国家百年の計を持て――元塾頭と卒塾生が語る松下政経塾の理念とは(3/3 ページ)

» 2011年09月29日 16時30分 公開
[堀内彰宏,Business Media 誠]
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「政治家がたくさん出過ぎた」

 会見後の質疑応答では、松下政経塾の理念だけでなく、生み出した結果についての厳しい質問も飛び出した。塾生それぞれ異なっていると樽床氏が言うように、中には会見者の2人で見解が異なるものもあった。

――松下政経塾出身の国会議員は38人いらっしゃるとうかがっていますが、その共通項は何ですか?

樽床 非常に難しい質問だと思います。38人といいましても、総理や私が初期で、去年の参議院選挙で通った人が30期ほどですから、この間に30年くらい開きがあります。30年といえばかなり長い期間ですから、この全部に1本何かが通っているというのをひと言で言おうとすると、ちょっと私は言葉が見つかりません。

 優等生的に言うと、「松下幸之助創業者の思い」ということです。しかし、(松下氏に)会った人と会っていない人で、その(思いの)貫き方も違って当たり前なんです。ですから、我々が松下幸之助に持っている感慨や思いと、何代か後に松下政経塾に入って、本やビデオでしか触れていない人が同じものを持てるかというと、「私は持てないのが当たり前だ」と思っています。こういうことを言うから、「あまり政経塾らしくない」と言われるんだと思います。

松下政経塾公式Webサイト

――政治的な考え方での共通項は何ですか?

樽床 「国家国民のため」といったベースはみんな一緒だと思います。我々より10年くらい年配の方には、社会主義と資本主義の対立軸でとらえる方もおられるのですが、我々の世代ではそういうものは終わった話になりまして、共産主義を標榜される方は当然いないだろうと思いますし、資本主義の中でということです。これは今さら議論する話でもなかろうと私は思っています。

上甲 松下政経塾卒業生の共通項という話ですが、それは私も大変気になるところなんですね。主義主張の共通項というのは、松下政経塾の卒業生は内容はともかくとしても、すべての人が国民に本当に勇気を与えるような国家の将来ビジョンを持っているということですね。少なくともそういう共通項が絶対欲しいというのが、私の切なる思いです。

 塾生諸君にいつも言い続けているのですが、松下政経塾(出身)と名乗る限りは「こういう国家を作りたい」という思いを持っているという1点においては共通してほしいな、というのが私の切なる思いです。

――松下さんの「100年先を見る政治家であれ」といった強い思いは分かるのですが、松下さんは会社の経営と国の経営をかなりオーバーラップして考えていましたし、会社の経営と違って、異なった利害と異なった哲学を調整しながら前へ進めていくという政治のプロセスについても必ずしも深い洞察をお持ちだったとは思えません。そうした中で、松下さんが初期の塾生に与えた強い影響力とは何だったのでしょうか。

樽床 松下幸之助さんがおっしゃっていたもう1つのことで、私は一番強くおっしゃっていたと認識しているのは、「人間を知りなさい」ということだったと思っています。「すべては人間がするんだ」と。ある種、「人間は万物の王者である」という考え方までいかれ、その考え方に賛成反対はあろうかと思いますが、「とにかくすべては人のやることだから、人間を知りなさい」ということを強くおっしゃったと私は認識しています。

 その観点から私が最初に衝撃を受けたのは、松下政経塾に入った最初の日に我々同期16人全員が集まって、松下さんと最初の会話をした時のことです。自己紹介でみんなが抱負を語るのですが、私が喋っている間、その視線が体の中を抜けていく思いをしました。そして、私は自分の口から出た言葉がわずか数メートル先の松下幸之助さんに届いていないという感じを抱きました。言葉がその途中で宙にふわっと浮いて天井にとどく前にふわっと消えていっている、こういう感じを持ったのを覚えています。

 その時、「少なくとも、自分の言葉が相手に届くような人間にならなければいかんともしがたい」と思いました。あれから30年経った今でも、そうなっているとははなはだ自信がないというか、まだそういう状況にはまったく至っていませんが、そういうことを思い続いていかなければいかないだろうとは思っています。

――私は松下政経塾の卒業生たちが非常にむなしい権力闘争にあけくれていて、そして選挙で選ばれた後にどうしていいか分からないという状況に陥ってしまっているのではないかと思います。例えば、前原さんは民主党代表や外務大臣を数カ月務めました。しかし、外相を務めていた数カ月の間に隣国との関係を悪化させる事態になってしまいました。つまり、選挙で選ばれるところまではいくのですが、その後に成果を残していないのではないかと思います。いったいどこに成功があるのでしょうか?

樽床 今いただいたような厳しいご意見をいただくこともたくさんあります。それについて、「いや●●です」と言いわけをするつもりはありません。そのようなご意見をお持ちの方がたくさんおられることを十二分に認識しながら、ただ一生懸命にやって最終的によくやったと言われるようにこれからどう努力していくかしかないと思います。

 もう1点言うと、政治闘争が得意な人が決して多いわけではないということだけはご理解いただきたいと思います。稚拙な政治闘争をやっております。

上甲 私は今の質問は松下政経塾の本質を突いた極めて大事な質問だと思います。それは私自身の問題意識の原点でもあります。松下政経塾が単なる政治家養成学校なのか、歴史的役割を果たせるかということの真価を問われる、本当に大事な時期だと思います。卒業生の人たち全員とは言いませんが、核となって日本の政治が変わっていくような新しい動きができなければ、松下政経塾は単なる専門学校として消えていくだろうと、私は思います。

 私は松下政経塾卒業生として、「現実の問題を解決していくと同時に、その先の日本を語るということ」を野田首相にも強く求めたいと思います。そしてその思いに松下政経塾卒業生の有志がどんどん集まってくるというのが本当の姿ではないかなと思っています。

――松下政経塾は今後、アジアの隣国、例えば韓国や台湾といった国に松下政経塾と同じような機関を作るというお考えはありますか?

樽床 松下政経塾というパターンではなく、これからの時代を担っていく若い人たちを何らかの形で育てていこうという試みは、私はどこの国にもいつの時にでも発生すると思っています。

 その前提であえて問題発言をしますが、私は人を育てるという機関が長期にわたって同じ状況、同じ効果を出し続けるとは到底思えません、一般論として。ですから、今の形態の松下政経塾の存続を私は疑問視しています。

 なぜなら、政治家がたくさん出過ぎました。もうここまでいくと、「そろそろ次の形態に移った方がいいのではないか」と私は正直思っています。私は松下政経塾の評議員をしていて、松下政経塾の同期が今、現場の責任者をしています。この春に卒業した5人のうち4人までが、自民党もしくはうちの政党から公認で国政選挙に立候補するという報告がありました。

 それを聞いた時に、「もうやめたらどうや」と思いました。5人のうち4人が二大政党の公認候補として国政選挙に出るというのは出来過ぎといいますか、行き過ぎだと私は思います。「もうこの段階でそろそろ我々は何かを考えた方がいいのではないか」と、私は正直思います。まあこれはエジプト時代から言われているように、「今の若い者は……」という感覚が50歳を過ぎた私に芽生えているのではないかということも自問自答しながら暮らしております。

上甲 後半の部分は私はまったく関知しないので(笑)。

 松下政経塾が海外に拠点を作ることは絶対ないと思います。ただ、「同様の学校を作りたいので、ぜひ協力してほしい」という要請は過去からよくありました。「政治のリーダーに人を得ないのは日本だけの問題ではなく、実は世界に共通した大きな課題の裏返しではないか」と私は理解しています。

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