ところでインタビュー前編で、小島氏が「変えてはいけないこと」(=「不変」の対象)と、「変えるべきこと」(=「革新」の対象)の“識別”を重視していることについて述べた(参照記事)。小島氏は「コカレストラン」を日本で展開するに当たり、何を変えるべきで、何を変えてはいけないことと識別していたのだろうか。
「雨季と乾季があるとはいえ、タイは年間を通じて高温です。そのタイのメニューや食材を、気候温暖で四季のある日本にそのまま持ってきても、うまくは行きません。ですから、一例を挙げればタイスキに入れる野菜などは、日本の四季の季節感に合わせたものに変えるようにしています。これなどは、まさに『変えるべき部分』ですね。
さらに言えば、同じ東京の『コカレストラン』でも、有楽町店と上野店では、メニュー構成、味付け、ボリュームも変えています。出店する地域の土地柄・人情に根ざした『個性』を持つことが大切なんです。そういう風に変えることによって、コカレストラン本来の魅力=変えてはいけない部分が、より的確にお客様に伝わると思います」
その土地その土地のお客様に合わせて柔軟にサービス内容を設定する……これはまさしく「ホスピタリティ・マインド(もてなしの心)」の実践といえる。「不変」と「革新」についてのこうした考え方ゆえに、コカレストランでは店舗のオペレーションに関するマニュアルは存在しないという。
コカレストランの成功で、「日本のタイ料理市場は、小島社長が作っている」と評されるまでになっていた。それを受け、小島氏は次の一手を打つ。タイの老舗高級レストラン「マンゴツリー」の日本での展開である。
マンゴツリーの“客単価1万円”という設定は、エスニック料理としては当時の業界の常識を破るものだった。2002年、東京駅に近い丸ビルの35階に、バンコク、ロンドンに続く世界第3号店として「マンゴツリー東京」がオープンした。マンゴツリー東京は大成功を収め、その後5年間、予約で満席状態が続いたのである。
米国のレストランガイド「2008年版ザガット 東京のレストラン」には、次のような記述が見られる。「トムヤムクンやカレーなどは、伝統を重んじた本格的な味付けが特徴で、エントランスからテーブル席に至るまで洗練された内装とインテリアで統一され、おしゃれな雰囲気の中で食事ができる。東京タワーとレインボーブリッジを臨む夜景も魅力」
このコメントから明らかなのは、のちの「ニルヴァーナ」のコンセプトとの共通点だ。本物志向であると同時に、現代の東京の顧客ニーズにフィットした「洗練」「ファッション性」「ロマンチックでノスタルジックな非日常空間への誘い」といった個性が見て取れる。マンゴツリーはその後、よりカジュアルなレストラン「マンゴツリーカフェ」、さらにはテイクアウト店の「マンゴツリーデリ」という形で、多角的に展開している。
小島氏は今、2007年の「ニルヴァーナニューヨーク」の成功を経て、マルハレストランシステムズの社運を賭けた新規ビジネスに取り組んでいる。品川の「ホテル・パシフィック東京」の一角に、2008年4月「シンガポール・シーフード・リパブリック」というレストランをオープンするのだ。一軒家レストランで、シンガポールのノスタルジックな洋館をイメージしたデザインになるという。
シンガポール・シーフード・リパブリックは、独自性・異質性・新規性にあふれた新しいレストランになりそうだ。準備にあたってはシンガポール政府のバックアップを受けており、シンガポールの老舗シーフードレストラン「ジャンボ」「パーモビーチ」「インターナショナルシーフード」と、マルハレストランシステムズによる4社間アライアンスを構築し、それぞれの「強み」を生かす形で展開する。名物「スリランカ・クラブ」などのシンガポール料理をカジュアルに楽しく食べるレストランを目指す。
「長い寿命のビジネス展開を目指し、本物志向でやってゆきます。このプロジェクトは、マルハレストランシテテムズの今後の10年にとって極めて重要なものとなります」
次回は、小島氏がなぜレストランビジネスで成功を収めたのか? その戦略経営を読み解いていく。
1956年福岡県生まれ、東京大学文学部卒。大手電機メーカー、経営コンサルティング会社勤務を経て、現在は自由が丘産能短大・講師、文筆家、戦略経営協会・理事・事務局長。企業の「経営革新」、ビジネスパーソンの「自己革新」を主要なテーマに、戦略経営の視点から、フジサンケイビジネスアイ、毎日コミュニケーションズなどに連載記事を執筆中。主要著書として、「Google なぜグーグルは創業6年で世界企業になったのか」、「43の図表でわかる戦略経営」、「ヤマハ発動機の経営革新」などがある。趣味は、クラシック音楽、美術、スキー、ハワイぶらぶら旅など。
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