケースは、これまでもなかったわけではない。だが、それらは“グリーン券が車内でも事前購入価格で買える”など、一般ユーザーがお得さを実感するには“分かりにくい”ものだったのも事実だろう。しかしモバイルSuica特急券は、例えば東北新幹線では“平均9%割安になる”とお得さがはっきりと打ち出されており、「モバイルSuicaのお得さが、お客様の目にどのように映るか。どれだけ(利用者数増加という)数字につながるかは、今から楽しみな部分」(小縣氏)だという。

 「Suicaは導入開始から7年が経ちましたが、サービス内容には、さらに磨きをかけていきたい。また、昨年を振り返りますと、セキュリティや信頼性の面でご心配をおかけすることもありましたので(参照記事)、安心・安全面での対策や機能強化を徹底的に行います」(小縣氏)

 JR東日本は、IC乗車券・電子マネー分野だけでなく、公共交通の在り方や鉄道ビジネスの変革という点でも、注目すべき取り組みを数多く実施している。ITによるイノベーションが、都市と交通、そしてリアル経済をどのように変えていくのか。2008年も、SuicaとJR東日本の挑戦に注目である。

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